安田純平さんの奇策、外務省を追い詰める―パスポート発給拒否の法的根拠が崩壊

帰国後、記者会見に望む安田純平さん(筆者撮影)

 シリアで3年4ヶ月拘束されていたジャーナリストの安田純平さんが一昨年に帰国した後、誘拐犯に奪われたパスポートの再発給を求めたところ、外務省が昨年夏に発給を拒否した問題で、今月9日、安田さんはパスポートの再発給を求め、東京地裁に提訴した。この件をめぐっては、各メディアも取り上げたものの、発表を表面的になぞるだけで、何が論点か、きちんと分析できていない報道が少なくない。また、ネット上では、感情論や事実に基づかない情報に基づいて安田さんを叩く主張が目立つ。だが、日本は、あくまで「法の支配」に基づく民主主義国家である。気に食わないから、と憲法上保障されている権利を正当かつ法的な根拠もなしに奪うことを肯定するならば、それは野蛮な全体主義国家だ(本稿末尾の解説を参照)。筆者は、安田さんの訴状を入手した。安田さんが訴状の中で請求していることには、旅券発給拒否の法的根拠を覆す奇策が仕込まれていたのである。

◯旅券発給拒否の法的根拠を覆す請求

 今回、安田さんが訴状で国側に請求していることは、以下の点だ。

1.外務大臣が令和1年7月10日付に原告(安田さん)に対してした一般旅券発給拒否の処分を取り消す。

2.(主位的)外務大臣は、原告に対し、一般旅券(パスポート)を発給せよ。

3.(予備的)外務大臣は、原告に対し、一般旅券(ただし、渡航先からトルコをのぞくもの)を発給せよ。

4.訴訟費用は国の負担とする。

 筆者が注目したのは、あくまで予備的ではあるものの、渡航先からトルコを除いたパスポートの発給も、選択肢として提示していることだ。これは、外務大臣及び外務省側にとってはクリティカル(致命的)なものだ。この請求だけで、パスポート発給拒否処分を覆し得るものだからだ。

 昨年夏、外務省側が安田さん側に通知したところによると、パスポート発給拒否の具体的理由として示されたものは「安田さんがトルコから入国禁止措置(5年)を受けているから」ということである。これは、旅券法第13条1項1号に基づくもので、「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」に対し、外務大臣は「一般旅券の発給しないことができる」としているのである。つまり、今回の件で言えば、安田さんがトルコから入国禁止措置を受けていることが、発給拒否の最大かつ唯一の法的根拠となる。

 ところが、安田さん側があくまで予備的とは言え、「トルコに行かなくてもいいから、旅券は発給して」と求めたことにより、上記のような外務省側の処分の法的根拠は崩れ、非常に無理のあるものになった。というのも、過去の具体的な事例として、渡航先に一定の制限をかけたパスポートを発給しているからだ。それは、2015年2月にシリアに渡航を計画していたとして、パスポートを強制返納させられた杉本祐一さんの事例である。杉本さんは強制返納させられたパスポートの代わりに、同年3月に新たなパスポート発給を申請。同年4月、外務省側は、杉本さんにシリアおよびイラクへの渡航を制限したパスポートを発給した。この外務省側の対応についての是非については本稿では省略するが、つまりは、外務省は安田さんに対して「トルコへの渡航を制限したパスポート」であれば、発給できるはずなのだ。同様の実例もあるのだから。

東京地裁前で報道陣の取材を受ける杉本さん 筆者撮影
東京地裁前で報道陣の取材を受ける杉本さん 筆者撮影
新たに発給された杉本さんのパスポートには「シリアとイラクに行くことはできない」と書かれていた 筆者撮影
新たに発給された杉本さんのパスポートには「シリアとイラクに行くことはできない」と書かれていた 筆者撮影

◯憲法に反してまでする処分なのか?

