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プーチンのロシアと共に「敗れる」日本―残る希望は若者達?

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ロシアのプーチン大統領(写真:ロイター/アフロ)

 結論から言えば、遅かれ早かれ、プーチン大統領は、ウクライナ侵攻で敗れることになる。あまりに多くのものを失い、ロシアも国家的な危機を迎えることになるだろう。そして、この戦争を契機に世界は大きく変化していく。その変化の動きに、日本がついていけるのか。この国における論議の貧困さを観ていると、日本自体もかなり危ういと言える。

〇既に「詰んでいる」プーチン

 プーチン大統領は、既に「詰んでいる」ことを自覚するべきだ。部分動員で何十万人もの兵士を戦地に送ったとしても、ロシア軍の士気は極めて低い上、兵站、つまり兵器などの戦争に必要な物資の供給が不足している状況は変わらない。欧米等の経済制裁で、ロシア国内での生産力は落ちており、それは兵器工場も例外ではないからだ。一方で、ウクライナ軍は欧米諸国、特に米国から無尽蔵とも言える軍事支援を受けており、数で勝るロシア軍相手に善戦を続けている。プーチン大統領は核兵器の使用も示唆し、ウクライナや世界を脅そうとしているが、ロシア側が勝手に始めた侵略戦争で核兵器まで使えば、国際社会の反発はこれまでとは次元の違うものとなるだろう。ウクライナ侵攻で、どちらかと言えばロシア寄りの立場をとり、プーチン大統領が頼る中国も、ロシアが核兵器を使用すれば、かばうことは難しいだろうし、中国自体も難しい立場に置かれることになる。

破壊されたロシア軍の戦車 ウクライナ中北部ブチャにて筆者撮影
破壊されたロシア軍の戦車 ウクライナ中北部ブチャにて筆者撮影

 例え、ロシア軍がさらなる攻勢をかけ、ウクライナでの戦闘を優勢なものにしたとしても、ロシアの抱える本質的な問題は変わらない。それは、ロシア経済が石油や天然ガス、石炭等の地下資源に依存したもので、かつ、それらの資源の最大の買い手がEU諸国であるということだ。ロシアの輸出相手国をみると、全体の約半分近い44.7%がEU諸国向けである(関連情報)。そのEU諸国に対し、愚かにもプーチン大統領はエネルギー危機を助長するような揺さぶりをかけている。それによってEU諸国は断固たる「エネルギーの脱ロシア化」を進めているのだ。

〇加速する欧州の脱ロシア

 EUの立法・行政機関である欧州委員会は、ウクライナ侵攻を受け、今年5月に新たなエネルギー政策として、「リパワーEU」をまとめた。これは、

  • 再生可能エネルギーへの移行の加速
  • エネルギー確保の多角化、天然ガスの脱ロシア依存
  • 省エネの推進

 を柱とするもので、それ以前に温暖化対策として決定していた分も含め、2030年までに最大で3000億ユーロ(約40兆円)の投資を行うとしている。

 とりわけ、再生可能エネルギーへの移行の加速では、「現在の2倍以上となる320ギガワット*以上の太陽光発電を2025年までに新設。2030年までに約600ギガワット分の新設を目指す」との目標を掲げている。これを可能とするため、住宅や商業施設等への太陽光発電パネルの設置を段階的に義務化するという。 さらに、再エネ由来の水素の生産を、2030年までに、現行目標の約2倍となる年間約1,000万トンに引き上げるとともに、同量をEU域外から輸入。さらに、2030年までに350億立法メートル分のバイオガスの生産を目指す。これらの対応策により、現在、年間で約1550億立法メートルのロシア産天然ガスへの依存から脱却するというのだ(関連情報)。確かに、現在のEUにおけるエネルギー危機は深刻であるが、中長期的には、脱炭素社会・経済を実現する動きを強力に推し進める要因となっているのだろう。

*1ギガワットは大型原発一基分の電力に相当。

〇ルサンチマンに溺れる日本の末路は?

 正に生存をかけたEUの脱ロシア化への本気度に比べ、日本の動きは鈍い。ウクライナ危機は、石油や石炭、天然ガスといった化石燃料を国外に依存することの危うさを改めて突きつけ、実際に日本経済・社会も原油・ガス等の価格高騰の影響を受けている。だが、そうした事実を踏まえ、エネルギー安全保障を考えなおす建設的な論議よりも、EUの再生可能エネルギー推進や電気自動車の開発・普及へのルサンチマン(弱者が強者に対して抱く恨み・妬み・嫉み)に溺れた主張が蔓延しているのは残念なことだ。とりわけ、保守系の新聞、雑誌系、ネットメディアでの論議のレベルは低く、醜悪ですらある。つまり、「EUの脱炭素は失敗だった」的な主張だ。それでなくとも、この期に及んでなお、日本政府が原発や火力発電に依存し続けるエネルギー政策に固執する中で、それを助長するようなメディアでの論議は、世界的な脱炭素の潮流から、ますます日本を孤立させることとなり、それは日本経済や社会にとって、とてつもない損失をもたらす。

〇希望は若者達?

 EUの苦しみを揶揄するだけで、その先駆的な取り組みから学ぶこともなく、現状維持を正当化しようとする日本の言説を見聞きすると、これだから日本は「失われた〇〇年」を更新し続け、衰退の一途をたどっているのだろうと暗澹たる気持ちになるのだが、希望もある。それは、若者達の行動だ。10代、20代の若者達が参加する「350NewENEration」は、現在、GENESIS松島計画見直しのため、パブリックコメントを送るキャンペーンを行っている。

 この、GENESIS松島計画とは、電源開発株式会社(J-Power)が、長崎県西海市のある旧式の石炭火力発電所に、石炭をガス化する発電設備を付け加え「効率を改善」することで、今後も使い続けようとするものだ。だが、同計画で抑制されるCO2排出はわずかにすぎず、天然ガスによる火力発電と比較して2倍以上の排出係数となることには変わりはない。昨年の温暖化対策の国連会議COP26では、温暖化による破局的な影響を防ぐため、「主要経済国は2030年代に石炭火力発電所を全廃する」という国際合意が40カ国以上の賛成でまとまったが、GENESIS松島計画はこうした世界の脱炭素の流れに逆行する。そこで、350NewENErationは「石炭ゾンビ」というサイトを立ち上げ、上述のGENESIS松島計画見直しパブコメの募集や、識者メッセージの紹介、勉強会の開催を行っている。

 これらの若い世代の意識や活動は、ルサンチマンに溺れる古臭いメディアでの論議とは対照的だ。ロシア軍によるウクライナ侵攻は、現地の人々にとっては勿論のこと、世界にとっても大変な悪影響を及ぼしているが、このピンチは独裁者の横暴を挫き、温暖化の破局的な影響を防ぐための社会・経済を変革するチャンスでもある。日本の大人達も、若者達の姿勢に学び、応援すべきなのだろう。

 (了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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