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ジャマイカにおけるマリファナ規制の歴史(3/4)

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:イメージマート)

3. ラスタファリ運動弾圧とマリファナ

 マリファナの害悪を口実にした重罰化で労働運動を抑えこもうとする危険薬物法の改正は、労働者を大いに刺激することになった。薬物規制の重罰化で、結果的にそれまで孤立していた反政府抵抗グループが一つの流れにまとまり、「ラスタファリ運動」がより大きなものに生まれ変わったのだった。

 ラスタファリ運動またはラスタファリアニズム (Rastafarianism) とは、1930年代の労働者と農民を中心にして発生した宗教的思想にもとづく反植民地運動である。独特な倫理観の下、儀式、魔術、習俗などの複雑なアフロ・ジャマイカの規範に基づいて生活するいくつかのグループからなっている。

 そのルーツは、1655年にジャマイカを武力によって実効支配しようとしたイギリスへの抵抗として、当時の領主国であったスペインが多数の奴隷を解放したことに遡る。彼らは山間部に逃げ込み、そこから新しい入植者に対してゲリラ的な戦闘を仕掛けたのだった。彼らはスペイン語で「野生化した家畜」を意味する「シマロン」(cimarron)に由来し、「マルーン」と呼ばれた。

 ラスタファリは、マリファナを「知恵の草」と呼び、ソロモン王の墓に生えていた「聖なる植物」だと主張した。大麻草は「生命の木」であり、精神を浄化し、人々を大地、神、そして互いを近づける「神聖なハーブ」である。そして、普遍的な兄弟愛、厳しい食事制限や禁酒などの禁欲的なライフスタイルにもっとも高い価値がおかれた。

 ガンジャに対する厳しい懲罰的アプローチは、社会構造とその習慣、特にラスタファリアンやマルーンといった先住民の文化をまったく無視していた。文化的・宗教的にマリファナを重視するかれらにとって、ガンジャ規制そのものが敵対的であった。とくに信奉者のほとんどが貧困層や労働者階級であったラスタファリ運動の目的は、白人の植民地支配による抑圧からの黒人の解放であり、人種差別糾弾的であった。したがって、運動は本質的に反体制的であり、政府にとっては社会の安定を脅かす危険なものであった。

4. ジャマイカの独立

 1958年1月、ジャマイカは西インド諸島連邦の設立国となり、独立に向けて動き出した。4年後、ジャマイカは完全な自治権を獲得する。しかし、薬物に対する国際的な圧力と、マリファナ喫煙の根絶を目指した政策により、イギリス植民地政府が導入した法律がそのまま法令として残されることになった。しかも法執行は強化され、政情不安が深まり、暴力も激しさを増した。

 このような動きのきっかけになったのが、1960年にガンジャを教義上重要視するある宗教団体が起こした反乱事件であった。このときには数名のイギリス兵が殺害されたが、直ちに警察によって反乱は鎮圧された。首謀者は反逆罪で有罪となったが、マスコミや多くの国民は、この事件をガンジャの使用と結びつけた。

 1961年には危険薬物法が再び重罰化の方向で改正された。ガンジャを喫煙する者は元から犯罪傾向があったのかもしれないが、問題はそのような傾向のある人間がガンジャを吸引することによって危険な状態になることだと、内務大臣は改正理由を強調した。

 こうして、1941年と1961年に危険薬物法は重大な改正を経験したが、これらの改正はいずれも、ジャマイカの歴史において、経済的あるいは政治的不安があった時期で、下層階級の多くと同様にガンジャを吸っていた過激派と思われる者たちが恐れられた時期に行われたものだ。

 1974年、暴力がまん延する中、米州機構の一員となったジャマイカ政府はアメリカにマリファナ撲滅への協力を要請し、アメリカ麻薬取締局がその支援に乗り出した。

 その結果、アメリカへの麻薬の輸出は減少したものの、ジャマイカは経済的な問題を抱えることになった。多くの貧しい国々と同様、マリファナは外貨の獲得につながった。1980年当時、ジャマイカの国内総生産(GDP)は、ボーキサイト、観光、そして大麻で構成されており、政府はGDP統計における大麻の重要性を非公式ながら認めていたのである。しかし、他方でジャマイカは単一条約に加盟しており、その条約に縛られていた。大麻を撲滅することは、苦難と大きな社会的混乱を引き起こす可能性があったのである。こうした事情もこの後の展開に影響を及ぼしている。

5. NIDAの健康調査

 1970年代初頭、アメリカの研究チームがジャマイカに行き、マリファナの使用が先住民に与える長期的な影響を調査したことがある。NIDA(アメリカ国立薬物乱用研究所)がスポンサーとなった3年間の学際的なプロジェクトで、ジャマイカ人労働者とその家族の慢性的なガンジャ消費に焦点を当てた、心理学的、生理学的観点からの総合的な調査研究だった。

 この調査研究は、人類学者であるベラ・ルビン(Vera Rubin)とランブロス・コミタス(Lambros Comitas)によって、1975年に『ジャマイカにおけるガンジャ』(VERA RUBIN and LAMBROS COMITAS:Ganja in Jamaica [1975] )というタイトルで公刊されている。この研究報告の結論は次のようなものだった。

  1. マリファナの慢性的な使用は、人間の精神や身体に毒性を及ぼさない。マリファナと精神病との間の因果関係や、マリファナ吸引と犯罪行為との間の因果関係は確認することができなかった。
  2. 日常的なマリファナ吸引と生理的な依存症や、吸引を急に止めた場合に禁断症状が出るという証拠も見つからなかった。
  3. マリファナを吸引している者は、吸引していない者に比べて、アルコールを飲む量が非常に少ない(カリブ海の他の地域に比べて、ジャマイカのアルコール依存症のレベルは著しく低い)。

 その後、1977年にジャマイカ政府も、「ガンジャの犯罪性、法律、使用と乱用、薬効の可能性について検討し、適切な勧告を行う」ための合同特別委員会を設置した。委員会は、大麻を合法化することは1961年の国連単一条約に基づくジャマイカの義務に反するとして否定したが、「ガンジャの個人使用を非犯罪化する実質的な事例」があることは認めた。そして、委員会は、次のような場合にガンジャを非犯罪化することを推奨した。

  1. 医療目的での使用
  2. 成人による個人的、私的な使用(私的な場での個人消費のための2オンスまでの所持の合法化)
  3. 宗教的な目的のための聖餐式としての使用

 ただし、これらの提言は、特にアメリカからの反発を恐れて棚上げにされたが、2001年、政府が任命した委員会は、ガンジャ法を改正することがジャマイカの国益に適うと結論づけた。委員会は、ガンジャはジャマイカの社会に「文化的に定着」しているとし、成人による私的使用と少量の所持を合法化することを勧告したのであった。

 しかしこの報告書も、政府の委員会では承認されたものの、アメリカからの非難を恐れて、またもやお蔵入りしたのであった。(続)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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