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ウ・ヨンウと自閉症スペクトラム──『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は“第2の『イカゲーム』”になるか?

松谷創一郎ジャーナリスト
パク・ウンビン演じる主人公ウ・ヨンウ(オフィシャルサイトより)。

CNN「第2の『イカゲーム』?」

 Netflixで配信されている韓国ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』(全16回)が世界的な大ヒットを続けている。自閉症スペクトラムの新人弁護士ウ・ヨンウが、同僚とともにさまざまな案件に向き合っていくこの作品は、あした18日に最終回を迎える。

 Netflixの非英語ドラマ部門では、すでに全世界で4回トップに立った(Netflix Top 10・8月7日付)。日本でも15日までにテレビ部門で26日間1位となっており、アメリカでも最新週で10位にランクインしている。CNNは「第2の『イカゲーム』?」とそのヒットを報じたほどだ(7月10日付)

 この作品の魅力は、法廷劇、マイノリティの包摂、コメディタッチの演出など多層的だ。だが、その中心はやはりパク・ウンビン演じる主人公ウ・ヨンウのキャラクターだろう。純粋で、天才で、かわいい──ウ・ヨンウの存在がこの大ヒットの柱にある。

 彼女はいったい何者なのか? その存在を自閉症スペクトラムの視点で読み解いていく。

ウ・ヨンウと自閉症スペクトラム

 ウ・ヨンウはソウル大学のロースクールを首席で卒業した、天才的な新人弁護士だ。だが彼女の言動にはさまざまな特徴がある。それを列挙すると以下となる。

  • 相手と目を合わせない
  • 相手の感情や場の雰囲気を察知できない
  • 食事はのり巻き(キンパ)のみを食べる
  • 書類や本を見ただけで完璧に記憶する
  • 大きな音が苦手(なのでヘッドフォンをする)
  • クジラとイルカが好き

 まとめると、周囲とのコミュニケーションが苦手で、同じ行動を繰り返し(常同行動)、特定のことに強く興味を持ち、聴覚や視覚など感覚が過敏──これらは、自閉症スペクトラム(ASD)でよく見られる特徴だ。それは日本の厚生労働省のホームページでまとめられている説明と概ね一致する。

コミュニケーションの場面で、言葉や視線、表情、身振りなどを用いて相互的にやりとりをしたり、自分の気持ちを伝えたり、相手の気持ちを読み取ったりすることが苦手です。また、特定のことに強い関心をもっていたり、こだわりが強かったりします。また、感覚の過敏さを持ち合わせている場合もあります。

厚生労働省「発達障害|こころの病気を知る|メンタルヘルス」

 この障碍は脳の器質による生まれつきのもので、かつ遺伝の可能性が高いことがわかっている。このドラマにも早い段階でウ・ヨンウの実母と思しき存在が登場するが、彼女がウ・ヨンウ同様にアパレルショップで洋服を揃えるシーンが一瞬描かれる。

 だが、その症状は「スペクトラム=重度から軽度までの幅があるもの」とされているように、ひとによってさまざまだ。精神遅滞がある場合も少なくなく、第3話ではウ・ヨンウが担当する傷害致死事件の被告がそうであった。時代によってその定義も異なり、2013年に精神医療マニュアルの改訂版・DSM-5が出るまでは、アスペルガー症候群と括られていた。

電車での通勤時、ウ・ヨンウは騒音消しのためにヘッドフォンをする(オフィシャルサイトより)。
電車での通勤時、ウ・ヨンウは騒音消しのためにヘッドフォンをする(オフィシャルサイトより)。

ウ・ヨンウとサヴァン症候群

 ウ・ヨンウは書類や本を画像として記憶し、脳内で読む行為をしばしば見せる。障碍がありながらもこのように秀でた能力を持つ存在は、サヴァン症候群と呼ばれる。音楽、絵画、数学などで優れた能力を発揮するケースが目立ち、アインシュタインやモーツァルトも自閉症スペクトラムだと言われる。

