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AV出演強要に適用された淫行勧誘罪にちょっと違和感が

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(ペイレスイメージズ/アフロ)

以前から、アダルトビデオ(AV)に出演経験のない女性を、強制的にAVに出演させることが大きな社会問題となっていました。これについては、労働者派遣法違反(有害業務就労目的派遣)罪などが適用されることが多かったということですが、今回、71年ぶりに刑法182条の淫行勧誘(いんこうかんゆう)罪が適用されました。

この淫行勧誘罪とはどのような罪で、AV出演強要にこの罪を適用することに問題はないのでしょうか。

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AV出演強要 淫行勧誘で摘発

まず、淫行勧誘罪の条文は次のようになっています。

(淫行勧誘)

刑法第182条 営利の目的で、淫行の常習のない女子を勧誘して姦(かん)淫させた者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

営利の目的」とは、財産上の利益を自ら得る目的、あるいは、第三者に得させる目的です。

淫行」とは、「みだらな性行為」、すなわち性道徳上認められないような種類の性行為のことだと解釈されています(しかし、具体的にどのような行為が「淫行」なのか、よく分かりません)。

勧誘」とは、その気に(姦淫する気に)させることで、金銭を提供するとか、身分的・社会的な影響力を行使するとか、だましたり、困惑させたりするなど、その意味はかなり広いですが、暴行や脅迫が用いられた場合には、強制性交罪(旧強姦罪)に該当する場合があります。

姦淫」とは、単に性交と理解する見解もありますが、より狭く、風俗を乱すおそれがあって、道徳的に非難され、刑罰によって防止すべき違法性があるものと理解する見解が多数だと思われます(しかし、これも具体的にどのような行為が対象となっているかは判然としません)。

さて、淫行勧誘罪とは、以上のような内容の犯罪ですが、その存在意義についてはいろいろと議論があります。

現在の淫行勧誘罪は、明治40年制定の現行刑法に制定時から存在した規定ですが、その元になったのは明治13年制定の旧刑法の第352条です。次のように書かれていました。

旧刑法第352条 16歳ニ満サル男女ノ淫行ヲ勧誘シテ媒合シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ2円以上20円以下ノ罰金ヲ附加ス

この規定では、客体が単に「16歳未満の男女」となっていて、性的未成熟者に対してみだらな性行為をひそかにあっせんすること(「淫行ヲ勧誘シテ媒合」)を処罰することが目的であり、今でいう「青少年の健全育成」が保護法益であったと解されます。

ところが、明治40年に現行刑法が制定されるときに、この規定は広すぎるため処罰範囲を限定しなければならないとされ、「営利目的」が要件とされ、さらに客体が「淫行の常習のない女子」に限定されました。善良な性的秩序を守るべき規定として、位置付けられたわけです。

当時の改正理由書では、(1) 性風俗の乱れを予防するためには、営利目的のある場合(戦前の人身売買、女衒[ぜげん]の類い)だけ処罰すれば足りるし、(2) 女子に比べて男子は保護する必要性が少なく、また、女子の中でも品行の良くない者はあえて保護する必要性がないからである、と説明されています。

したがって、「淫行の常習のある女子」、たとえば、道徳的に見て非難されるような性生活の常習者とか、無貞操に性生活を行う女子、あるいは職業的売春婦など、性的に堕落した女子は本罪で保護されなくなったわけです。

今回、AV出演強要に対して本罪が適用されたのですが、この問題の本質は、自らの自由な意思決定によって性的行為を選択できなかったという、性的自己決定権の侵害にあると思います。だとすると、保護の客体を「淫行の常習のない女子」のみに限定して、「淫行の常習のある女子」を保護の客体から排除している淫行勧誘罪は、法の下の平等に反する違憲性の疑いが濃厚であり、これをAV出演強要行為に適用することは法的に問題があるのではないでしょうか。この淫行勧誘罪も、近い将来に見直されるべき規定ではないかと思います。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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