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自衛官募集事務は憲法問題ではない

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
2018年 自衛隊観閲式(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

 過去にも何度か大きな問題になった自衛官募集についての自治体の対応。多くの自治体では、18歳や22歳の適齢者情報の「閲覧」にとどめ、自衛隊にそのデータを積極的に〈提供〉まではしていません。それを最近、安倍首相が、〈非協力的だ。自衛隊が憲法に明記されていないから、こんなことになるのだ〉と、自治体の「非協力的な態度」を非難し、それを憲法改正の一つの理由に挙げて、以前とは違った大きな問題となっています。

 これについては、私は以前、「自衛隊に個人情報が流れている件について(【追記】あり)」という記事を公表したことがありますが、もう一度法的観点から改めて考えてみたいと思います。

 *自衛隊法上、「自衛官」および「自衛官候補生」と「学生」および「生徒」は異なるため、自衛隊法第97条に基づく自衛官等募集には、防衛大学校および防衛医科大学校の学生、それに陸上自衛隊高等工科学校生徒の募集は含まれないと解されています。これらについての募集は、都道府県知事または市町村長が自衛隊法第29条1項の規定により、自衛隊地方協力本部が行っています。

■自衛隊員募集についての自治体の現在の対応

 かなり以前から、毎年、18歳と22歳の人(適齢者)に対して自衛隊から隊員募集のダイレクトメール(DM)が届いています。その基になった個人情報(対象者の氏名・生年月日・住所・性別)は、住民の基本的な個人情報が記載されている公簿である〈住民基本台帳〉(住基台帳)から、それを管理する市町村の役所を通じて入手されています。

 この対応にバラツキがあって、多くの自治体では「閲覧」を許可するにとどめ、自衛隊職員が役所まで出向き、手書きで書き写していますが、手間や時間がかかったり、誤記の可能性があることから、いつの頃からか、この「閲覧」を超えて〈提供〉を求めるようになってきました。

 この要請を受けて、とくに議論されることもなく、わざわざ積極的に個人情報を〈提供〉しているところも増えてきています。提供している自治体の多くは、住民基本台帳から適齢者の個人情報を抽出し、紙にプリントアウトして提出していますが、中には宛名シールにプリントしたり、USBに入れて電子データとして提供しているところもあります。

■〈提供〉しないことは非協力的なことなのか

 住民基本台帳法(住基法)第3条は、市町村長等の責務として、「常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」と規定し、住基台帳には、氏名や生年月日、性別、マイナンバー、年金や介護に関する基本データなどが記載されています(第7条)。住基台帳は各種行政の基本となる〈公簿〉ですし、住民の基本的な個人情報が記載されている重要なデータベースですから、住基法第3条は、市町村長に対して住基データの適正な管理についての責任があることを明らかにした規定だと理解されています。

 他方、住基法第11条は、国による住基データの「閲覧」を認めています(政策の立案、実施のためには必要です)。防衛省は、この規定によって入手した個人情報(氏名、住所、生年月日、性別の4情報)を基に、募集を行ってきました。

 ところが、安倍首相は、自衛隊法第97条と同法施行令第120条を根拠に、自治体が適齢者に関する個人情報を自衛隊に積極的に〈提供〉しないことが非協力的だと非難しているわけです。しかも、このような〈好ましくない事態〉を改善するために憲法を改正して、自衛隊を正面から明記すべきだとまで主張しています。 

 自治体が適齢者の個人情報を自衛隊に〈提供〉しないことが、(国に対して)非協力的だと非難されなければならないようなことなのでしょうか。

自衛隊法第97条

(都道府県等が処理する事務)

第97条 都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。

2 防衛大臣は、警察庁及び都道府県警察に対し、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部について協力を求めることができる。

3 第一項の規定により都道府県知事及び市町村長の行う事務並びに前項の規定により都道府県警察の行う協力に要する経費は、国庫の負担とする。

自衛隊法施行令第120条

(報告又は資料の提出)

