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SNSと民主主義が攻略された後に──ポスト・トランプ時代のゲーム再構築

松谷創一郎ジャーナリスト
2020年12月12日、QAnonの旗を持ってCAのコスプレをしたトランプ支持者(写真:ロイター/アフロ)

トランプ人気は終わっていない

 世界を大混乱させてきた大統領がホワイトハウスを去って、3ヶ月が経った。

 敗北が決まった後も選挙結果の不正を訴え続けたドナルド・トランプは、退任直前にはその発言で議会襲撃事件まで引き起こしてしまった。支持者たちは、ジョー・バイデンの大統領就任を確定する議会の手続きを阻止しようとしたのだ。4人の死者を出したこの一件は、クーデターと呼ぶに相応しい事案だった。

 一時はどうなることかと思われたが、その後バイデンは無事就任。トランプはTwitterアカウントを凍結された。政治的には平穏な状況に戻りつつあり、コロナ禍の収束に向けてワクチン接種が優先されている──アメリカの現状をそう捉えているひとも少なくないだろう。

 が、事態はそう単純ではない。

 選挙では負けたものの、トランプは約7422万票を獲得。これは前回2016年の選挙における6299万票よりも1000万票以上も多い。得票率も、前回が45.93%だったのに対し、今回は46.86%とわずかに上がっている(※1)。つまり、トランプ人気は下がったどころか、やや上がっていた。

 トランプはゲームオーバーとなったが、大きな爪痕を残した。

2021年1月6日、アメリカ・ワシントンDCの連邦議会議事堂に押し寄せ、警察と衝突するトランプ支持者たち。
2021年1月6日、アメリカ・ワシントンDCの連邦議会議事堂に押し寄せ、警察と衝突するトランプ支持者たち。写真:ロイター/アフロ

SNSで感情が壊れるひと

 トランプ支持の熱狂を生む背景として、しばしば指摘されてきたのはTwitterをはじめとするSNSの影響だ。昨年の大統領選では、投票日の半年ほど前から主要SNSはフェイクニュース対策をした。Twitterはリツイートに制限をかけ、Facebookも細かな設定を施した。多くのアカウントも削除・凍結された。2016年の選挙では、Facebookでシェアされる記事の半分以上がフェイクニュースで占められていたとする調査結果も出ていたからだ(※2)。

 現在さまざまにこの対策の効果についての検証が進められているが、いまだに根本的な問題解決がなされたとは言い難い。いまもSNSでは多くの誤情報やフェイクニュースが日々シェアされており、それによって多くのユーザーが感情を先鋭化させたり消耗させたりする日常が続いている。

 加えてそれは、フェイクニュースのみの話にとどまらない。ひとびとがみずからの信じる“正義”に基づいて噴出させる怒りは、SNSでヴァイラルに拡がって多くのひとの感情を刺激し、大きなうねりとなっていく(松谷創一郎「『怒り』を増幅させるSNSは、負のスパイラルを描いたまま2020年代に突入した」2020年5月25日)。

トランプによるSNSゲームの攻略

 この惨状は、もちろんアメリカだけの話ではない。日本も同様だ。

 Twitterでは、さまざまなプレイヤーたちが、みずからの正義を声高に強い言葉で吐き続けているのが日常だ。ほとんどのユーザーにとって、そこで与えられるリツイートや「いいね」は、簡単な手続きで得られるちょっとした“ご褒美”=承認でしかない。クッキーを一枚食べる程度の個々人の満足が、フェイクニュースを拡大させ芸能人を死に追いやる。

 一方で、意図的に煽動する者もいる。

 人生ではじめて浴びる強い注目の快楽に身を溶かし、有名性の指標「ソシオメーター」(マーク・リアリー)のゲージを気にしてばかりのアジテーターも多くいる。もはや立ち止まって丁寧に議論する状況など成立しないSNSは、彼らにとってはみずからが脚光を浴びるための劇場でしかない。

