Yahoo!ニュース

『週刊文春』松本人志さん「性加害」報道をめぐる自己検証記事と様々な異論・議論

篠田博之月刊『創』編集長
松本人志さん(写真:Splash/アフロ)

『週刊文春』第5弾と止まらない#MeTooの流れ

 『週刊文春』の松本人志さん「性加害」報道は最新の2月8日号が第5弾。「松本人志マッサージ店での暴挙を女性店員&夫が告発」と題して、10人目の告発を掲載している。これまでの9人の事例と異なり、マッサージ店に客として訪れた松本さんが女性店員に性的サービスを要求しセクハラを行ったという告発だ。

今のところ、松本さんをめぐる#MeTooの動きはとどまるところを知らない状況だ。松本さん側は事実無根として裁判に訴えているが、レギュラー番組やCMへの出演はなくなり、松本さんが追い込まれている印象は否めない。

 『週刊文春』第5弾翌日発売の『フライデー』2月16日号には「松本人志は『裸の王様』だった」という記事が掲載された。高級ホテルで女性を馬乗りにさせてたわむれている松本さんの写真が付けられている。スマホで撮ったものだろうが、画像は鮮明だ。『週刊文春』の報道では、ホテルで性加害されたという女性たちは、最初にスマホを取り上げられたりしていたというが、中にはこんなふうに写真を撮られたケースもあったわけだ。

『フライデー』2月16日号(筆者撮影)
『フライデー』2月16日号(筆者撮影)

そんな中で『週刊文春』自身を批判する記事

 そんな中で目をひいたのは『週刊文春』が第5弾の告発記事と同じ2月8日号で「松本問題『私はこう考える』」という記事を掲載していることだ。記事には一連の性加害報道をめぐって同誌への批判を含む4人の見解が載せられている。4人とは橋下徹、D・スペクター、箕輪厚介、江川紹子の各氏だ。

 橋下徹さんは以前、同誌による差別的な記事に抗議し、同誌が謝罪した経緯があり、同誌への批判的見解を語る可能性が高い。敢えてその人物に見解を聞いているのは、自らの一連の報道について批判的な声に耳を傾けようという企画の意図が感じられる。

 橋下さんの見解には「週刊文春は便所紙になるのか」という見出しが付けられ、『週刊文春』に権力監視という道を行くのか、「覗き趣味の便所紙雑誌」で行くのか、どっちなのだと迫る内容だ。

 D・スペクターさんの見解には「松本さんはアウト、文春もやり過ぎ」と見出しがつけられている。

『週刊文春』2月8日号(筆者撮影)
『週刊文春』2月8日号(筆者撮影)

 幻冬舎の編集者である箕輪さんの見解には「文春は“ネット生贄(いけにえ)ショー”の旗振り役だ」と見出しが付けられ、こういう内容だ。

「SNSでは毎日のように“ネット生贄ショー”が繰り広げられています。今、文春はこのゲームの旗振り役と化している。文春が『この人だ!』と指差せば、世間は生贄を社会的に抹殺すべく暴走してしまう。しかも、文春は営利企業である以上、生贄の選定には『売れるかどうか』の基準が入り込んでいるから始末が悪い。さらに記事の予告まで出して、意図的に煽っている面も否定できない」

「いち週刊誌が、著名人を社会的に抹殺できる権力を持つのは恐ろしい」

 江川紹子さんの見解の見出しは「ジャニーズ事件から学ばない日本メディア」。性加害報道で『週刊文春』が突出している状況を日本メディアの問題として指摘している。

 この「松本問題『私はこう考える』」という4ページの記事は、第5弾の性加害告発記事の後に突然掲載されており、編集部の見解も披露されていないため、戸惑った読者もいたかもしれない。

『週刊文春』のある種のバランス感覚

 告発当初は松本さん側と真っ向勝負で『週刊文春』も必死だったが、こういう批判意見を誌面化するようになったのは、状況を少し客観的に見られるようになったからだろう。いわば「自己検証」で、自らのありようも含めて今の状況を考えてみようという趣旨と思われる。

