サブカルの終わり──渋谷直角がえぐり出した問題

コミュニケーションツールでしかないサブカル

渋谷直角のマンガ『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(扶桑社/以下『ボサノヴァ女』)は、とても身も蓋もない内容だ。収録されている5つの短編には、音楽、お笑い、写真、雑誌(同人誌)など、“サブカル的なもの”を愛好する若い男女の悲喜こもごもが辛辣かつ直截に描かれている。

表題作のボサノヴァ女は、枕営業してまでも有名になろうとし、お笑いマニアの小太りの青年はファミレスでバイトをしながら周囲にお笑い的コミュニケーションを吹っかけ、ブロガー男子はおセンチな感傷を日々ブログにアップしつつ小太りの女と付き合い、ライター青年は文学フリマで売ってそうなミニコミの企画を有名ライターに持っていかれ、『TV Bros.』ファンの女性はこれまでの男性遍歴(2人)について語る。

この5編に共通するのは、必ず恋愛や性愛について言及されていることだ。本来的に言えば、対象とするサブカルの愛好や、あるいはその道の追求を描くならば、恋愛や性愛に触れる必要はない。

しかし、この作品ではそうしたサブカルチャーへの愛情よりも、異性とのコミュニケーションが前面に出ている。もはやそれが主題と言っていいほどに。この作品のポイントは、まさにここにある。

渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』
渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』

結論から言ってしまえば、この作品が描いているのは、サブカルチャーをコミュニケーションツールとして使い、他者からの承認を求める内向的な若者たちの姿である。彼らは音楽やお笑いにおける表現が何か、真剣に(あるいは批評的に)考えることはない。一言で表せば、単なるファンである。

しかし、ファンと言ってもいわゆるオタクほどの熱心さはなく、(ライター青年を除けば)自らがその表現に真剣に取り組むこともない。それよりも、恋愛や性愛のコミュニケーションのために、自らの愛好するサブカルアイテムを使う。口の悪い人はその姿を見て「ヌルいサブカル消費者」と切り捨てるかもしれない。

サブカルの3つのポイント

さて、ここまで幾度も使ってきた「サブカル」という言葉についてここで簡単に整理しておこう。その要点は3つにまとめられる。

まず挙げなければならないのは、その背景にオタク文化の一般化があることだ。遡れば短縮形である“サブカル”が頻繁に使われるようになったのは、90年代中期以降のこと。それは単に、文学や絵画などの芸術作品=ハイカルチャーに対し、下位に位置する庶民向けの文化(ポップ・カルチャー)を指すわけではない。なぜなら、この「サブカル」には、概してオタク文化が包含されないからだ。この言葉は、巧妙にオタク文化と差異化して使用され続けられている。つまり、非オタク的なポップカルチャー(あるいはそれらを好む人びと)が、“サブカル”とされている。『ボサノヴァ女』に登場する若者たちも、概ねそうした傾向にある。

90年代中期以降とは、『新世紀エヴァンゲリオン』などによって、オタク文化が一般化していった時期と重なる。当初は『Quick Japan』でもエヴァ特集が組まれたりもしたが、それから同誌はさほどオタク文化に歩み寄ることはなくなった。2000年代に入ると、「メジャーのマイナー」的な歌手やアイドル、お笑い芸人を頻繁に取り上げることになる。意図的かどうかはさておき、オタク文化と差異化し続けてきたのだ。

対してオタクは、現在にいたるまでコミックマーケットがその共同性の担保となることを自覚し、それゆえに拡大を果たしてきた。しかし、“サブカル”はこのオタクにおけるコミケのような“大きな中心”を持たないがゆえに、個々人の自意識問題に端を発するサブカルツールとして濫用され、細分化と混迷を深めていった。たとえば、30人のアマチュアバンドマンとそのファンが10年しか記憶していないようなステージでのパフォーマンスを打ち上げの席で「伝説」と呼ぶような、瑣末なコミュニケーションを繰り広げることで、島宇宙化の縮小再生産を進行させたのだった。

結果、2000年代中期以降は、“サブカル”が「コミュニケーション不全」と呼ばれた昔のオタクのイメージをまとい始め、逆にコミケを中心にして歴史を重ねて拡大し続けたオタクがコミュニカティヴになり始める。こうして、“サブカル”のほうが(昔の)オタクっぽいという逆転現象が生じてしまった。

