バイデン氏に大統領として謝罪してほしいこと―「ディープステート」への加担

大統領就任式で宣誓するバイデン氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 今月20日、第46代米国大統領に、ジョー・バイデン氏が就任した。現地メディアは「民主主義の勝利」と祝賀ムードであるし、筆者としても、分断を深め、混乱や虚偽を広げたトランプ氏が再選されるよりは、ずっと良いと思う。とりわけ、人類が直面する「気候危機」とも呼ばれ始めた地球温暖化へ、まともに向き合おうとしている一点だけでも、バイデン氏は米国大統領として、トランプ氏よりもふさわしいとは思う。だが、この間、中東の混乱、人々の苦境を見続けてきた者としては、バイデン氏に米国の大統領として謝罪してほしいことがある。

○トランプ政権の誕生に加担

 ドナルド・トランプ氏が台頭し、大統領にまでなった一つの理由として「イラク戦争を支持しなかった」というものがある。2011年のイラクでの大規模作戦の終了までに4486人の米兵が戦死し、生きて帰った米兵もPTSDに苦しみ続けているイラク戦争は、米国の人々にとってもトラウマだ。実際には、トランプ氏のイラク戦争へのスタンスは揺れ動き、支持したりしなかったりだったのだが、重要なことは、2003年3月の開戦時点で、トランプ氏は連邦議会の議員ではなかったことだった。2016年の大統領選では、米国の人々には、政治的な思想の左右を問わず、エスタブリッシュメント(支配層)への不信感が蔓延していた。だからこそ、リアリティ・ショーの道化のようなトランプ氏は、政治家としてのバックグラウンドがなかったからこそ、人々の支持を集めた。トランプ氏自身もイラク戦争に自分は反対してきたということをアピールしてきた。「世界を牛耳る闇の勢力ディープステートに対し、トランプ氏は命がけで戦っている」という荒唐無稽な陰謀論が広まった背景にも、ブッシュ政権や共和党の議員達のみならず、バイデン氏など民主党の議員達もイラク戦争に加担したことがあるのだろう。

○イラク戦争とバイデン氏

 実際、バイデン氏のイラク戦争への加担の責任は決して軽いものではない。イラク戦争開戦へと当時のブッシュ政権が動き始めていた2002年の秋、バイデン氏は米国上院議会の外交委員会委員長であった。バイデン氏自身が委員長として大きな影響力を持ち、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領にイラク侵攻の権限を与えた張本人なのだ。2002年10月16日、当時イラクを支配していたフセイン政権が「大量破壊兵器を所有している」と批難し、「イラクの脅威からを米国を守るため」にブッシュ大統領(当時)に、対イラク軍事行動の権限を与えるという決議が米国議会で可決した。単にバイデン氏はこの決議に賛成しただけではなく、それにいたるまでのプロセスに大きく関わった。バイデン氏は、イラクに関する上院の主要な公聴会で18人の証人全員を選ぶことができたが、彼は戦争を支持する証人ばかりを選んだのだった。「イラクのフセイン政権が核兵器を開発している」「国際テロ組織アルカイダとフセイン政権が米国への攻撃を共謀している」という、当時ブッシュ政権が主張していた誤った情報を否定するような専門家を、公聴会の証人として選ぶことを、バイデン氏はしなかったのである。

○歴史的な過ちと悪影響

 ブッシュ政権は虚偽の情報で米国の人々の恐怖を煽り、国連憲章で禁止されている先制攻撃による戦争を開始した。イラク戦争は、本当に悲惨なものであった。当時、筆者は開戦2日目のイラク首都バグダッドに入って取材していたが、市街地にも爆撃が行われ、民家がまるごと吹き飛び、巨大なクレーターと化した。また、広範囲を無差別に攻撃する上、拡散した小爆弾の一部が地雷化するクラスター爆弾などの非人道兵器も多用された。病院には傷ついた一般市民、或いは遺体が次から次へと運び込まれてきた。クラスター爆弾で負傷した少年は、下半身に食い込んだ無数の鉄片による痛みに苦悶しながら「ブッシュはテロリスト、ブッシュはテロリスト…」と呻き続けていた。

米軍に空爆されたイラク・バグダッドの市街地 2003年 筆者撮影
米軍に空爆されたイラク・バグダッドの市街地 2003年 筆者撮影

 さらに、米軍によるイラク占領及びその失敗は、さらなる混沌と暴力をもたらした。沖縄に拠点を置く、第31海兵遠征部隊は、イラク西部の都市ファルージャでの戦闘の最前線で戦ったが、この市街戦は無差別虐殺だった。ファルージャから近いラマディでも市民を巻き添えにした戦闘が続き、空き地は次々に新たな墓場となった。開戦前はイラクで活動していなかつた過激派達が各国から流入したことも治安が悪化した理由だ。また米軍が充分な容疑もなく、次々に人々を拘束し、虐待を繰り返した。人々は裸にされ電気ショックや殴打等の暴行を受け、水責め等の拷問を受けた。

