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LINEは〈賭博場〉なのか?

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
条文の「賭博場」では元々このようなものが念頭に(画像はウィキペディアより)

刑法186条2項の〈賭博場開帳等図利罪〉は、「賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する。」と規定しています。今の刑法が制定された明治40年(1907年)から100年以上、この条文はほぼそのまま変わっておらず、一定の場所を開設して客に賭博の機会を提供し、〈寺銭〉と呼ばれるアガリを徴収して不法な利益を儲けることが禁止されています。

〈賭博場〉とは、言葉の意味としては、実際に賭博行為を行う物理的な場所のことですが、ネット上で〈賭博の機会〉を提供する行為も〈賭博場〉を開設したことになるのかが争点になっている裁判が16日から大阪地裁で始まります。

LINE上も「賭博場」? 賭け事募集、司法の判断は

事案は、被告人が胴元(賭博の主催者)となり、無料通信アプリのLINE上で賭博の客を集め、プロ野球や大リーグの試合結果を1口1万円で予想させて、合計900回以上にわたって総額1億円以上の賭金を集めたというものです。

明治時代の立法者が想定していたのは、一定の場所に客を集めて、サイコロや花札などをつかって博打(ばくち)を行う行為で、LINEで賭博が行われることなどは、まさに立法者の想定外の行為です。しかし、いくら想定外といっても、それが条文に使われた言葉に当てはまるならば、処罰することは何も問題はありません。

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では、LINE上で賭博の機会を提供することは、〈賭博場〉を開設したことになるのでしょうか?

この問題を考える際には、2つの裁判例が参考になります。1つは、最高裁昭和48年2月28日決定と、もう1つは、福岡地裁平成27年10月28日判決です。

最高裁昭和48年2月28日決定の事案は、被告人がある暴力団事務所に設置された電話を使って、客に野球賭博を行わせたというものでした。この事案について最高裁は、「刑法186条2項の賭博場開張図利罪が成立するためには、必ずしも賭博者を一定の場所に集合させることを要しないものと解すべきであり」、本件野球賭博は、「E組名古屋支部事務所を本拠として各賭客との間に行なわれたものというべきであるから、賭博場開張の場所を欠如するものではない」としました。つまり、最高裁は、賭博客を一定の場所に集めることは必要ではなく、組事務所という場所を本拠地として、客らに賭博の機会を提供したので、賭博場開帳図利罪が成立するとしたのでした。

確かに、条文上は、賭博客を一定の場所に集めることまでは必要ではないとも読めますが、「電話が設置された事務所」という物理的な場所が賭博の本拠地であればよいというのは、いわば首の皮一枚でつながった理屈です。当時は、固定電話しかなかったわけですから、このような理屈でかろうじて処罰することは可能だったと思われますが、携帯電話やノートパソコンなどのモバイル通信機器が普及した現在でもこの論理が妥当するかは疑問です。

さらに、ネット空間で同じようなことが行われる場合、そのサーバーがかりに海外に置かれている場合には、はたして日本で賭博の機会を提供したといえるのか疑問ですし、そもそも〈サイバー空間〉を〈賭博場〉と呼ぶのは、言葉の可能な範囲を超えるものではないかという疑問が強くなってきます。

福岡地裁平成27年10月28日判決は、まさにこの点を問題にしました。事案は電子メールを利用して野球賭博を行ったというものでしたが、裁判所は、「賭博場開張図利罪は、その犯人自らが主宰者となり、その支配下に『賭博場』、すなわち賭博を行う一定の場所ないし賭博のための一定の場所的設備を提供し、その対価として寺銭等の名目の利益の取得を企図することによって成立する罪であるから、証拠によってその事実が立証されなければならない」が、本件では電子メールを利用して賭博が行われており、「胴元側が、その支配下に『賭博場』と評価できる一定の場所ないし場所的設備を確保してそれを提供していたと評価することは困難である」として、賭博場開張図利罪の成立を否定したのでした。検察官は、電子空間全体が〈賭博場〉に当たると主張しましたが、そのような主張は、「胴元と賭客が存在しさえすれば直ちに賭博場開張図利罪が成立することを認めるものにほかならず」、「移動可能な電子通信機器が発達した現代の賭博の実情に適合していない面があることは確かであるが、立法を経ずに解釈によって場所的要素を伴わない賭博主宰行為に処罰を拡大することは許されない」としたのでした。

刑法の条文で使われている言葉の意味を逸脱して処罰することは許されないという、刑法の大原則である罪刑法定主義からいえば、福岡地裁の判決はそのお手本のような判決だといえるでしょう。科学技術の進歩は目覚ましいものがありますが、法律の改変には手間も時間もかかります。賭博の問題は一例ですが、社会の進歩と法律の規制との間で、法の適用をめぐって難しい問題が生じています。そのような場合に、多少は無理をして処罰しようとすることは理解できなくもないですが、罪刑法定主義を踏み越えて、言葉の縛りを無視して処罰することは、裁判所が勝手に法律を作ることにもなります。今回の裁判でもそうで、そのようなときこそ、刑法の原則に立ち返って法の限界を示すことが裁判所に求められているのだと思います。(了)

【追記】

16日の初公判で、ダルビッシュ翔被告は起訴内容について、「間違いありません」と述べた。しかし弁護側は、「LINE上は、刑法の『賭博場』にあたらない」、「賭博開帳図利罪は成立せず、常習賭博罪のほう助が成立するにとどまる」と主張。検察側は、「賭け金の1割を手数料としてもらっており悪質だ」と主張した。

出典:“野球賭博”ダルビッシュ翔被告の初公判(日本テレビ系(NNN))

ネットと賭博の問題については、次の拙稿も参照していただければと思います。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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