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老人ホーム転落死事件で上告を取り下げ死刑を確定させた今井元被告から届いた手紙

篠田博之月刊『創』編集長
今井隼人元被告から届いた手紙(筆者撮影)

 川崎老人ホーム転落死事件をめぐって1審2審で死刑判決が出され、最高裁で審理中だった今井隼人被告が5月11日、上告取り下げの手続きを行ったという衝撃のニュースが15日に飛び込んできた。これによって死刑が確定してしまうのをわかってやったことだから、自ら死を覚悟したのだろう。しかし、死刑確定というのは重たい現実だ。

 以前、月刊『創』(つくる)に頻繁に手記を寄稿していた寝屋川事件の山田浩二死刑囚も自ら控訴取り下げで死刑を確定させたことがあり、その時は大阪拘置所まで駆け付けて説得を行い、控訴取り下げ無効手続きを行うことになった。その手続き中に彼は二度目の取り下げを行い、今は死刑確定者になっている。

そのほかにも相模原事件の植松聖死刑囚が控訴取り下げを行った時にも説得を行った。今回もすぐに接見に行こうかと思ったが、ちょうどいろいろなことが重なって身動きが取れない時期だったこともあって、行くことができなかった。

本人から死刑を確定させた心情を書いた手紙が…

 その後、5月18日付で本人から手紙が届き、上告取り下げの思いなどがつづられていた。

《取り下げに至る気持ちについてですが、私としてはもう限界であったために、取り下げました。これ以上、人をまきこみたくないというのが本音です。

 もちろん、かなり、悩みましたが、悩みに悩んだ結論です。

 もちろん、事前に弁護人には(上告審の)私の思いをぶつけましたが、反対されました。(弁護人という立場ですので。)

 相談はしましたが、私の意志としては、変わらなかったということです。》

 本人が死を覚悟して手続きを行った場合、説得してそれを撤回してもらうのは簡単ではない。その前に彼がいろいろ思い悩んでいたのを知っていたからなおさらだ。

 今井元被告が裁判で争っていたのは、2014年11~12月に川崎市の有料老人ホームで高齢者が相次いで転落死を遂げ、当時施設職員だった彼がベランダから投げ落としたという容疑で逮捕された事件だ。取り調べ中に犯行を自白した彼は後にそれを撤回、無実を主張していた。しかし2審でも控訴棄却。1・2審とも有罪判決で、死刑が言い渡され、最高裁で審理が続いていた。

私は高裁の公判を傍聴し、東京拘置所で接見も行った。

東京拘置所(筆者撮影)
東京拘置所(筆者撮影)

別事件の最高裁差し戻し決定に関心

 今井元被告は『創』を毎号熱心に読んでくれて頻繁に投稿もしていた。例えば今年2月号の読者のページに掲載した投稿では、1審・2審で有罪とされながら最高裁で差し戻しとなった講談社元社員・朴鐘顕さんの「妻殺害」事件についての感想を書いていた。1・2審での有罪判決が最高裁でひっくり返ったこの裁判を今井さんは恐らく自分自身に引き寄せて関心を持ったのだろう。2月号に掲載した投稿はこう書かれていた。なかなか理路整然とした主張だ。

■「差戻し」について思うこと

 朴鐘顕さんの裁判について、最高裁が原審の有罪認定を支持しなかった(破棄)のは当然だと思う。ただし、実質的には、客観的証拠から(又は事実)は有罪とすることはできない(できていない)ことを最高裁も自覚していると判決(決定)から読み取れるのではないか。そうであるならば、鴨志田弁護士も指摘されているとおり、「差戻し」ではなく、直ちに「無罪」を言い渡すべきではなかったか。

私には(被告人という立場にあるからある種の“バイアス”が強いのかもしれないが)「差戻し」という結論が先にあり、その結論に沿って判断したと思えてならない。(略)

“証拠に基づかない消去法”であるから、極めて危険である。今後も、動向を注視していく。

(葛飾区 今井隼人 30歳)

「上告審が中途半端になったことは申し訳ない」

 そして今回の18日付の手紙では、こうも書いていた。

《篠田さんには、本件の控訴審よりお世話になりました。大変、感謝、申し上げます。ただただ、私としては感謝の気持ちでいっぱいです。

 今まで、本当にありがとうございました。上告審が中途半端になったことについては後悔はしていませんが、申し訳ないとは思っています。

 それでは、篠田さんも十分、お体には本当にお気を付けて下さいませ。篠田さんとの出会いには本当に、感謝しております。それではまた。草々

PS:月刊『創』にも複数回“読者の声”にのせて頂き、ありがとうございました。感謝申し上げます。》

 思い悩んだ末の上告取り上げだとは思うが、接見できたら伝えたいと思ったのは、死刑を確定させて自分の苦しみを終わりにしたいと考えたのかもしれないが、死刑確定後も気持ちが楽になることはないということだ。日本の死刑制度では執行の朝まで本人にそのことを告げないため、死刑囚は毎日、執行に怯えて生きることになるし、接見禁止がつくことで逆に精神的に追いつめられる人もいる。家族と弁護人以外、友人知人に会えなくなってしまうというその現実は、私の知る限り、精神的安定どころか死刑確定者を精神的に追いつめてしまうケースが多い。

 確定後、既に接見禁止の処遇になっていると思うが、弁護人や家族を経由してでもよいからぜひまた投稿をしてほしい。そんなふうに外部とつながっているという気持ちを保つ方が、精神的に追いつめられることを少しでも軽減できるような気がするからだ。今回の手紙の末尾に書かれていた私への感謝の気持ちは受け止めたいと思う。

 ただ死刑確定という現実が手紙を読んだ私を重たい気分にさせたのは確かだ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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