 同誌はこれまでも不倫スキャンダルで話題になる一方で、その報道についての忸怩(じくじ)たる思いを表明してきたりした。突出した取材力だけでなく、そのある種のバランス感覚が、同誌への支持をもたらしてきた要因だと思う。うがった見方をすればスキャンダル暴露を激しく行いながら一方で忸怩たる思いを吐露するというのも、ある種の戦略と言えなくもない。

 松本さんへのスキャンダル暴露も、大きな影響をもたらし、天才芸人とされてきた松本さんを確実に追い詰めているから、一連の事態についてはここへきてやや冷めた見方や異論も目に付くようになっている。そのあたりの空気を『週刊文春』も嗅ぎ取っているのだろう。

ビートたけしさん、中沢新一さんの異論

 異論とは、例えば『週刊ポスト』2月9・16日号のコラム「21世紀毒談」でビートたけしさんがこう語っている。「今回の件で痛感したのは、スマホやSNSが普及したことで“お客様は神様”という時代に逆戻りしているということだ」「ひとたび失言や問題を起こせば、ネット上で妬みや攻撃を遠慮なしにぶつけてくる。悲しいかな今の『エンタメ』の世界はそういう状況だということを認識しなきゃいけない」

 『週刊現代』2月3・10日号のコラムで中沢新一さんはもっと正面からこの状況に危惧を表明している。

『週刊現代』2月3・10日号(筆者撮影)
『週刊現代』2月3・10日号(筆者撮影)

「現代では、すみずみまで張り巡らされたポリコレのセンサーが、すぐに違反者を摘発して、ネットの晒し者にする。そうなれば、どんな人気者の芸能者でも、『所払い=出演自粛』の刑を免れることはない」

「日本は良民と浮浪民の二元論でできてきた国だ。そこで芸能は浮浪民の伝統に属する」。その「日本芸能史の伝統」に属し、「無頼な空気をまとっていた」のが松本さんというわけだ。

 今の状況は、芸能そのものが危機に瀕しているのではないかというのが中沢さんの指摘だ。

『週刊新潮』サッカー伊東選手めぐる混戦

 松本さんの性加害問題については、ヤフーニュースに何本か記事を書いてきた。一昨年の映画界の性加害問題、昨年の旧ジャニーズ問題を経て、今回の事態は、日本にようやく#MeTooが根付きつつあることを示したと言える。『週刊文春』が2023年末に松本さん告発の第1弾を放った時点では、相手も強大な存在だし、同誌も不安を抱えた状態だったと思う。同誌のその後のキャンペーンを支えたのは、その第1弾を見て次々と名乗り出た女性たちの動きだった。一人で強大な力に立ち向かうのは無理だが、次々と告発の声があがることで大きな力になるというのが#MeTooで、松本さんを追い詰めたのはまさにその時代の流れだったと思う。  

 そして同時に『週刊文春』が今回「松本問題『私はこう考える』」で紹介したような危惧や異論も考えてみる必要がある。メディアが一色になって横並びでという事態の危険性をも私たちは認識する必要があると思う。

 そういう状況下で、今度は『週刊新潮』2月8日号でサッカー日本代表の伊東純也選手の性加害問題を報じ、告発した女性を伊東選手側が逆告訴するという事態に至った。サッカー界にも激震が走っているようだ。この事件も今後どう推移していくか先が見えない状況だが、『週刊文春』の報道をめぐる危惧を含め、考えるべき課題は少なくないように思える。

 松本さんの性加害問題についてはこれまでヤフーニュースに2度、記事を書いている。関心のある方は下記を参照いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ac510122c4bb3f1a7805be0116cd2b15017f9bb3

芸能界を激震させた松本人志「性加害」問題の行方を決める『週刊文春』の続報と#MeToo(1月7日記)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/25f967d49c05b730a67681583a0b3c6b9cbddf75

松本人志さん「芸能活動休止」に激震のテレビ界や裁判を含めた今後の展開はどうなる!?(1月14日記)

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事