 「ある一国から入国禁止措置を受けている」ことを理由に、パスポートの発給拒否をするのは、非常に乱暴である。安田さんの場合、トルコ一国だけに「入国禁止措置を受けた」だけで、事実上、「出国禁止の刑」に処せられているのである。これは、憲法第22条に定められた「居住・移転の自由」への重大な侵害だ(本稿末尾解説を参照)。

 そもそも、トルコが安田さんに対し、本当に「入国禁止措置」をしているかも怪しい。というのも、外務省はその主張の具体的な証拠を安田さんに示しておらず、トルコ側からも、入国禁止措置について、安田さんに通知していないからだ。また、仮にトルコから本当に安田さんが入国禁止措置を受けているとして、それは単にトルコに入国出来ないだけである。国会議員や人権団体メンバーらがある国から入国を拒否されることは、よくあることだ。例えば、稲田朋美幹事長代行や佐藤正久前副外相ら自民党の国会議員は、2011年に、韓国側から同国の入管法に基づく入国禁止措置を受けている。当然、外務省側はこのことを理由に稲田氏らのパスポートの発給拒否などしていないし、そんなことをする必要もない。仮に、どうしても入国禁止措置を受けている国に日本の国民が行くことを阻止すると、外務省が妙な使命感を燃やしたとしても、杉本さんの事例のように個別に対応することもできる(その是非の論議はここでは置く)。

◯外務省は説明を拒否

 繰り返しになるが、旅券法第13条1項1号を法的根拠とする安田さんへのパスポート発給拒否は、どう見ても無理筋なのである。上記のような問題点について、筆者は外務省に問い合わせたが、「裁判となったので、お答えできない」と、ゼロ回答だった。裁判を盾に説明を拒否しているのは、要は、法的に無茶苦茶なことをしているが故に、まともに説明できないからだろう。茂木敏充外務大臣は、安田さんへのパスポート発給拒否の無理筋を認め、裁判で争うことなく、安田さんにパスポートを発給するべきなのである。

(了)

 

【解説】憲法で保障された個人の権利を奪うことの重さ

 本件を論議する上で、大前提となることを確認しておきたい。現代の民主主義国家において、個人の人権は非常に重視される。日本での最高法規である日本国憲法においても、その大きな役割として、権力の暴走から個人の人権を守るというものがある。そして、個人のパスポートを奪うということは、憲法第22条に定められた「居住・移転の自由」、つまりいつでも好きな時に国外に行くことができるという、憲法上の権利を奪うことに他ならない。また、安田純平さんはジャーナリストである。日本は議会制民主主義、つまり主権者たる国民が自らの代表としての国会議員を選挙で選び、民意を政治に反映させるという政治形態を取っているが、今日において報道なくして議会制民主主義を成り立たせるのは、事実上、不可能である。つまり、報道とは、国民主権という日本国憲法の大原則を成り立たす上で欠かせないものだ。また、よく言われる様に、憲法第21条に基づく人々の知る権利のため、「報道の自由」は最大限保障されるべきである。したがって、外務省による安田純平さんへのパスポート発給拒否は、憲法第21条、同22条に反する可能性のあるものなのだ。だからこそ、外務省側の処分が、果たしてどのような根拠があるのか、法的に正しいのかは、極めて厳密に、具体的に論じられなくてはいけないのである。それもなしに、ただ感情論のみで、安田さんへのパスポート発給拒否を肯定する人々は、ハッキリ言えば、現代の日本=人権を重んじ、「法の支配」による民主主義国家に生きているということの意味がわかっていない、戦前・戦中やそれ以前の前近代国家の発想だと言えよう。

パレスチナやイラクなどの紛争地での現地取材、脱原発・自然エネルギー取材の他、米軍基地問題や貧困・格差etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに寄稿、テレビ局に映像を提供。著書に『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共編著に『原発依存国家』(扶桑社新書)、『イラク戦争を検証するための20の論点』(合同ブックレット)など。イラク戦争の検証を求めるネットワークの事務局長。

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