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甲府放火殺人事件19歳少年の実名報道めぐる議論と東京新聞の独自方針

篠田博之月刊『創』編集長
4月9日付の新聞各紙の報道(筆者撮影)

4月8日の地検発表を受けて多くのメディアが実名報道

 4月から施行された改正少年法で「特定少年」という位置づけがなされた19歳少年をめぐり、2021年10月に甲府市内で夫婦が殺害され放火された事件で、4月8日に甲府地検が少年を起訴して実名を公表した。その発表を受けて8日夕方以降のテレビのニュース、そして9日の新聞が一斉に報道に踏み切った。週明けの11日にも朝の情報番組「めざまし8」がこの問題を特集するなどしている。

 報道は概ね、少年の実名を報じており、顔写真を公開した媒体も少なくない。その中で在京メディアでは9日付の東京新聞としんぶん赤旗が匿名報道を行った。少年法本来の趣旨を尊重し、今回のケースは匿名で報じるべきだという考えによるものだが、赤旗はともかく東京新聞の独自の報道スタンスは特筆すべきものと言えるかもしれない。

 今回、甲府地検は少年の実名を公表したけれど、それをどう報じるべきかは、個々の報道機関の判断にゆだねられた。何となくこういう場合に”横並び”になるのが日本の報道機関だが、本来はそれぞれ判断が分かれて、そのことも含めて議論が起きるのが望ましい。結果的にごく少数の媒体が匿名報道になったのだが、そのことも含めて東京新聞と他の新聞の報道がどう違ったか、取り上げてみよう。

東京新聞は「特定少年 匿名報道を続けます」と社告

 今回の報道は直接的には19歳少年が起訴されたというものなのだが、同時に改正少年法が初めて適用されたケースというニュース性を持っている。例えば9日付毎日新聞は「特定少年 初の実名解禁」が主見出しで、副見出しが「甲府放火殺人 19歳起訴」だ。「初の実名解禁」が大きなニュースと判断したわけだ。ちなみに朝日新聞は主見出しが「殺人・放火 19歳を起訴」、副見出しが「『特定少年』初の実名発表」だった。

4月9日付東京新聞の報道(筆者撮影)
4月9日付東京新聞の報道(筆者撮影)

 東京新聞の場合は9日付朝刊のまず1面で「19歳特定少年 氏名初公表」と見出しを立て、囲みで「特定少年 匿名報道を続けます」と社告を打った。社会面でもこの件を大きく報じたが、見出しは「甲府事件被告 報道の多くが実名」「更生の妨げ 不安拭えず」だ。「報道の多くが実名」といっても他紙の9日付朝刊でなく、8日夕方のテレビ報道とネットニュースを見たという前提だが、そうした報道界の動きを見たうえで、「甲府事件被告 報道の多くが実名」という見出しを掲げ、しかし自分のところは違うという報道を行ったわけだ。社会面でも大きな記事を掲げたのは、問題提起を行おうという意図があったからだろう。

東京新聞としんぶん赤旗の報道

 多くの新聞・テレビの方針と東京新聞の考えがどう違うのかを説明する前に、改正少年法で何がどう変わったのか簡単に説明しよう。多くの新聞・テレビが今回、報道にあたってその説明をしており、朝日新聞は「重大性などを考慮し実名報道を判断します」という4段の記事を掲げて方針を明らかにしている。当然ながら東京新聞はその説明を図表とQ & Aで5段組みの記事で詳しく行っている。

 簡潔に書くとこうなる。毎日新聞の記事から引用しよう。「現行の少年法61条は、少年の立ち直りの妨げになるとして、実名や顔写真の報道を禁じているが、罰則はない」「今回の法改正は、起訴された特定少年を61条の適用外とした。これに伴う実名報道の解禁には賛否両論あるが、報道各社は自主的に判断していくことになる」

 甲府地検は今回、改正少年法に則って実名公表に踏み切った理由を「重大事案で、地域社会に与える影響も深刻」と説明していた。新聞・テレビの多くもそれを受け入れたわけだ。

 一方、東京新聞はそれでも今回、匿名報道を続けますと表明したわけだが、1面の社告ではこう理由を説明していた。

 「東京新聞は、事件や事故の報道で実名報道を原則としていますが、二十歳未満については健全育成を目的とした少年法の理念を尊重し、死刑が確定した後も匿名で報道してきました。少年法の改正後もこの考え方を原則維持します。社会への影響が特に重大な事案については、例外的に実名での報道を検討することとし、事件の重大性や社会的影響などを慎重に判断していきます」

 少年法の趣旨を尊重するが今後も必ず匿名報道というわけでなくケースバイケースということで、その意味では今回実名報道に踏み切った他紙も基本的な考えは変わらないと言える。