では、なぜ“サブカル”な若者は、オタク文化と差異化してしまったのか? その答は簡単だ。鈍感だったからである。彼らは90年代中期までの記憶に頼ってオタクを蔑視し続けた。オタク文化が一般化したことに、“サブカル”な若者は意識が向かなかった。こうして“サブカル”は、イケてない若者たちが傷を舐め合うツールになってしまった。

次に挙げられるのは、2000年代のサブカル受容環境の変化だ。その典型例として挙げられるのは、「遊べる本屋」のキャッチコピーで知られるヴィレッジヴァンガード(VV)の急成長だろう。2000年代、大店法改正を受けてイオンなど大型ショッピングセンターが郊外に急増し続けた。VVはそこに次々と出店していったのだ。その拡大はユニクロやTSUTAYAなどと歩をともにするものである。

VVの特徴は、雑貨と並列に本を置ことでカジュアルな消費アイテムにしたことにある。ショッピングセンターのアクセスの良さと、このカジュアルさ(敷居の低さ)こそが、「サブカルチャー」を「知るひとぞ知るもの」から、「オタクと差異化するツール」としての“サブカル”に変化させた。また、それらの書籍の説明として添えられる独自のポップもVVの特徴のひとつだ。オタク文化に興味を持た(て)ない客に向けて、同世代のアルバイトが熱量のこもったポップを書く。“サブカル”はこのようにして縮小再生産されていった。

そして最後に挙げられるのは、SNSをはじめとするネット環境のさらなる浸透だ。たとえばTwitterでは、プロフィールにずらずらと自分の興味のある固有名詞などの単語を載せるユーザーが散見される。彼らは、検索にも対応できるように、限られた字数の中で自らの趣味やそれにともなう属性を合理的に示している。自分たちを「○○クラスタ」と提示する若者も増えたのも、こうしたネット環境の変化に対応したものだ。

こうした状況は、自らも他者も、趣味や属性がすべて可視化されているということを意味している。若者はSNSに記載された個々人の情報を前提にコミュニケーションをしていく。“サブカル”(的アイテム)は、このような場合に「私はオタクではない」、あるいは「あいつはオタクではない」といったことを提示する語として使われていった。

『モテキ』が示していたサブカルの終焉

こうした“サブカル”が、そろそろ終焉に差し掛かっていることを『ボサノヴァ女』は強く突きつけている。それはオタク文化と必死に差異化しようとした鈍感さゆえの、避けられない末路のように思える。

そして、これは現在の2013年に始まったことでもない。思い出さなければならないのは、2011年に公開された映画『モテキ』だ。主人公である藤本幸世(森山未來)は、長澤まさみ演ずるみゆきに会い、「さっきから俺のサブカルトーク、全部打ち返してくれてんじゃん! スペック高過ぎ!」と思う。彼にとってのサブカルチャーは、自らの恋愛を成就させるためのツールでしかない。

が、ゆえにリリー・フランキー演ずる音楽サイト・ナタリーの社長は、幸世に向かって「サブカル糞野郎」と言い放つ。彼は、幸世にとってのサブカルチャーが、島宇宙に安住するためのツール以上のものではないことを看破しているからだ。

しかし、『ボサノヴァ女』にも『モテキ』にも、“サブカル”にひとつの可能性があることを示唆している。

『ボサノヴァ女』の4話目「口の上手い売れっ子ライター/編集者に~」と『モテキ』の後半は、とても似た展開を辿る。つまり、職業として、クリエイターとしての道を探求し続けることが、“サブカル”の開かれた未来を照らすということだ。

「この漫画で 一度サブカルは死ね! そして甦れ!」

『ボサノヴァ女』の帯でそう書くのは、エッセイストの能町みね子だ。それはなんとも愛情のある厳しいアドヴァイスだ。

実際、“サブカル”はひとつのターニングポイントを迎えている。それが思春期的な自意識問題に根付いた消費行動とコミュニケーション作法でしかないことに、送り手側も気づいている。“サブカル”という語に拒否的反応を見せるクリエイターも非常に目立つ。

また、状況が縮小再生産される一方では、マーケットも細分化するがゆえにそれぞれが成り立たなくなってしまう。実はこの現実的な経済問題こそが、“サブカル”に決定的な終焉を迫っている。その先にあるのは、“サブカル”の再編でしかない。

ただし、その再編がどのようなかたちになるかはわからない。単に雲散霧消するのか、それともオタク文化に吸収されるのか、はたまた急激な突然変異を遂げるのか、まだわからない──。

○関連

渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(2013年/扶桑社)

島宇宙に沈溺する「サブカル糞野郎」の痛さを描いた映画『モテキ』