第120条 防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。

■〈閲覧〉と〈提供〉の間には深い溝がある

 住基法第11条で規定されている「閲覧」を〈提供〉にまで膨らませることは、法的に問題はないのでしょうか。これについては、以下の3点から否定的に考えざるをえません。

―個人情報保護の観点―

 第一に、「閲覧」とは、一般に「図書や書類を調べ読むこと」(広辞苑第6版)であり、「提供」とは、「さし出して相手の用に供する」(広辞苑第6版)ことであり、閲覧以外のより積極的な行為を意味します。住基法第11条には、国または地方公共団体の機関が、法令で定める事務の遂行のために必要である場合に限って、市町村長に対し、住民基本台帳に記載されている個人情報のうち「氏名・生年月日・性別・住所」の4情報の写しの「閲覧」を認めると書いてありますが、これを超えてより積極的な「(個人情報の)提供」までをも認める一般的な規定はどこにも存在しません。

 たとえば、国や地方公共団体が国税や地方税などの租税の滞納整理事務を行うに当たっては、市町村に戸籍や住基台帳の情報を請求する場合には、国税徴収法第146条の2(「徴収職員は、滞納処分に関する調査について必要があるときは、官公署又は政府関係機関に、当該調査に関し参考となるべき帳簿書類その他の物件の閲覧又は提供その他の協力を求めることができる。」)に基づいて請求が行われています。このような具体的な法律の規定がない限り、自衛隊に対して市町村が保有する個人情報を提供する義務はないと考えるのが当然です。

 そもそも、住基法第11条は、昭和60年に改正されるまでは、基本的に「何人」に対しても閲覧が認められていました。しかし、個人情報保護に関する社会的な関心が高まるにつれて、この公開制度に対する様々な問題点が指摘され、とくにダイレクトメール等の営業活動のために大量に住民基本台帳の一部の写しが閲覧されていることが問題と考えられるようになりました。

 そこで、平成18年の改正により、「何人でも閲覧を請求することができる」旨の公開閲覧制度が廃止され、個人情報保護に十分留意した閲覧制度として住基法が再構築されることとなったのでした。具体的には、住基台帳の一部の写しの閲覧をすることができる場合を、(1)国又は地方公共団体の機関による法令の定める事務の遂行のための閲覧、(2)世論調査・学術研究等公益性の高い活動を行うために必要であると市町村長が認める閲覧の2つの場合に限定し、閲覧の手続の詳細等を含めて規定の整備が行われたのです。

 このように、住基法では、市町村長に対して、個人情報保護管理についての厳格な責務が規定されており、上記4情報が「閲覧」が可能な公開情報であるから「提供」も可能であるといった安易な解釈運用は、昨今の個人情報保護の流れ、また住基法および条例の趣旨から判断しても不適切な解釈運用であるといわざるをえません。

―自衛隊法や同法施行令には個人情報保護の観点は含まれていない―

 第二に、自衛隊法施行令第120条は、自衛隊法第97条の規定を受けたものと解されていますが、そもそも政令とは、内閣によって制定される命令、つまり法律を実行するために閣議の決定によって成立するものです(天皇が公布)。国会の手続きは経ておらず、憲法上の権利、とくに精神的自由を制限する場合の立法の委任は明確であり厳格でなければならないのは、憲法学における共通の認識です。

 適齢者情報の〈提供〉で問題になっているのは、個人情報に関する権利という憲法第13条の幸福追求権から導き出されるプライバシーの権利です。ところが、自衛隊法第97条および同施行令第120条においては、個人情報保護の観点は存在せず、これらの規定は、自衛官等の募集事務がスムーズに遂行されるように防衛大臣が都道府県知事および市町村長に対して、募集に対する一般の反応、応募者数の大体の見通し、応募年齢層の概数等に関する報告および県勢統計等の資料の提出を求め、地方の実情に即した募集が円滑に行われているかどうかを判断するためのものなのです。したがって、これらの条文を根拠に、応募に関する個々具体的な適齢者情報(個人情報)の提供を求めることは許容されないと解されます。

―どう考えても「閲覧」には〈提供〉は含まれない―

 第三に、住基法第37条1項には、「国の行政機関又は都道府県知事は、それぞれの所掌事務について必要があるときは、市町村長に対し、住民基本台帳に記録されている事項に関して資料の提供を求めることができる。」との規定が存在しますが、これは、住基法に記録されている事項を統計等に利用する場合の規定であり、公証力のある個々具体的な個人の特定可能な資料の提供を認めた規定ではありません。そのような場合は、第11条の住民基本台帳の閲覧または第12条の住民票の写しの交付の請求によることになっています。したがって、第11条の「閲覧」には、〈提供〉は含まれないというのが当然の解釈だということになります。なお、住基ネットの利用に関する「別表」においても、自衛隊への住基データの「提供」は予定されていません。

