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講談社元社員「妻殺害」差し戻し裁判が大きな山場!旭川医大・清水惠子教授の証言は…

篠田博之月刊『創』編集長
差し戻し裁判の行方は…(筆者撮影)

 2024年3月7日、東京高裁で講談社元社員・朴鐘顕被告の「妻殺害」差し戻し裁判の公判が開かれた。公判についてはほとんど報道されていないのだが、毎回多くの傍聴希望者が訪れ、抽選が行われている。

  今回は4人予定されていた証人尋問の最後で、旭川医大・清水惠子教授の法廷証言だった。これがなかなか説得力ある証言で、大詰めを迎えたこの裁判の山場とも言えるものだった。

 差し戻し裁判は2023年10月から始まったものだが、初公判の様子は下記記事で報告した。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/841d89e4ce1d3fbe158424b7ccb5dc078e3450cf

講談社元社員「妻殺害」事件の差し戻し審開始!マスコミの注目度も高まった

 事件そのものについてはもう何度も書いてきたが、現役の講談社『モーニング』編集次長だった朴被告が2017年、妻を殺害したとして逮捕され、出版界はもちろん社会全体に衝撃が走った。その後の裁判で1・2審とも有罪判決が出されたのだが、何と最高裁で破棄・差し戻しという異例の「逆転」展開で注目を集めたのだった。事件の経過や裁判の問題点については2022年に放送されたNHK「クローズアップ現代」がわかりやすく説明している。興味ある方は下記を参照いただきたい。

https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/blog/bl/pkEldmVQ6R/bp/pj5De06Yv2/

“決定的証拠なき裁判” 講談社元社員の夫 有罪判決はなぜ

母親が亡くなり父親が逮捕という事態に子どもたちは

 朴さんの4人の子どもたちは突然、母親の死去と父親の逮捕という大変な事態に投げ込まれ、関西から朴さんの母親が上京して孫を育てている。逮捕から7年という長い年月が流れ、その間、子どもたちは進学や受験といった過程を経ながらも父親の無実を信じ、家族全員が父の帰還を待ち続けている。朴さんの母親のインタビューを始め、子どもたちの成長の様子や父親との交流などはこのヤフーニュースにも月刊『創』(つくる)にもかなりの回数レポートしてきた。

 朴さんの自宅も何度も訪れているが、事件現場を見ても、検察の主張には大きな疑問を感じざるをえないのが実感だ。検察の描いたストーリーは、1階の寝室で朴さんが妻の首を絞め、瀕死の(検察側は「死戦期」と表現)妻を抱えて偽装のために2階の階段から突き落として転落死を装ったというものだ。しかし現実には、その階段は手すりがないと危ないような急なもので、偽装工作のために死戦期の妻を抱えてその階段をのぼったというストーリーは、素朴に考えれば無理があるとしか思えないものだ。

現場となった急な階段(筆者撮影)
現場となった急な階段(筆者撮影)

 朴さんらの証言によれば、育児に追われるなどして精神的に不安定になった妻が自殺を図り、夫ともみあいになるなどした後、手すりに夫の上着を結び付け、その袖を首に巻き付けて自殺したという。裁判は現場の状況や妻の遺体写真などをもとに他殺か自殺かを争うものとなった。

 高裁へ差し戻しという異例の展開をたどった後の差し戻し審では、当時の鑑定写真などがどういう状況で撮影されたかといった、専門的な話が続いたのだが、3月7日の法廷は、弁護側申請の旭川医大法医学講座の清水教授がわざわざ北海道から訪れて証言したものだった。

 それまでの証人尋問はやや専門的で、過去の経緯を把握していないと傍聴していてもわかりにくいものだったが、清水証人の話はわかりやすく説得力ある内容だった。

「ジャケットで首を吊ったという見方と整合」

 まず清水証人は、検視調書や写真をもとに妻の出血の状況について証言。弁護側の証人尋問で、検察側の言うような死線期の出血なのか生前の出血なのかなどについて見解を述べた。その中で検察側の言う「死戦期における階段落下」という見立てについては、「そうであれば体表のみならず頸部などに相当の損傷が見受けられるはず」と否定的見解を述べた。

 亡くなった妻の写真の顔面左側の黒く見える部分が血液なのか影なのかも議論になっていたが、清水証人は「影とすれば固定するための白いテープにも反映されるはずだが、テープは白いままなので、これは影ではない」とし、「そもそもこの写真から受傷時のことを論じるのは困難で、傷を拭った跡もあることは間違いない」とした。朴さんも証言しているのだが、自殺した妻の額から流れ出る血液などを当然拭っている。写真は、その後搬送された病院で写されたものだ。

 検察側の主張だと妻は夫に首を絞められて殺害された(厳密に言えば、その状態で死線期に陥った)とされ、朴さんは妻が上着の袖を首に巻き付けて自殺したと説明しているが、清水証人は、表皮はく脱の状況などから「やわらかい幅のあるものによって圧迫されたと考えます。ジャケットで首を吊ったという見方と整合します」と証言した。