 投げ放たれた小さな氷の結晶は、TwitterのリツイートやFacebookのシェア機能によって雪だるまとなり、果ては大きな雪崩を起こして多くのひとびとを飲み込んでいく。煽動者はこれを目指す。

 このSNSゲームを完全に攻略し、大統領にまで登りつめたのが人気テレビタレントだったドナルド・トランプだ。

2007年、人気テレビタレントだった頃のドナルド・トランプ(右)と、プロレス団体WWEのオーナーのヴィンス・マクマホン(左)。
2007年、人気テレビタレントだった頃のドナルド・トランプ(右)と、プロレス団体WWEのオーナーのヴィンス・マクマホン(左)。写真:ロイター/アフロ

両立しないヘイトへの対抗と社会分断

 ヘイト投稿のような差別表現は、もちろん許されない。SNSにおいては、そうしたヘイトに対する強い対抗言説(カウンター)が一定の抑止力を持つケースもある。そのやり取りを見ている第三者に対し、ヘイト投稿が決して許されないとアピールすることにもなるからだ。

 ただし、それには副作用もある。ヘイト投稿をするレイシストたちは、その場では周囲の状況を察して抑制しても、その後にみずからの言動を改めるとは限らないからだ。むしろSNSでみずからと異なる意見をぶつけられると、ひとは自分の意見に凝り固まる傾向となるという研究結果もある(※3)。要は、意固地になってしまう。

 つまり、ヘイトスピーチへの強い対抗言説が、逆に差別思想の固定化を招き、社会の分断を強化してしまう可能性がある。副作用とはこのことだ。

 実際、SNSでヘイトへの対抗言説を講じるひとびとの多くは、もはや差別主義者の意識を変えようとはしない(実際、試みても徒労に終わるだろう)。対抗言説は、その場でヘイトを抑止する合目的な手段として用いられており、中長期的に社会の分断を強化することへの想像は働いていない。差別主義者を更生させて包摂する未来ではなく、排除する前提に立っている。

 そこでは、ミクロな問題の解決(ヘイト投稿の解消)と、マクロな状況の改善(社会の分断の緩和)が両立していない。前者の解決は後者の悪化を招くリスクがあり、後者の悪化は前者を再生産する。両方をともに解決する道筋が見えない。

 もちろん、だからといってヘイト投稿を放置するわけにはいかない。それは単にヘイトの増幅を招くだけとなる。しかし、対抗言説によって短期的に抑止しても、それによって差別意識が固定化されてしまうので、中長期的には分断を招く。もちろん、だからといってヘイト投稿を放置するわけにはいかない──堂々めぐりだ。

 SNSユーザーの多くは、この負のスパイラルに気づいていない。さらに、この状況を脱構築する手段もいまのところ見つかっていない。SNSが悩ましいのはここだ。もはやどん詰まりだ。

 このときひとつだけ確実に言えるのは、Twitterなどはもはやまともに使うようなツールじゃないということだ。

2017年10月31日、上院司法省犯罪・テロ小委員会の公聴会で、大統領選挙中にSNSで拡散したフェイク投稿を提示するふたりの上院議員。
2017年10月31日、上院司法省犯罪・テロ小委員会の公聴会で、大統領選挙中にSNSで拡散したフェイク投稿を提示するふたりの上院議員。写真:ロイター/アフロ

スタンドプレー屋は激怒を誘発する素材を探す

 アメリカの社会心理学者であるジョナサン・ハイトは、SNSがメンタルヘルスに与える悪影響と、その民主主義との関係についてかねてから警鐘を鳴らしてきた(松谷創一郎「『民主主義のバグ』を使ったトランプの躍進──“感情”に働きかけるポピュリズムのリスク」2016年5月6日)。トランプがバイデンに負ける1年前にも、「ソーシャルネットワークの暗黒心理学──すべてがおかしくなっていると感じる理由」という論考を発表している。そこではSNSがもたらすさまざまな負の側面についての言及がある。

