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「身内びいき」は岸田政権の体質?齋藤法務大臣、どこまでも疑惑の参与員を庇う―難民の命は軽視か?

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
会見で筆者の質問に応じる齋藤健法務大臣 筆者撮影

 政府与党が今週にも参院での採決を目指す、入管法改定案。その大きな争点は、難民申請者の強制送還を可能とする規定だ。難民認定が適切に行われていない日本において、本来、難民として救うべき人々まで強制送還されないかが懸念されている。法務省および出入国在留管理庁(入管)は、「申請者の中に難民はほとんどいない」として、制度の濫用者を強制送還できるようにすると主張するが、その根拠とされた柳瀬房子氏(難民審査参与員/「難民を助ける会」名誉会長)の発言の信憑性が大きく揺らいでいる。柳瀬氏の発言を繰り返し引用し、入管法改定案を正当化してきた齋藤健法務大臣は、柳瀬発言の信憑性への高まる批判にあくまで柳瀬氏を擁護するかまえだ。

〇法案の根拠となる発言、法務大臣も一部否定

 6月2日の記者会見の冒頭で、齋藤法務大臣は、先月30日の会見で、「1年6ヵ月で500件の難民審査は、可能だ」とした発言について「『不可能』だとの言い間違いだった」と謝罪した。入管の難民認定審査に不服のある当事者を対象に、難民審査を行う「難民審査参与員」の一人である柳瀬氏が2019年から2021年にかけての1年半で、500件の対面審査を行ったと受け取れる発言をしたことについて、「不可能」であると齋藤法務大臣が認めたかたちだ。

 2021年4月21日の衆院法務委員会で、柳瀬氏は「これまで(対面で)2000件の審査を行ってきたが、難民と認められるものは6件だけ」と発言したが、その1年半前の2019年11月11日、法務省会合「収容・送還に関する専門部会」で、「これまで対面で1500件の審査をおこなってきた」との発言をしていることが議事録として残っている。つまり、柳瀬氏の発言が事実ならば、2019年から2021年にかけての1年半で、500件の対面審査を行ったことになる。この件について上述の5月30日の会見で、Dialogue for Peopleの佐藤慧記者に「それは可能なのか?」と質問された齋藤健法務大臣が「可能だ」と答えたのだが、これについて、同日昼、筆者が、ファクトチェック記事を配信した。

 同記事では、難民審査参与員が対面審査に要する時間は平均で6時間であること(つまり、500件ならば、3000時間を要する)に対し、2021年度の柳瀬氏の33日、しかも一日の勤務時間は4時間であることから、「1年半で対面500件の審査は不可能」と指摘。入管によれば、この記事を齋藤法務大臣も読んだとのことで、それが、今月2日の会見での訂正につながったとのことだ。

〇呆れた齋藤法務大臣の詭弁

 問題の核心は齋藤法務大臣の「言い間違い」ではない。柳瀬氏が、「2019年から2021年にかけての1年半で、500件の対面審査を行った」ことが不可能であるならば、柳瀬氏の発言の信憑性が根本から疑われることになる。柳瀬氏の、2021年4月21日の衆院法務委員会での「2000件の対面審査を行って難民と認められたのは6人」「(難民)申請者の中に難民はほとんどいない」との発言は、法務省および入管が入管法改定案の根拠(立法事実)とし、齋藤法務大臣も繰り返し引用してきた。だが、その齋藤法務大臣も、柳瀬発言を事実上、否定したである。つまり、虚偽情報が「入管法改定案の根拠」とされ、その法案が国会で審議され、採決されようとしている現状は、法案そのものだけではなく、国会制度への背信という意味でも、極めて深刻な事態ではないか。

 上述の今月2日の会見で、筆者は「信憑性に乏しい、非常に問題のある柳瀬発言が、(入管法改定案の根拠である)『立法事実』とされてしまったことに対し、何らか(法務省および入管内で)処分あるいは、調査を行わないのか?」「(自分の息子の翔太郎氏を秘書官にして上、同氏の不祥事が続いたことで)岸田首相も身内への甘さが問題になっているが、法務省や入管も『身内』に非常に甘い。ここは大臣として毅然とした対応を取るべきではないか?」と質問した。だが、失望したことに、齋藤法務大臣の返答は、あくまで柳瀬氏を擁護するものだった。

「柳瀬氏が、様々な数字を発言していることは、勿論、認識しているが、柳瀬氏が長年の経験に基づいて、『難民を認定しようと思ってもなかなか見つからなかった』と言っていることについて、私は重く受け止めたい」(齋藤法務大臣)

 正に詭弁そのものだ。柳瀬氏は自身の経験として、「2000件の対面審査」と、具体的な数字を上げ、それを法務省も入管も齋藤法務大臣も、入管法改定案の根拠としたのである。その数字が虚偽である可能性が極めて高い中で、処分も調査も行わないというのは、あまりにも無責任ではないか。

〇身内贔屓より人命を優先すべき

 難民認定申請者は、なぜ迫害の恐れがあるか等について、幾度も聞かれ、その整合性・一貫性を、入管側は厳しく求める。他方、入管法改定案の根拠である、柳瀬氏の発言の整合性・一貫性を厳しく問わず、問題を有耶無耶にしたまま、法案の成立を目指すというのであれば、あまりに「身内贔屓」である。

 入管法改定案が成立し、難民認定申請者を強制送還できるようになった際、難民認定審査が適切に行われないままであれば、本来、救うべき人々を強制送還し、場合によっては、そのことによって、難民当事者が命を奪われることすら、あり得る。これは命の問題だ。この間、紛争地取材で戦争の悲惨さを見続けてきた筆者としては、齋藤法務大臣や法務省、入管に対し、「身内贔屓」より、人命を優先することを、強く求めたい。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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