今年7月にインド洋の島国モーリシャスの沖合で、日本企業の所有・運行する貨物船「わかしお」が座礁、1000トンを超える大量の燃料油が流出した事故。新型コロナ対策のための入国規制もあり、日本での報道は断片的だ。だが、事態は重大な環境汚染のみならず、事故への対応をめぐり、モーリシャス政府へ人々の不満が爆発するなど、現地の政情不安という面も見せ始めている。日本企業がもたらした、あまりに深刻かつ大きな影響。海外報道から現地情勢を分析しつつ、国際法上の問題や、海運業界の「脱石油」の流れを解説する。

【本稿の主な内容】

・事故の深刻さ

・相次ぐイルカの死に憤る現地の人々

・モーリシャス政府及び長鋪汽船の対応の問題

・燃料の「脱石油」を求められる海運業界

◯漂着した重油の除去が課題

 長鋪汽船が所有し、商船三井が運行していた「わかしお」は、今年7月26日にモーリシャス沖で座礁。今月8月6日には重油が流出したため、モーリシャス政府は「環境緊急事態」を宣言した。長鋪汽船は、サルベージ船と契約、「わかしお」船内に残っていた約3000トンの燃料油を抜き取った。だが、海面に流出した燃料油は約1000トンにも及ぶと見られ、サンゴ礁や沿岸のマングローブ林を汚染してしまっている。特にマングローブの木は「気根」と呼ばれる多数の根を水中や水上に広げているが、気根にこびり付いた重油を除去することは大変困難で、現地では人海戦術の手作業での除去活動が続けられている。早く重油を除去しなければ、多くの魚や魚介類の住み処であるマングローブ林が枯死してしまうことが懸念されるのだ。事故現場周辺の海域は世界的にも貴重な生物多様性の宝庫であり、約800種の魚類、17種の海洋哺乳類、2種のカメを含む1700種が生息。観光業や漁業など「宝の海」に依存するモーリシャスの人々への影響は計り知れない。長鋪汽船も「当事者としましての責任を痛感しており、賠償については適用される法に基づき誠意を持って対応させていただくつもりです」(長鋪汽船・代表取締役 長鋪 慶明氏)とのことであるが、今回の重油流出の影響は数十年もの長期にわたる可能性も現地NGOなどから指摘されており、長鋪汽船のみで対応できるかは不透明だ。

 *かわいらしくユーモアのあるイラストで人気の、ぬまがさワタリさんの解説イラストがわかりやすく大きな反響

 *現地自然保護団体「モーリシャス野生生物基金」のツイッターより現地の状況

◯モ政府「事故とイルカの死関係ない」に人々の怒りが爆発

 そして今、モーリシャス政府に対して現地の人々の不満が爆発している。AFP通信によれば、今月29日、海上安全保障の専門家ジャン・ブルノー・ローレット氏の呼びかけで、およそ7万5000人もの人々が、プラヴィン・ジャグナット首相に抗議。モーリシャスでこのような大規模デモが行われるのは40年ぶりだと言う。

 

 人々の怒りに火を付けたのは、事故後、イルカの死体が相次いで発見されたことについて、モーリシャス政府が「イルカの死は事故とは関係ない」との見解を示したことだ。だが、事故現場周辺の海域では、重油にまみれて苦しむイルカの姿が目撃されている。米国のテレビネットワーク大手「MBC」は、「死んだイルカ達は口のまわりに重油で覆われていた」「繁殖の時期であり、死んだイルカには妊娠していたものもいた」との現地住民の声を取り上げた。また、ウミガメや魚、カニなども犠牲になっているという。「イルカの死因について、政府の発表は科学的な証明ができていない」と語る現地の環境コンサルタントのファビオラ・モンティさんは「解剖に関する情報に私達はアクセス出来ない。透明性の高い、独立した調査が必要だ」と自身のSNSで訴えている。現在までに40頭程のイルカの死体が確認されているが、英紙「ガーディアン」の報道(今月29日付)の報道によれば、解剖による調査が行われたのは2頭だけだったという。また米紙「ニューヨク・タイムズ」(今月28日付)の報道によれば、死んだイルカは胃の内容物が無いなど餌を食べた痕跡がなく、ストレスに晒された状態だったことがうかがえるという。

◯モーリシャス政府及び長鋪汽船の対応の問題

 モーリシャスの人々の怒りは、同国政府の事故対応の遅さにも向けられている。上述のニューヨーク・タイムズ紙の報道では、事故当初、モーリシャス政府は十分な量のオイルフェンスを「わかしお」の周囲に設置しなかったのだという。そのため、現地の人々が、布やサトウキビの葉、ペットボトル等ありあわせの材料で手製のオイルフェンスを作り、重油の流出拡大を防がざるを得なかったのだという。

 モーリシャスは、人口130万人程度の小さな国であり、海への重油等の流出に対するノウハウや準備がなかった…とは言い切れない部分もある。