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「総理のご意向」文書の存在は「秘密」なのか?

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

■はじめに

加計学園をめぐる問題で、文科省が安倍首相の意向として推進を検討していたとする文書の存在が問題になり、文科省の前事務次官である前川喜平氏が、週刊誌のインタビューに応じて「本物だ」と断定しました。

文科省前事務次官が「総理のご意向」文書は「本物」と証言

前川氏のこの発言は、当該文書の存在を否定した文科省の調査と真っ向から対立するものですが、他方では、前川氏のこの発言が、国家公務員の守秘義務を定めた国家公務員法100条1項に該当するのではないかとの指摘もあります。

国家公務員法100条1項

職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。(違反した場合は「懲役1年又は50万円の罰金」[同109条12号])。

この守秘義務は退職後も課せられますので、たいへん重い義務だといえます(地方公務員法にも同じ規定があります)。そこで、問題になるのは、「総理のご意向文書の存在」が、国家公務員法100条1項に規定する「秘密」に当たるのかということです。

■公務員の守秘義務とは

公務員の守秘義務は、形式的には明治時代の官吏服務紀律(かんりふくむきりつ)4条1項に由来します。

官吏服務紀律4条1項

官吏は己の職務に関すると又は他の官吏より聞知したるとを問わず官の機密を漏えいすることを禁ず。その職を退く後においてもまた同様とす。(現代表記に改めました。以下同じ。)

しかし、官吏服務紀律の守秘義務と国家公務員法の守秘義務は、その趣旨はまったく異ります。

明治憲法下における公務員は、天皇のための公務員であり、その職務は天皇への奉仕です。官吏服務紀律の第1条は、「およそ官吏は天皇陛下及び天皇陛下の政府に対し忠順勤勉を主とし法律命令に従い各その職務を尽くすべし」と規定していました。これは「官吏の忠誠義務」と呼ばれたものであり、守秘義務も天皇に対する忠誠義務の一つだったのです。

これに対して、日本国憲法の下では、公務員が奉仕すべきものは、天皇ではなく、国民全体です(第15条)。公務員の守秘義務も、「国民全体の奉仕者」としての公務員の義務の一つだということになります。したがって、公務員が秘密を守ることも、政府のためではなく、国民全体の利益のためであり、秘密を漏らすことがかりに政府や個々の行政当局にとっては不利益なことであっても、国民全体にとっては不利益ではなく、かえって利益だと考えられるときは、その漏えい行為は禁止や処罰されるべきではないということになります。

「秘密」という言葉の意味も、このような観点から明らかにされるべきです。

■「秘密」とは何か

ある情報が秘密として保護されるためには、まずその事実が一般に知られていない事実であり、当該情報の保有者がそれを公表しないことを望んでいることが不可欠ですが、守秘義務違反の罪で守られる「秘密」については、さらに国や行政機関が当該情報に(「マル秘扱い」や「取扱い注意」などの)秘密指定を行って、秘密とする意思を示しているだけで足りるのか(形式秘説)、さらに実質的に「秘密」として保護にあたいするものであることが必要であるのか(実質秘説)が問題になります。

なぜなら、公務員が秘密を漏らした場合には、その情報内容の価値に応じて、戒告や減給、停職などの懲戒処分(国家公務員法82条)だけで済まされる場合もあれば、その行為が犯罪とされて処罰という最も重い制裁が科せられる場合があるからです(なお、懲戒処分の場合は、対象は現役の「職員」です)。

そして、最高裁は〈外務省秘密電文漏えい事件(西山事件)〉で、「国家公務員法100条1項にいう秘密とは、非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるもの」であるとして、実質秘説が妥当であるとしています。

つまり、国や政府がその利益のために「秘密」であるとしたものが、すべてそのことだけを理由として、刑罰によって守られなければならないというわけではないのです。刑罰という最も重い処分で守る価値のある情報こそが、守秘義務違反の罪で保護される「秘密」だということになります。

■まとめ

以上のように、実質秘説が妥当だとしても、具体的にどのような情報を「秘密」として刑罰で保護すべきかは当然問題になります。一般には、次のような情報を漏らした場合に守秘義務違反の罪が問題となると思われます。

  1. 国益上、重大な影響が生じる場合(たとえば、外交や国防に重大な影響が生じるような情報など)
  2. 当該情報が公開されると行政の目的が追求できない場合(捜査情報や競争入札価格など)
  3. 国民による検証の余地を残しながら、公務執行中にその能率的・効果的な遂行を一時的に優先させる場合(自由な討論のために委員会を非公開にしたような場合など)
  4. およそ国民による検証になじまないような場合(個人のプライバシーなど)

前川氏の発言で問題になっている「総理のご意向」文書も、このような基準に照らして、その「秘密」性が検討されるべきです。私自身は、この文書は加計学園をめぐる問題の解明に資するものが大きいと思いますので、この文書は秘匿されるよりも、公開されることこそ国益にかなうものであり、「秘密」とする実質的な利益があるかについては疑わしいのではないかと思っています。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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