 ドラマや映画では、このサヴァン症候群がしばしば扱われてきた。

 ハリウッド映画『レインマン』(1988年)では、ダスティン・ホフマン演じる卓越した記憶力を持つ男性が描かれた。アメリカと日本でもリメイクされた韓国ドラマ『グッド・ドクター』(2013年)では、超人的な洞察力を持つ新人医師が主人公だった。

 日本では、中居正広主演のドラマ『ATARU』(2012年)が有名だろう。ほとんど言葉を発しないものの、専門家顔負けの知識で警察の捜査を手助けする青年が描かれた。

 また、『ウ・ヨンウ弁護士~』の脚本を手掛けるムン・ジウォンは、2019年公開の映画『無垢なる証人』でデビューした。ヒットもし、高く評価されたこの作品も法廷劇であり、自閉症の女子高校生が裁判の証人として登場する。事件の証人が自閉症という設定で、演出タッチもシリアスなので『ウ・ヨンウ弁護士~』とは完全に異なる作品だが、その少女の将来の夢が弁護士だという描写も出てくる。

ヒントとなったテンプル・グランディン

 『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』もサヴァン症候群を描いた作品の系譜に位置づけられるが、制作陣が参考としたのは、アメリカの動物学者テンプル・グランディンだという。現在74歳の彼女は、家畜を統御する施設の研究者だ。

 グランディンは、動物学者にとどまらず、積極的に自身の脳の検査をして自閉症スペクトラムについて発言している。『自閉症の脳を読み解く』(NHK出版/2014年)など日本で翻訳された本も多く、自身の経験を織り交ぜながら脳科学や社会的な位置づけなど自閉症スペクトラムを網羅的に論じている。

 2010年の『TED』における講演「テンプル・グランディン: 世界はあらゆる頭脳を必要としている」では、彼女の体験と自閉症スペクトラムについての解説が簡潔にまとめられている。

 動物学者となるまでのプロセスは、エミー賞やゴールデングローブ賞などを受賞したテレビ映画『テンプル・グランディン ~自閉症とともに』(2010年/U-NEXTで視聴可能)で描かれている。おそらくウ・ヨンウのキャラクターはこの作品をヒントにしている。

 たとえばグランディンは、自分の身体を拘束する独自の器具「締め付け機」を作った。感情が落ち着かないとき、身体を強く締め付けられると安心することに気づいた彼女が、独自に作ったものだ。

 ウ・ヨンウは締め付け機を使わないが、11話では衝撃的な場面を目の当たりにした彼女が、恋人であるジュノに強く身体を抱きしめてもらうように求めるシーンが出てくる。あれは単なる愛情表現ではなく、感情がかき乱されたときに彼女にとって必要な感覚の遮断方法だったと読める。

2010年8月29日、第62回プライムタイム・エミー賞におけるテンプル・グランディン博士(左)と、ミック・ジャクソン監督(右)
2010年8月29日、第62回プライムタイム・エミー賞におけるテンプル・グランディン博士(左)と、ミック・ジャクソン監督(右)写真:ロイター/アフロ

当然期待される続編

 『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は、今日とあしたの2話を残すのみとなった。恋人・ジュノ(カン・テオ)とのロマンスの行く末や、実母との関係、上司チョン・ミョンソク(カン・ギヨン)の病気、同僚クォン・ミヌ(チュ・ジョンヒョク)の策謀等々──残り2話でどれほど描き込めるかが注目だ。

 世界的に大ヒットし、すでにリメイクの噂もささやかれるこの作品のポテンシャルを考えると、続編の期待は当然膨らんでくる。基本的に1~2話で1エピソードが完結する形式なので、続編を作りやすいタイプの作品でもある。

 そして、このヒットはおそらく今後も当面続く可能性が高い。Netflixでは“イッキ見”が定着しているので、あした第1シーズンの16話が完結した以降、さらなるヒットの拡大が予想される。

 今後のもうひとつの見どころは、そのヒットがどれほどの大きさになるかだろう。つまり、“第2の『イカゲーム』”になるかどうかだ。

▲BTSも真似したウ・ヨンウと親友トン・グラミの挨拶。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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