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「五輪汚職」で大揺れのKADOKAWAはどこに向かおうとしているのか

篠田博之月刊『創』編集長
KADOKAWAの記者会見で冒頭謝罪した現経営陣(筆者撮影)

夏野剛社長ら現経営陣が記者会見で謝罪

 10月5日、KADOKAWAの記者会見に足を運んだ。東京五輪汚職事件で角川歴彦会長(当時)らが逮捕された後、会社が正式に開いた最初の会見で、汐留の大きな会場が使われ、ニコニコ生放送で配信もされた。

 翌日の新聞などもこのニュースを一斉に報道したが、この会見の意味するものは少しわかりにくい。その後の『週刊文春』報道なども含め、ここで、KADOKAWAに今何が起きているのか解説しておこう。

 10月5日の会見は、一言で言えばKADOKAWAが襟を正して再出発することを宣言したものだ。冒頭、夏野剛社長ら3人の経営陣が深々と頭を下げて今回の不祥事を謝罪した。しかし、その現経営陣と、これまで実権を持つとされてきた角川歴彦元会長との関係がどうなるかなど、流動的な要素も多く、わかりにくさも印象付けられた。

 その日の会見は、前日の4日に角川元会長が起訴されたことを受けてのものだった。出席した3人とはKADOKAWAの代表取締役社長・夏野剛さん(57歳)、代表取締役・山下直久さん(64歳)、そして取締役の村川忍さん(57歳)。角川氏は会長を辞任し、以後、元会長という肩書となったが、取締役は続けていることも発表された。

 起訴された角川氏はいまだに贈賄容疑については否認しているようで、4日に会長辞任の意向を弁護団を通じて発表したコメントで「汚職に関与したことは一切ない」「裁判においては真相を解明し、無実であることを明らかにしていきたい」と、検察側と闘う意向を表明した。

角川歴彦元会長と現経営陣の関係は

 5日の会見でわかりにくかったのは、その元会長と現経営陣がどういう関係になっているかだった。角川元会長の戦闘宣言は当然、KADOKAWAにも寄せられたが、それを発表するかどうか議論されたらしい。しかし、本人が弁護団を通じてマスコミに発表してしまったために伏せておく意味はないと判断されたという。

 会見で示されたKADOKAWAの会社としてのスタンスは、元会長とは違っているようだった。刑法上の贈賄罪の成否、贈賄罪が成立するとした場合に処罰される者の範囲については、司法の場で判断されることになるとして、会見では詳細な説明は行われなかった。しかし、同社関係者が8月上旬に東京地検の事情聴取を受け始めて8月12日に設置された弁護士による調査チームの調査結果として、KADOKAWAが高橋治之氏らの意向でコモンズ2に支払っていた7665万円については「贈賄行為と評価されうる疑わしい行為であった」と表明したのだった。

 

会見で質問に答える夏野社長(筆者撮影)
会見で質問に答える夏野社長(筆者撮影)

 そして同社は2019年6月に締結されたコモンズ2とのコンサルティング業務委託契約が「贈賄に該当する可能性があることを法務部門から事前に指摘されていたにもかかわらず、契約は締結、実行された」として、「当社の内部統制、ガバナンスを含め、さらなる調査が必要」だと言明した。

新設された「ガバナンス検証委員会」の狙い

 それを行うために、同社は、それまでの弁護士による調査チームに代わって、取締役会の決議により、「ガバナンス検証委員会」が設置されると表明した。会見には調査チームの國廣正弁護士が同席したが、同弁護士もガバナンス検証委員会の委員となる。委員長は中村直人弁護士で、その2人のほかに山田和彦弁護士と2人の社外取締の計5人が委員を構成するのだという。ちなみに委員会の弁護士たちと、角川元会長の裁判の弁護団は別メンバーだ。

 つまり法務部門が懸念を表明したにもかかわらず、契約が締結され、今回東京地検の捜査対象となったことに関して、誰がどのような権限と意図でそうしたかなど、同社のガバナンスを今後、検証するというのだ。明言は避けられたが、聞いていると、それはこれまで隠然たる力を持ってきた角川元会長の経営への関わり方を検証すると言っているように思えた。

