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痴漢現行犯の写真をネットで晒す行為について

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
隣りで寝ている女性の胸の辺りを触っていると思われる写真
隣りで寝ている女性の胸の辺りを触っていると思われる写真

少し前に、防犯カメラに映った「万引き犯人」の映像を公開する行為が問題となりました。この問題については、拙稿(「防犯カメラに映った『万引き犯人』の映像を公開する行為について」)を参照していただければと思いますが、今回は、ネットに公開された痴漢現行犯の写真が話題になっています(元の写真では、顔がはっきりと認識できます)。

万引き犯人の場合は、えん罪の危険性があり、この点も公開を控えるべきだということの一つの理由になっていたわけですが、今回の写真は現行犯であり、えん罪の可能性は極めて少ないところから、このような卑劣な犯人の写真は公開しても構わないのではないかということが議論になっています。

しかし、現行犯ならば、個人が特定されるような画像であっても、すべてネットで晒すことが許されるというものではないと思います。

刑法230条の2は、第1項で、名誉毀損に当たるような行為であっても、(1)その事実に公共性が認められ、(2)公益を図る目的があれば、(3)その事実が真実であれば処罰しない、と規定しており、そして同条第2項では、「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。」という規定を置いています。

ただ、この規定は、戦後にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の示唆にもとづいて、占領政策に違反する犯罪の摘発を奨励するという特殊な事情のもとで新設されたものだと言われており、現在のように、一般私人のだれもが世間に向けて情報発信できるような情報環境は想定されていません。どんな犯罪であっても、現行犯の画像は晒してもよいとなると、本当に軽微な犯罪、たとえば公道に痰や唾を吐いたり立ち小便をしたりする人(軽犯罪法1条26号)の(個人が特定可能な)写真を無断でネットに公開することも何も問題はないということになりかねません。

考え方としては、2項を削除して、1項の一般原則(事実の公共性、目的の公益性、事実の真実性が肯定されれば、名誉毀損とならないという原則)によって処理すべきだということも議論されてもよいのではないかと思います。

もちろん、この条項を削除することについては、それがマスコミの報道の自由の制約になる可能性がありますので、慎重な議論が必要なことはいうまでもないことですが、この条項ができた昭和22年に比べて、情報環境が劇的に変化しているわけですから、報道の自由を守るかたちで「公共性」の意味に一定の方向性を課すべきではないかと思います。

本件でいえば、痴漢行為(犯罪行為)がなされているだろうということは写真から推測できるので、刑法230条の2第2項によって公共の利害に関する事実だとみなされると思いますが、この条文を離れて一般論として言えば、この写真を公にすることについて「公共性」があるかといえば、疑問に思います。

「公共性」とは、一般多数人の利害に関する事実、つまり、国家や社会全般の利害に関わる事実を意味します。具体的には、社会的な地位の高い人びと(全人格的な活動が要請されるような政治家、上級公務員、医師、弁護士、大学教授、教師など)の犯罪行為に公共性があるのは当然だと思いますが、そうではない一般の人の、殺人や強盗などと比較して重大ではない犯罪行為について、それが国家や社会全体の正当な関心の対象となりうるかといえば、そうではないと思います。

本件の場合も、写真に写っている人が普通の私人だったとしたら、この痴漢行為に国家や社会全体が関心をもつとはいえません。もちろん、この写真を警察に提出して、捜査を促すことにはまったく問題はありませんが、いきなり個人が特定されるような形でネットに公開することは(かりに法的には問題はなくとも)、どうだろうかと思います。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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