 それは、前述した「ソシオメーター」を気にし、「道徳スタンドプレー」ばかりするいわゆる“正義マン”のような存在の話だ。Justin TosiとBrandon Warmkeの議論を引きながら、ハイトは以下のように解説する。

スタンドプレー屋(grandstanders)は、「道徳的な告発をでっち上げたり、世間に恥をかかせたり、自分に反対する人は明らかに間違っていると発表したり、感情的な表現を誇張したりする」傾向がある。観衆の承認を得るための争いでは、ニュアンスや真実は犠牲にされる。スタンドプレー屋は、対立する相手やときには友人も含むすべての言説が、観衆の激怒を誘発する素材となるかどうか吟味する。文脈は崩壊し、発言者の意図は無視される。

‘The Dark Psychology of Social Networksa : Why it feels like everything is going haywire’ by Jonathan Haidt and Tobias Rose-Stockwell, ”The Atlantic”, December 2019 Issue./訳:松谷創一郎)

 この指摘でもちろん想像するのはドナルド・トランプだが、もちろん彼のことだけではない。SNSは、こうした多くのアジテーター(“正義マン”、スタンドプレー屋)が跋扈する空間だ。その状況を招いた要因のひとつはTwitterのリツイート機能だが、その開発者は「弾をこめた銃を4歳児に持たせてしまったのかもしれない」といまになって後悔している(Alex Kantrowitz「リツイート機能の生みの親、後悔を語る」2019年8月4日)。

J・ハイトによるSNS改革案

 ハイトは、SNSを「公共の場でのパフォーマンスを高め、道徳的な大言壮語を育み、怒りが伝染するように設計されたプラットフォーム」と見なし、3つの改革を提案している。それを簡潔にまとめると、以下のようになる。

1:パフォーマンスの頻度と強度を弱める。具体的には、「いいね!」や「シェア」の数を隠し、人気投票の場にしないようにする。

2:匿名性を守りながらユーザーの本人確認を厳格にし、確認されていないアカウントによる投稿の拡散範囲は限定的にする。

3:低品質な情報伝播を抑えるために、有害なコメント投稿前にAIで「本当にこれを投稿したい?」と尋ねるようにする。

Jonathan Haidt and Tobias Rose-Stockwell、同前

 1と3は、すでにInstagramなどで実装されている。3については、筆者も4年前にこの『Yahoo!ニュース』のコメント欄に対して提案した機能とほぼ同じだ(松谷創一郎「Yahoo!ニュースにあふれるヘイトコメント」2017年12月26日)。

 しかし、2のハードルは高い。本人確認は独立した第三者機関に限るとしているが、もしそれを導入すればユーザーはそうしたハードルのないSNSに流れていくだろう。またFacebookでは、みずからの実名や顔写真を出すことにまったく抵抗を感じていない中高年のヘイト投稿者や陰謀論者が少なくない。自分の言動を信じて疑わないそうした存在にとっては、本人確認は大した抑止力にならない。

「いいね」は他者との比較と競争を誘発し、ユーザーに強い劣等感を与える。それによってメンタルヘルスへの悪影響もあるとジョナサン・ハイトは指摘する。
「いいね」は他者との比較と競争を誘発し、ユーザーに強い劣等感を与える。それによってメンタルヘルスへの悪影響もあるとジョナサン・ハイトは指摘する。写真:PantherMedia/イメージマート

民主主義ハッキングの先進国・日本

多くのアメリカ人は、現代の混乱はいまのホワイトハウスの住人(トランプ)が引き起こしたもので、彼が去れば事態は正常に戻ると考えているかもしれない。しかし、私たちの分析が正しければ、それはあり得ない。

(略)