 本当にそこに踏み込むとしたら、KADOKAWAにとってそれは大きな転換点になる。KADOKAWAのこれまでの根幹の方針を牽引してきたのは角川元会長だと言ってよいのだが、その権限についても洗い直す。つまり角川元会長から離れた新生KADOKAWAを宣言したのが、その5日の会見だった。

 ただ、保釈申請が何度か却下されているようだが、角川元会長はいずれ保釈される。取締役として関与を続けるということだし、検察とも闘うと宣言しているから、現経営陣の意向と齟齬が生じる可能性は十分にある。自分が引っ張ってきたKADOKAWAから自分の力が排除される事態をそのまま元会長が受け入れるのかどうか。今後の行方はそのあたりにかかっているのではないだろうか。

角川歴彦元会長が牽引してきた歴史的経緯

 かつての角川書店からKADOKAWAへの流れに角川歴彦元会長がどう関わってきたかという経緯は波乱に富んだものだった。角川書店の実権が創業者の角川源義氏から長男の角川春樹氏に移ったあと、副社長を務めていた歴彦氏は兄によって1992年、角川書店を追放される。ところが93年8月に春樹氏がコカイン事件で逮捕されるという仰天の事態が起き、歴彦氏は角川書店に復帰。もともと春樹社長のもとで自分のイニシアティブを発揮していた『ザテレビジョン』や『東京ウォーカー』などの雑誌群を全面展開させるのだった。

 角川源義氏時代のイメージから、映像化によって文庫を売っていくという路線に転換させたのが角川春樹氏だが、角川歴彦氏はそこからさらに転換し、後のKADOKAWAに至る路線を拡大していったのだった。ちなみに『ザテレビジョン』などの編集長を歴任し、その歴彦氏の路線を具現化していったのが、東京五輪関係の室長を務め、9月6日に逮捕された馬庭教二氏だった。同氏は角川元会長に先立って、9月27日に起訴されている。

 そうした歴史的経緯を考えると、昨年社長に就任した夏野氏ら現経営陣が、角川歴彦元会長の権限を含めたガバナンスの全面的見直しを図り、さらに新しいKADOKAWAを牽引していけるのか、ことはそう簡単ではないかもしれない。ただ10月5日の会見で夏野社長は、現場は組織として動いており、今回前会長が退いたことで影響が出ることはないだろうとコメントしていた。

『週刊文春』が報じた「役員会の暗闘」

 さて水面下で角川元会長とKADOKAWA経営陣の間にどんな駆け引きがなされているのか。その内情を報じたのが『週刊文春』10月13日号「角川歴彦追放へ KADOKAWA役員会の暗闘」だ。これはなかなかすごい記事と言える。

 匿名のKADOKAWA経営陣の一人が記事中で、こうコメントしている。

「角川さんがいくら否認しても、会社として賄賂を渡した形になっているのは事実です。検察に逆らって勝ち目があるわけがない。社のブランドイメージも大きく毀損されました」

 さらに匿名の同社幹部がこうもコメントしている。水面下で進められていた角川元会長の“解任計画”についてだ。

《「取締役会に解任動議を提出するという案が出ていました。中でも、夏野剛社長は『上場企業としてこのままでいいはずがない』と考えていた。角川さんと近いとされた代表取締役の山下直久氏も、夏野氏ら他の取締役に同調するようになりました」(同社幹部)》

 具体的には9月29日の取締役会でこんな議論がなされたという。

《「夏野氏は言葉少なでしたが、想いを同じくするドワンゴ創業者で現取締役の川上量生氏が積極的に発言していました。一方で、社外取締役の中には『無罪を主張しているにもかかわらず、解任動議を提出するのは手続きとして乱暴だ』などとする意見もあった。最終的に、十月四日とされていた起訴を受けての対応を待つことになりました。もし自ら会長辞任を表明しない場合には、翌五日に臨時取締役会を開き、解任動議を提出する運びになっていたのです」(前出・幹部)》

 ここに報じられたような“暗闘”が今後の経営をめぐって行われたとすれば、今後どうなるのか。5日の会見で発表された新生KADOKAWAがどんな方向に船出するのか、いやそもそも船出できるのか。そのあたりはもう少し推移を見守る必要があるように思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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