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12月16日公開の映画『戦場記者』と須賀川記者はドキュメンタリー映画の新しい領域を開拓した

篠田博之月刊『創』編集長
戦場で取材する須賀川記者(本人提供)

 12月16日公開のドキュメンタリー映画『戦場記者』の迫真力がすごい。しかも最近のウクライナ戦争の映像まで含まれているところなど、ドキュメンタリー映画のイメージを変えたとも言えるかもしれない。自ら戦場でカメラを回し取材を続ける須賀川さんにインタビューした。

新しいタイプのドキュメンタリー映画

――TBSはここ2年くらいドキュメンタリー映画に力を入れていますが、12月16日公開の『戦場記者』はこれまでのドキュメンタリー映画と違う新しいものだという印象を受けました。最近のウクライナ戦争の映像も含まれているし、報道番組を拡大して映画にしたというような感じですね。

須賀川 できるだけニュースの延長という意識で伝えられたらと思って作っています。現場発のレポートということを、もともと普段の戦地報道でも大事にしているのですが、それを長い尺で扱う。ニュースの延長、ニュースのその先にあるものを表現したいという思いでやっています。

 従来は、まず地上波で1~2分のニュースを出し、さらにそれを5分くらいの特集にまとめるというところで終わっていたのですが、今は出しどころがたくさんあります。

映画『戦場記者』 配給KADOKAWA CTBSテレビ
映画『戦場記者』 配給KADOKAWA CTBSテレビ

 それと僕の取材スタイルが、原稿をまとめるのでなく現場の様子を見ながら全部自分でしゃべってしまうというものなので、結果的に展開する幅も増えた。エッセンスはニュースとして出して、その後にネットで展開し、さらに深掘りの視点や深い内容を映画で伝えるという、三段重ねですね。地上波、ネット、映画という形で今やっています。

 そういうやり方が向かない素材もあると思いますが、僕が行く現場は激しい戦場といったところが多いし、僕が現場でひたすらしゃべって、背景を解説してというスタイルなので、表現の幅を広げるのに向いているのかもしれません。

 この間の経緯を説明すると、2年前にTBSの「ドキュメンタリー映画祭」が始まった時に、僕はレバノンの麻薬取引を追跡するという映像を出品させていただきました。それ以降、取材に行く現場で、これは映画にできるなというものは、そういう意識を持って撮るようにしています。撮り方とかレポートの仕方とか機材も含めて、地上波での放送は大前提ですが、さらにネットに出して、映画に昇華できるように撮りためているという感じです。

一人支局の支局長として戦争の現場に

――いま須賀川さんはTBSロンドン支局にデスクがあって、中東支局長という立場でデイリーのニュース取材もこなしているわけですね。

須賀川 そうですね。デイリーのニュースでは、例えばこの間のトルコでのテロとか、イランでヒジャブをめぐる問題が起きているとか、そういったことをカバーしつつ、同時並行でネット配信や映画へ向けた作業も進めるという感じですね。

――中東支局がロンドンに置かれ、しかも支局といっても須賀川さん一人なわけですね。

須賀川 それはよく言われます(笑)。

――ロンドンにいる時間が多いのですか。

須賀川 支局と現場と半々くらいですね。大体何かがあれば出来るだけ現場には行きたいと思っていますので。

 現場に行くのは、言うならば長期出張ですね。ウクライナだと大体2~3週間くらい。アフガニスタンだと大体1カ月くらい。現場取材が入ると、少なくとも2週間くらいはロンドンからいなくなるということです。

――映画の中で家族の話もされていましたが、今家族と一緒にロンドンから生活拠点があるわけですね。危険な戦場取材には家族も心配されているでしょうね。

須賀川 心配はされていますが、一方で信頼もしてくれています。私が、家族を一番大切にしていることは分かってくれているので。本当に危ない時は、身の安全を最優先するだろう、という信頼ですね。逆に、信頼されなくなった時は、自分の中で取材と家族のバランスが崩れている時だと思うので、気を付けないといけないと思います。

タリバン幹部取材でボーン・上田記念国際記者賞を受賞
タリバン幹部取材でボーン・上田記念国際記者賞を受賞

――映画では、戦場で取材する須賀川さん自身の映像も含まれていますが、カメラマンも同行しているのですか。

須賀川 今回に関しては、『戦場記者』という形で映画にすることを想定していたので、取材でついてきてもらう現地スタッフにもカメラを渡して、僕が取材している様子を、カメラマンも込みで撮ってもらいました。普段のニュース取材ではあまりしない形です。

ウクライナ戦争取材とTBS

――TBSのウクライナ戦争の報道では、ロンドン支局長だった秌場(あきば)聖治さんと須賀川さんのほかに『報道特集』のチームも現地入りしていました。役割分担するはどのように決めているのですか。