 以上より、市町村長は、自衛隊法第97条および同施行令第120条等に基づく、自衛隊からの適齢者情報の提供要請に応じる法律上の義務は存在しないといわざるをえません。これを厳格に「閲覧」にとどめているのは、法の趣旨に忠実な態度であり、何も非難されるようなことではありません。

■個人情報保護条例との関係

 次に、自衛隊隊員募集と自治体が制定している個人情報保護条例との関係について検討します。

 どこの自治体でも個人情報保護条例(以下、「条例」と略します)を制定し、個人情報保護のために、個人情報の利用および提供の制限として、実施機関による個人情報の目的外利用を禁止しています。どの条例でも似たような内容で、だいたい次のような規定になっています。

「第○○条 実施機関は、個人情報を取り扱う事務の目的以外の目的で個人情報を当該実施機関内部若しくは実施機関相互間で利用し、又は実施機関以外のものに提供してはならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。

 (1)本人の同意に基づき利用し、又は提供するとき。

 (2)法令等の規定に基づき利用し、又は提供するとき。

 (3)出版、報道等により公にされたものに基づき利用し、又は提供するとき。

 (4)個人の生命、身体又は財産の保護のため、緊急かつやむを得ない必要があると認めて利用し、又は提供するとき。

 (5)審議会の意見を聴いた上で、個人情報を取り扱う事務の目的以外の目的のために当該個人情報を利用し、又は提供することに相当な理由があり、かつ、本人の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認めて利用し、又は提供するとき。」

 自衛隊募集に関してとくに問題となってくるのは、自治体が自衛隊の要請に基づいて、住基台帳のデータの一部を〈提供〉することが、(2)の「法令等の規定に基づき利用し、又は提供するとき」に該当するのかどうかです。政府の主張は、提供は、自衛隊法第97条および同法施行令第120条によっているので、法令の根拠があるというものです。

 これについては、上で詳しく述べましたように、自衛隊法および同施行令に基づいて適齢者情報の提供を求めることはできず、市町村長もそのような法的義務はないと解されますので、これらの法規定は、条例でいう「法令等の根拠に基づき」には該当しないと思われます。

 ただ、問題は、(5)の審議会が妥当であるとの判断をすることについてどのように考えるべきかということです。ここでいう「相当な理由」がある場合とは、たとえば自衛隊の事務の合理化、募集に際しての正確性の向上、国民を守る必要性など、公の利益のために個人の権利が事前にしかも包括的に制限されることが許される場合という趣旨です。

 確かに、大規模災害や、現実に日本が他国からの侵略を受け、国民の生命・身体・財産等の利益や国家の基本的な設備や組織、国土等が具体的に危険に晒されているような緊急状況においては、国民の基本的人権が制約されうる場合があることは当然ですが、そうでない限り自衛隊は公の利益のために存在するからといった一般的抽象的な理由で国民の基本的人権を事前にかつ包括的に制約することはできません。したがって、この「相当な理由」というのは、個別具体的で一般に緊急性を要するような理由であるとか、明らかに公益性が優先するような場合でなければならないと思われます。

■まとめ

 以前から自衛隊には住基台帳の「閲覧」は許可されてきたのであり、〈提供〉が許可されなかったとしても募集業務に特段の不都合が生じるとは思われません。構成員(隊員)の募集の手段として、住基データを包括的に収集し、個別にダイレクトメール発送するなどということを行っているのは自衛隊だけしかなく非常に異質の方法であるといえます。自衛隊が自衛隊法や同法施行令を根拠に、自治体に適齢者情報の〈提供〉までをも求めるのは、法的な権限を超えるものであり、自治体がこれを拒否したからといって、政府から「非協力的だ」と非難される理由はありません。まして、この問題は、憲法改正とはまったく関係はありません

 また、条例の問題として考えても、適齢者情報を市町村長が積極的に〈提供〉することは、自衛隊の隊員募集についての事務・経費の軽減にすぎず、条例における個人情報の目的外利用を許容する理由としてはきわめて薄弱です。住基データの管理者である市町村長が適齢者全員の個人情報を自衛隊に包括的に提供するのは、住民の自己情報コントロール権を保障する条例の解釈としては不適切であり、個人情報保護の在り方からしても妥当な措置とは言いがたいと思います。(了)

【参考資料】

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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