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『AERA』羽生結弦特集が異例のヒットで発売前重版。一方での混乱も含めて大きな話題に

篠田博之月刊『創』編集長
『AERA』8月14・21日号異例の重版(筆者撮影)

圧巻の写真を含めた大特集

 8月7日発売の『AERA』8月14・21日号の羽生結弦特集が大きな話題になっている。蜷川実花さんの撮った羽生さんの写真が表紙を始め、10ページ余に及ぶ特集誌面を飾っているのだが、これが何とも圧巻だ。表紙の写真は蜷川さんらしい赤を基調にしたセットと衣装なのだが、記事中にはそのほか青を基調にした写真ページもある。巻頭の「表紙の人」というページでライターの松原孝臣さんが撮影風景について「驚嘆の声が撮影を見守る人々から何度も起こる」などと書いている。

 羽生さんはもともと多くの女性ファンを抱えている。この特集も、これは絶対に売れるという確信を持って編集部は送りだしたはずだ。そして実際、8月3日に朝日新聞出版が表紙画像などを発表すると予想を超える反響が起きたという。それを受けて、週刊誌としては異例の「発売前重版」が決定した。発売後もかなりの売れ行きらしいから、もしかすると休刊した『週刊朝日』最終号のように、その後も重版がかかるかもしれない。

 朝日新聞出版では昨年にも『羽生結弦 飛躍の原動力』という別冊を刊行しているが、これについても今回の号の「編集長敬白」で「世界中から大反響をいただきました」と木村恵子編集長が自ら書いている

突然の「入籍」宣言で大きなニュースに

 さらに話題が大きくなったのは、8月4日、羽生さんがSNSで突然、入籍宣言を行ったという事情もあった。マスコミが一斉に羽生さんのニュースを報じたから、羽生さんの独占インタビューが載っている『AERA』にはさらなる追い風となったに違いない。

 そうしたなかで、別の意味での話題も重なった。8月9日に「AERAdot.」が配信した北原みのりさんのコラム「個人として結婚しても『羽生結弦』は永遠のプロジェクト? 入籍宣言が重たい」だ。フェミニズムの立場から感想を書いたものだが、こんなふうだ。

《「この度、私、羽生結弦は入籍する運びとなりました」

「羽生結弦」の結婚報告は、この一文のみだ。その後に続く文章では相手の女性について一切触れない。そのことをもって「妻をメディアから守るための配慮」と絶賛する人もいるが、不自然なほどの妻の不在は、妻となる人が生涯「羽生結弦の妻」というポジションでは社会に出てくることを「羽生結弦」として許さない、という決意と緊張感を与えるようにも読める》

《「男の偉大な仕事」が優先されるべき結婚というものが、妻にとってどのようなものになるのかは……フェミニストとしては様々な事例から不穏なものを感じてしまうのである》

そもそも「入籍」とは、夫の籍に妻が入るということで、羽生さんがその言葉を使っていることにも北原さんは違和感を感じたようだ。

ニュアンスを十分に伝えるのが難しいのでぜひ原文を読んでほしい。

https://dot.asahi.com/articles/-/198345

「『羽生結弦』が苦手だ」という書き出し

 羽生さんの結婚発表とファンたちが喜んでいるタイミングでのこの記事だから、北原さんももしかしたら反発を受けるかもとは考えていたのだろう。記事の書き出しはこうだ。

《「羽生結弦」が苦手だ。

 などと言えば、日本全国どころか今や世界中の反感を買いそうだけれど…》

 これはあくまでも北原さんの感想を書いたものだから、そんなふうに考える人もいるのだ、で通常は終わるものだ。しかし、今回は、タイミングが良すぎたこともあって、反発がかなり寄せられたようだ。タイミングが良すぎたというのは、『AERA』の特集が大きな話題になって、ファンたちが注目しているその時だったからだ。『AERA』と「AERAdot.」は、前者が紙の雑誌、後者がウェブサイトだし、編集部も編集長も一応別なのだが、何せ媒体名が似ているから、片方で独占インタビューなどをしながら片方で羽生さんに異論を唱えるとはどうなっているのだ、と感じた人が多かったようだ。「『AERA』が羽生さんを中傷している」といった投稿も多かったらしい。

 その9日のうちに『AERA』編集部はX(旧ツイッター)でこう釈明した。

《AERA dot.に掲載された羽生結弦さんに関するコラムについてご意見をいただいております。

今回の記事は、AERA編集部ではなくAERA dot.編集部から出されたものです。

AERA編集部は今後も、羽生結弦さんの活躍を真摯に伝えてまいります。

午後11:00 · 2023年8月9日 112万件の表示》

2週売りの号にぶつけたキラーコンテンツ

 わざわざこういう釈明を出すほどだから、相当数の反発が寄せられたのだろう。

「AERA編集部は今後も、羽生結弦さんの活躍を真摯に伝えてまいります」という表現は、AERA dot.は真摯でないとも読めてしまうのが気になるが、いずれにせよ署名コラムだから記事はあくまでも北原さん個人の意見を述べたものだ。

 しかし、AERAとAERA dot.の違いといっても説明は簡単ではないし、反発した人たちの気持ちは収まらなかったようで、ネットニュースによると『AERA』サイトは炎上状態になったらしい。

『AERA』8月14・21日号は夏休み合併号で、2週売りだ。もちろんそれは偶然でなく、2週売りの販売期間が長い号にキラーコンテンツをぶつけたのだろう。発売前重版という異例の措置がとられた後も、書店のSNSなどを見ると、売れ行きがとても良く、追加をお願いしたといった記述が目につく。こういう特集は、保存版として手元に持っていたいというファンの心理が働くので、デジタルでなく紙の雑誌の売れ行きが伸びる。紙の雑誌ならではの特徴を生かした展開でもある。

 その売れ行き、あるいはネットでの議論など反響がこれからどう広がっていくのか。注目していきたい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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