 検察側は、寝室に妻が失禁した跡があり、唾液に血液がまじっていたことなどから、そこで彼女が窒息したとしているが、清水証人は「唾液に血液がまじったり失禁ということをもってイコールちっ息とはいえない。特に出産後は、いきみで失禁することもある。2つの痕跡をちっ息の根拠にするのは乱暴」と証言した。

 特に頸部の圧迫状況についてはかなり詳細にわたる具体的な説明で、ジャケットで首を吊ったという見方と整合するという見立ても説得力があった。

差し戻し裁判は大詰めを迎えた

 裁判を通じて疑問に思ったのは、朴さんが自殺と説明しているものを殺人と認定するには相当確実な証拠が必要なはずだが、今回の清水証言にあるように、曖昧な証拠をもとに検察側が殺人ストーリーを作り上げている印象が否めないことだ。どうやら警察が初期の段階で朴さんに疑いを抱いたようで、その刑事の直感をもとに現場の状況などからそれにそったストーリーを組み立てているようだ。「疑わしきは被告人の利益に」という原則を無視して強引に殺人事件を組み立て、しかも裁判でそれが認められて1・2審と有罪判決が出されるという、もしこれがえん罪ならとても恐ろしいことだ。

 2021年に大学時代の友人たちが支援する会をたちあげたのがきっかけで私もこの事件に取り組むことになったのだが、同年に月刊『創』に掲載した座談会での弁護人の説明をここで再び紹介しておこう。私はあくまでも市民目線で関わっているので法律的に正確でない表現もしている可能性があるが、弁護人が直接語ったものとしてこの座談会での説明は大事な記録だ。山本衛弁護士の発言は下記だ。

《山本 この事件は、朴さんが自宅で妻の佳菜子さんを殺害したのではないかと疑われているものですが、発生したのは2016年8月でした。朴さんは任意の事情聴取を受けていましたが、翌年1月に逮捕され、殺人罪で起訴されました。

 公判前整理手続きを経て裁判は2019年2月に始まりましたが、争点は、朴さんが奥さんを絞め殺したのか、奥さんが首を吊って自殺したのかということです。頚部圧迫による窒息死という死因は争いがありませんが、他殺だったのか、自殺だったのかが争われています。

 ――自殺か他殺か、裁判でどういうことが問題になっているのでしょうか。

山本 争点は多岐にわたっているのですが、特徴的なこととしては、まず寝室の布団に、奥さんのものと思われる尿斑が検出されています。また、奥さんのご遺体の額に少し大きめの挫裂創(ぶつけて皮膚が裂けた傷)があり、そこから出血したような痕がありまして、その血痕が家の中や衣服についていました。ところが寝室にはその挫裂創から出たような血痕は存在しないということが、まず大きなポイントになっています。

 こちらとしては、奥さんは階段のところで首を吊って亡くなったという主張をしています。》

《第一審も第二審も、いずれも寝室で朴さんが首を絞めたという認定をして有罪判決を書いているように思われます。失禁というのが窒息する時に見られることのある現象であるということから、寝室で絞め殺したという認定をしているのですね。

 では額の傷はいつできたのかということになるわけですが、第一審、第二審ともに明言はしていませんが、朴さんが人為的に作ったと考えているのだろうと思います。寝室には血の跡はないですから、寝室で亡くなった後、朴さんが人為的にその傷を作ったことによって出血したということになっています。

 亡くなった方の体を傷つけても心臓は動いていないので血は出ません。しかし、人間は窒息して意識を失ってもうほとんど回復しないという状態になってから心停止になるまで少しだけ時間があります。死戦期というのですが、その時であれば、心臓も多少は動いているので、なんらかの外力を加えて血管を壊せばそこから血が出てくるということもあり得ます。だから第一審と第二審は、その時点で朴さんが人為的に額に傷をつけたのだと解釈していると思われます。これが一審二審の有罪認定の構造ですが、私たちから見れば、おかしな点がたくさんある。かなり不自然な認定だと思います。》

《山本 ひとつ指摘しておかなければいけないのは、朴さんの当初の対応についてです。朴さんは最初に警察が臨場した時に「階段から落ちたことにしてほしい」と言っていたようなのです。自殺したことを子どもたちに知られたくないので、事故として警察に処理してほしいと、親心からそう言ってしまったようなのです。その結果、若干説明が変わっていると警察に疑いを持たれたようなのです。警察には、額の傷も、例えば朴さんが階段から落として転落を装ったことでついたのではないかとか、そういう見立てを最初からされてしまったようなのですね。

 この事件は本当に証拠が薄い。私たちは一審で無罪が出ると思っていましたし、二審はなおさらです。ありえない判決だという思いを持って、取り組んでいるところです。》

 さて最高裁で破棄・差し戻しという決定がなされたという異例の展開をたたどっているこの裁判、法廷で何人かの専門家が証言したことを、あとは裁判所がどう受け止めるかだ。差し戻し裁判は大詰めを迎えたと言えよう。

 高裁の判決はどう出るのか。裁判の経緯を含めて、注目の的だ。公判のたびに朴さんの子どもたちは、「きょうパパが帰ってくるの?」と期待を持って待ちわびているという。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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