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慰安婦問題・日韓合意は破綻すべくして破綻した―日本側も冷静な論議を

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
日韓合意以降も、韓国では従軍慰安婦問題の真の解決を求めるデモが行われている。(写真:ロイター/アフロ)

 いわゆる従軍慰安婦問題をめぐって、日本と韓国の外交関係に暗雲が立ち込めてきている。今月1日、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、日本の植民地支配に抵抗した「三・一独立運動」(1919年)の記念式典での演説で、従軍慰安婦問題に言及。文大統領は「加害者である日本政府が『終わった』と言ってはいけない」と発言。これに対し、菅義偉官房長官は「絶対に受け入れられない」と反発。これらの応酬の背景には、従軍慰安婦問題の「最終的・不可逆的な解決」とした日韓合意(2015年12月)の欠陥がある。

〇当事者達の頭越しでの「合意」

 「最終的・不可逆的な解決」に至ったはずの、従軍慰安婦問題が、なぜ今、再燃するのか。その理由として、主に三つのことがあげられるのではないか。

 まず、第一に、日韓合意が、従軍慰安婦とされた被害者達やその支援者らが積み重ねてきた責任追及の在り方、つまり「法的責任」を無視したものであったことがあげられるだろう。当事者の頭越しで、安倍政権側と、朴槿恵(パク・クネ)政権の間で、半ば談合のように決められた合意が、日本の「法的責任」を問わないものであったため、当事者達はや韓国世論の反発は勿論のこと、従軍慰安婦問題の専門家達からも、日韓合意の欠陥を指摘する声があがっていた。

日本軍「慰安婦」問題の「正義の解決」のために、日本政府は「日本の犯罪」であったという事実を認めなければなりません。この犯罪に対し国家的次元で謝罪し賠償しなければなりません。関連資料を余すところなく公開し、現在と未来の世代に歴史の教育をし、被害者たちのための追慕事業をしなければなりません。そして責任者を探し出し処罰しなければなりません。そうすることではじめて、日本の「法的責任」が終わることになるのです。

出典:日本軍「慰安婦」研究会設立準備会の声明

〇「不可逆的」をめぐる日韓のズレ

 第二に、「不可逆的」というものに何を求めるかの日韓のズレがある。安倍政権としては、従軍慰安婦問題を蒸し返されたくない、日本側が謝罪し続けることを終わらせたい、ということを求めていた。

「私たちの子や孫、その先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない。今回、その決意を実行に移すための合意でした」

出典:安倍晋三首相の日韓合意を受けての発言

 他方、韓国側としては、日本側が従軍慰安婦問題について謝罪しても、またすぐに日本の政治家達が、或いは日本の内閣そのものが、慰安婦とされた人々の被害を否定するような歴史修正主義的な言動を繰り返すということに終止符を打つことを求めていた。

外交部が「不可逆的」という表現に言及したのは、日本の謝罪が「公式性」を持つべきだという被害者団体の意見を参考にしたものだった。日本政府が「謝罪」した後も、これを覆した事例が多かったため、「不可逆的な謝罪」を受けなければならないというのが被害者団体の要求だった。

出典:韓国紙「ハンギョレ」2017.12.28

 実際、「反省とお詫び」を覆そうとし、従軍慰安婦問題を外交問題にしたのは、安倍政権だ。従軍慰安婦問題への旧日本軍の直接的・間接的関与を認め、「反省とお詫び」を表明した、いわゆる「河野談話」(1993年)について、第一次安倍政権は、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲による強制連行を直接示すような記述はみあたらなかった」とする政府答弁書を閣議決定している*。

*実際には、日本軍による強制連行の関与に関する資料はいくつも存在するし、日本の裁判でも強制連行があったことが事実認定されている(関連情報1関連情報2)。

 さらに、また、第二次安倍政権は従軍慰安婦問題についての朝日新聞の報道、いわゆる「吉田証言」の信ぴょう性への追及にとどまらず、従軍慰安婦問題自体が誤りであるかのように主張し始めた。2014年10月、安倍政権は、国連人権委員会に提出された従軍慰安婦問題についての報告「クマラスワミ報告」(1996年)*の記述の一部を修正するよう、要求している。

*クマラスワミ報告全文 http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf

 

 こうした、「不可逆的」という文言をめぐる日韓のズレが解消されなかったことが、日韓合意の根本的かつ重大な欠陥なのだ。

〇『性奴隷』との表現を使うな―非公開の「裏合意」

 第三に、日韓合意の「裏合意」の存在だ。朴政権から文政権への政権交代後、韓国では、文大統領の指示で日韓合意の検証が行われ、日韓合意の共同記者会見で明らかにされた内容とは別に、非公開の「裏合意」の存在が明らかになった。その内容は、「被害者支援団体による、第三国での慰安婦関連碑・像の設置を韓国政府が支援しない」「韓国側は、従軍慰安婦について『性奴隷』との表現を使わない」等というものであった。これらは、日本側が強く要求、朴政権時の韓国側もそれを受け入れたという経緯があるが、検証を行った韓国外務省の作業部会は、「被害者の意見を十分に集約しなかった」「韓国側の負担となる不均衡な合意」であったとして、朴政権の決定を批判している。

 この非公開部分については、とりわけ、「『性奴隷』という表現を使わない」という点に注目すべきだろう。「性奴隷」という表現は、従軍慰安婦問題への旧日本軍の直接的・間接的な関与において、強制的に女性達を慰安婦にした、ということを示唆するものだ。つまり、「性奴隷」という表現は、安倍政権が繰り返し否定しようとしてきた、従軍慰安婦問題における「日本の法的責任」に直結するからである。韓国に「性奴隷」という表現を使わせないということは、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」とする河野談話からも後退した、とも言える。

〇日韓合意破綻は当然の結果だったことを認めるべき

 日韓合意がまとめられた経緯として、北朝鮮の核開発・ミサイル実験へ対応するため、米国が日韓両政府に圧力をかけたとされている(関連情報)。日韓合意は「合意のための合意」であって、そこに日韓両国の間の、本当の意味での和解はなかった。その日韓合意が遅かれ早かれ、破綻することは避けられないことだったのだ。

 文大統領の日韓合意に否定的な一連の言動に対し、日本の政府関係者やメディアの「合意したことを覆すのか」と激しく反発している。確かに、朴政権下で、あまりに当事者達を無視して合意してしまった韓国側の責任も決して小さなものではないが、真の和解もなく、政府高官同士が当事者達の頭越しに決めた日韓合意そのものが重大な欠陥を抱えるもので、その破綻は当然の結果であることを、日本側も認めるべきだろう。日韓合意の破綻が明らかになった今こそ、本当の意味での「未来志向の外交」のための、冷静な論議が求められているのだ。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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