須賀川 行く場所に関しては、現場の記者が決めていますが、ある程度戦略的に互いに相談しながらやっています。もちろん東京の報道局とも相談していますが、

 局地的に何が起きているのかというのは現場の方が把握できていますから、「次はここに行きたい。なぜならここでこういうことが起きているから」と提案し、安全確認をしたうえで、最終的には東京が決裁を出すという形ですね。

 この間までロンドン支局長だった秌場は、私から少し離れた席に座っているという関係だったので、いつも相談しながら取材していました。今は辞令が出て東京に戻ってしまったんですけれども。

――須賀川さんはいつ頃から戦場取材をされているのですか。

須賀川 中東担当を拝命したのが2019年で、紛争地に行くようになったのはそこからです。戦場取材というと、フリーランスを含めてもう10年20年とやっている人がいますから、今回のようにまだ新米の僕が映画まで作ってしまうというのには、恐縮する思いもあります。

――戦場取材のノウハウはやりながら覚えていったということですか。

須賀川 現場で肌で感じて、自分で吸収していくという感じです。取材のやり方としてもいきなり危ない所には行かず、少しずつ段階を踏んで、危ないところに近づいていくということですね。

 現地のコーディネーターや通訳とどう連携するかも大事なことで、映画では最後に彼らに敬意を表する意味で、そういう人たちを紹介しています。取材中は、彼らは黒子に徹するというか、画面の中に映り込まないように注意していますが、実際は、彼らがいないと取材や現地での生活が何も成立しないというのが現実です。

 そういった人々が、映画に出てくるガザ、ウクライナ、アフガニスタンだけでなく、トルコ、エジプト、ヨルダン、シリア、イラクと各地にいて、適宜連絡を取り合っているという感じです。

映画化については記者個人の意向も大きい

――TBSとして映像素材をどんなふうに展開させるかの判断は、組織上どんなふうにやっているのですか。

須賀川 もちろん映像を地上波に出すことが最優先なのですが、そのうえで映画までというのは、記者とかディレクターの個人の思いに委ねられている面もあります。表現の場が広がっているということで、映画まで挑戦したい人はたくさんいると思います。それをTBS DOCSという新しいブランドでドキュメンタリー映画にしていくのはコンテンツ戦略室という部署でやっています。

 現場で映像取材をしている人ならそれを映画にしたいという想いは多くの人が持っていると思いますが、TBSの場合は、プラットフォームが出来てきたということですね。僕の映像が今回のように映画になったのは、そういう流れでタイミングもよかったのかなとも思っています。

――映画の編集をする人はまた別にいるのですか。

須賀川 現場でのレポートに関してはほとんど僕が編集しています。

 もともと映像編集が好きだということもあって過去にやったドキュメンタリー映画祭にも二つ出していますが、それも最終段階まで一人でやりました。ただ、当然番組側の意向もあるので番組のディレクターと共同でやることもあります。

――映画の最後で須賀川さんがご自身の仕事についての想いを語るシーンがありますね。

須賀川 あそこに関しては自分では編集ができないので、もう一人のディレクターの方にやっていただきました。現場での取材に関しては僕が取材・編集とか映像を選んでいるんですけれども、例えばロンドン支局での様子とか、戦場でない部分の映像と編集に関しては完全にお任せしています。

――ご自身で撮った映像をYouTubeでも公開しているということですが、それも個人の判断でできているのですか。

須賀川 YouTubeに関しては僕が中東取材を始めた頃から、会社側にもデジタルに力を入れなくてはならないという意識が広がって、僕の取材がちょうどそこにマッチしたのでしょうね。デジタル編集部という部署があるんですけれど、そこと密に連絡を取り合ってやっています。

 映画でも言っているんですが、一昔前だったら、僕はポンコツ記者だったと思います。現場のレポートも長いし、余計なことばっかりしゃべっている。ですが表現の場が広がったことで、それを活かせることができるようになった。自分の取材手法と媒体の可能性が広がったことがマッチングしたのではないかと思っています。今回の映画でも、まだ経験が浅い僕がこれだけフューチャーしていただいたことに感謝しています。

 映画公開をめぐっては可能な範囲で僕自身も舞台挨拶とか劇場に行ってみたいと思っています。観た人にジャッジしていただいて、取材が足りないよとか厳しい意見も含めて、そういう声を直接聞けるのも楽しみです。

――最近は放送局がドキュメンタリー映画に取り組む例が増えました。この映画でも個人ではここまで撮るのは難しいと思われる映像も多いですね。

須賀川 そうですね。先ほどの現地のコーディネーターのことも、TBSのこれまでの積み重ねがあったから繋がっている人もいますし、現地に助手がいてこそ撮れるものも少なくない。ウクライナでの取材にはセキュリティアドバイザーとかもついて来ていますし、個人でそういった人たちを雇うのはハードルが高いですからね。そういう点は、やはりチーム力です。組織に属しているからこそできることで、ありがたいと思います。

 今のTBSは現場で撮れた映像や現場の判断を重視してくれる。そこが良いところだし、そうであり続けてほしいと思っています。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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