民主主義への不満が高まっているこの時代に、再びその理念を尊重して運用したいのならば、現在のSNSのプラットフォームがそれに不利な状況を創り出していることを理解する必要がある。そして、SNSを改善するための断固とした行動を起こさなければならない。

Jonathan Haidt and Tobias Rose-Stockwell、同前/訳:松谷創一郎)

 ハイトがこうまとめるように、問題は依然として解決していない。新型コロナのことばかりに目が行くが、欧米では最近アジア系へのヘイトクライムが頻発しているように。

 民主主義もSNSも、トランプはゲームを攻略しきって退場していった。これから問われるのは、そうしたスタンドプレーばかりのアジテーターやポピュリスト、あるいは“正義マン”に攻略されないために、ゲームのルールを見直していくことでしかない。だからこそ、ハイトの改革案は問題提起(叩き台)として大きな意義を持つ。

2021年4月28日、東京都庁における定例記者会見の小池百合子知事。
2021年4月28日、東京都庁における定例記者会見の小池百合子知事。写真:つのだよしお/アフロ

 日本に目を向ければ、そこはスタンドプレーばかりのポピュリスト大国だ。政治家による民主主義のハッキングでは、かなりの先進国だと言える。石原慎太郎、小泉純一郎、橋下徹、安倍晋三、小池百合子等々──この20年ほど有権者は多くのポピュリストによるパフォーマンスに転がされてきた。イキった“正義マン”が戦隊ごっこをしてばかりの日本語圏のTwitterは、それを生んだ土壌であり結果でもある。

 もちろんトランプは退場に追い込まれ、仲良しだった安倍晋三も退いた。しかしそれは、彼らへのバックラッシュや単なる民主主義の自浄作用とは言い難い。なぜなら、新型コロナウイルスという100年ぶりの自然災害の影響のほうが強かったと感じられるからだ。予期せず登場したウイルスが、彼らに忖度しなかっただけだ。

 たとえば愛知県知事リコールの不正署名事件などは、スタンドプレーばかりの実業家と政治家たちによって引き起こされた。運良く不正が発覚して現在捜査は佳境を迎えつつあるが、あれもトランプ名人が得意とした裏技によるゲーム攻略法を応用したものだ。

 民主主義とSNSのゲームの攻略法はすでに明らかだ。数年後にコロナ禍を抜けた後、さらに混沌としていく社会のためにいまのうちにゲームを再構築する必要がある。

※1:2016年の選挙では、トランプ氏の得票率はヒラリー・クリントン候補よりも2%以上低かった。それでも当選したのは、アメリカ大統領選挙における選挙人制度があるからだ。それは一部を除いたほとんどの州で、得票数が多かった者が選挙人数を総取りできる制度だ。よって、総得票数と選挙人数が逆転する現象も生じる。

※2:クレイグ・シルバーマン「米大統領選の終盤、Facebook上では偽ニュースが本物を逆転した」『BuzzFeed Japan』 2016年11月20日

※3:「SNSで異なる立場の意見は逆効果 米研究G発表」2018年8月29日『NHK NEWS WEB』。

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■関連

・日本人の“忘却癖”を利用した安倍政権のイメージ戦略──安倍ポピュリズムの実態とは(2020年8月30日/『Yahoo!ニュース個人』)

・自民党×ViVi広告に踊らされたリベラル勢。狙いは「政治思想」ではなく「感情」にあった(2019年6月15日/『ハフポスト日本語版』)

・(耕論)メディアで何があった ジョシュア・ベントンさん、八田真行さん、松谷創一郎さん(2016年12月6日/朝日新聞)

・「民主主義のバグ」を使ったトランプの躍進──“感情”に働きかけるポピュリズムのリスク(2016年5月6日/『Yahoo!ニュース個人』)

・「やさしさ」が導く“一発レッド社会”――ベッキー、宮崎議員、ショーンK、“謝罪”の背景にある日本社会(2016年4月7日/『Yahoo!ニュース個人』)

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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