米軍に破壊された救急車 ファルージャにて筆者撮影
米軍に破壊された救急車 ファルージャにて筆者撮影

 これらが直接の要因となり、IS(いわゆる「イスラム国」)が組織された。ヤジディ教徒等のマイノリティーを虐殺し、女性達を性奴隷にしたISの残虐非道な行為は強く批難され、責任追及されるべきであるが、同時に、そもそもISを生み出したのはイラク戦争なのだ。大規模な掃討作戦により、ISはイラクやシリアでの拠点の多くを失ったものの、その残党の脅威にイラクの人々は今も怯え続け、ISに洗脳された子ども達を地域社会がどう受け入れるかも大きな課題となっている。また、ISやその支持者達はアフガニスタンでもテロを行うなど、地域を不安定化させている。

 フセイン政権の独裁を批判していた米国は、その崩壊後に発足させたイラク政府の恐怖政治には無頓着だ。イラク政府は、特定の宗派や政党に権限や富を偏らせたため、イラク内での宗派・民族対立を深刻なものとした。イラク政府の腐敗ぶりは世界最悪レベルで、開戦から20年近く経つのに今なお電気や水等のインフラの復旧が十分に行われていない。イラク治安部隊や政府シンパの民兵達は、汚職根絶や宗派差別反対などを訴える座り込みやデモを攻撃。丸腰の市民を銃撃したり、壮絶な拷問の挙げ句、殺害するということを繰り返している。英NGO「イラクボディーカウント」*のまとめによれば、イラク戦争やその後の混乱で、報道されただけでも、現在までに28万8000人のイラク人が死亡、そのうち民間人は20万8547人だという。

*IRAQ BODY COUNT https://www.iraqbodycount.org/

 また、フセイン政権が倒れ、イラクの多数派であるイスラム教シーア派の政党が力を得て、これらがシーア派の総本山である隣国イランとの関係を深める中、中東のパワーバランスが変化。影響力を増大させるイランと、中東の盟主を自認するサウジアラビアとの対立が深まった。イランとサウジ双方が自国の息のかかった勢力を支援していることは、シリアやイエメンの内戦を悪化させる原因となっている。つまり、イラク戦争は中近東の各地域を不安定化させており、それによって現在も血が流され続けているのである。

○Mr.ディープステートを追及せよ

 人々を欺きイラク戦争を強行したのは、ブッシュ元大統領だ。だが、バイデン氏もその虚偽を広めること、ブッシュ政権にイラク攻撃の権限を与えることに、大いに協力した。そのバイデン氏が米国の大統領になった今、彼は米国大統領としての立場から、改めてイラク戦争の誤りと自らの責任について認め、謝罪すべきだろう。バイデン氏の就任式にブッシュ元大統領も参加して、暗にトランプ氏を批判するようなコメントをしていたことも、筆者は強い違和感を感じた。上記したようにブッシュ元大統領こそ「トランプ政権の生みの親」なのである。イラク戦争当時のブッシュ政権こそが石油利権や軍需産業の利権と結びついた「ディープステート」そのものだった。

  • ブッシュ元大統領:石油企業ハーケン・エネルギー顧問
  • ディック・チェイニー元副大統領:イラク駐留米軍への物資・サービス等を一手に引き受けたKBR社の親会社ハリバートン社の元CEO
  • リン・チェイニー元副大統領夫人:米軍需大手ロッキード・マーチン社元取締役
  • ドナルド・ラムズフェルド元国防長官:軍事シンクタンク ランド研究所元会長
  • コンドリーザ・ライス元国務長官:石油大手シェブロン元取締役
日本でもイラク戦争への抗議運動が高まった
日本でもイラク戦争への抗議運動が高まった写真:ロイター/アフロ

 狂信的とも言えるトランプ支持層を抱え、いかに米国を分断から融和へと導くかは、バイデン大統領の大きな課題であろう。だからこそ、ブッシュ元大統領という「ディープステート」そのものである存在が、何の責任も追及されず、公の場で善人を装うようなことを許してはいけないのではないか。ブッシュ元大統領を追及し、自らの過ちも認め謝罪する。それがなされて、初めて「民主主義の勝利」だと言えるのではないだろうか。

(了)

パレスチナやイラクなどの紛争地での現地取材、脱原発・自然エネルギー取材の他、入管による在日外国人への人権侵害、米軍基地問題や貧困・格差etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに寄稿、テレビ局に映像を提供。著書に『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共編著に『原発依存国家』(扶桑社新書)、『イラク戦争を検証するための20の論点』(合同ブックレット)など。イラク戦争の検証を求めるネットワークの事務局長。

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