 ちなみに同じく匿名報道を続ける赤旗の場合は、そのあたりをどう判断したのかという説明は詳しくなされていない。主見出しは「殺人放火の罪 19歳起訴」。副見出しは「甲府地検 改定少年法で氏名初公表」と地検が初公表したことはニュースという判断を示してはいるのだが、それを伝える記事の中では少年を「無職の容疑者(19)」とこれまでと同じ表記のままだ。

『週刊新潮』のこの事件についての報道と議論

 『週刊新潮』は恐らく4月14日発売の号でこの問題について記事にするのだろう。それに先立って11日にウェブサイト「デイリー新潮」に下記記事を立ち上げた。

https://www.dailyshincho.jp/article/2022/04091500/?all=1

少年法改正で実名報道「第1号」の19歳 家裁が異例の表現で痛烈指弾

 そもそもこの事件については、2021年10月の発生後の報道で『週刊新潮』10月28日号が少年の実名と写真を報道し、日弁連が会長声明で少年法61条違反である「断じて許容されない」と批判するなど議論になっていた。私は東京新聞に毎週日曜、「週刊誌を読む」という連載コラムを書いており、当時この話題をそこで取り上げた。再録しよう。

《『週刊新潮』10月28日号「『19歳生徒会長』闇の奥の”素顔”」が波紋を投げている。10月12日に甲府市で夫婦が殺害され家が放火された事件で逮捕された19歳少年についての記事だ。少年法に基づいて報道では少年の名前が伏せられているのだが、同誌は敢えて実名と顔写真を公開した。

 発売日の21日、山梨県弁護士会が会見を開いて抗議。翌日には日本弁護士会も会長声明を出して抗議した。これまでも『週刊新潮』は少年法に異議を唱える立場から、逮捕された少年の実名を報じることが何度もあった。

 ただ今回、大きな問題になったのは、改正少年法との絡みだ。『週刊新潮』はこう書いている。「今年5月に成立し、来年4月1日から施行される改正少年法では、18歳、19歳を『特定少年』と規定し、起訴された場合は実名報道も可能となる。○○(原文実名)がその第1号となった場合、犯行時には名前が伏せられたにもかかわらず、起訴時に大手新聞などで実名が報じられる可能性があるのだ」

 それに対して日弁連の声明ではこう批判がなされている。「本件のような捜査段階や、家庭裁判所の審判段階での推知報道は、改正少年法下であっても、なお違法であることは明らかである」。改正少年法で推知報道禁止が一部解除されるにしても、それは条件付きであり、今回のケースは違法だという指摘だ。

 この事件、他誌はどう報じたかというと、『週刊文春』10月28日号「甲府一家放火殺人19歳犯人は皆勤賞の生徒会長だった」では目線を入れた写真を掲載。『女性セブン』11月4日号「19才”片思い”少年の『死刑』と『実名』」は実名も顔写真も載せていないが、どちらかといえば少年が匿名であることに疑問を呈する記事だ。副題に「『改正少年法』の施行まであと半年だった」とある。

 改正少年法に関わるこの問題、もう少し社会的な議論が必要だと思う。ただそれ以上に気になるのは、片思いの後輩女性の家に深夜忍び込み、両親に見つかって殺害してしまうというその犯行の異常さだ。少年の学校での様子などが記事には書かれているが、とても深刻な事件だと思う。》

甲府事件の真相解明はとても大事なことだ

 その記事の最後にも書いたが、片思いの後輩女性に冷たくされ、その実家に忍び込んで親を殺害と、この事件は極めて衝撃的だ。片思いから家族殺害という事態への飛躍が理解できないし、精神鑑定の内容を含めて、どうしてこういう事件が起きてしまったのか、真相解明はぜひ進めてほしいと思う。

 改正少年法をめぐる一部の議論では、少年への社会的処罰あるいはどう責任をとらせるかという意味合いで実名公表を論じる向きも少なくないのだが、本当はそうでなく、真相解明という大事な使命のためにどこまで踏み込み、それをどう報じるかを議論すべきだと思う。真相解明のために別に実名を明かす必要がないのであれば、更生可能性を考えて匿名で良いと思う。少年が変わっていく可能性(可塑性)を考えて保護すべきという少年法の趣旨は尊重すべきだと思う。

 ついでに書いておくと、私は凶悪事件とされる幾つかの事件の当事者と取材を通じてつきあい(埼玉連続幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚や相模原事件の植松聖死刑囚)、有期刑でも10年以上服役して市民社会に戻った人とその後もつきあっているケースが複数あるのだが、人間は変わり得るという更生可能性は、別に少年だけでなく考えることは重要だ。逆に言えば、日本の刑務所では本当の意味での更生や矯正はほとんどなされていないのが現実だと思う。犯罪を犯した人がどんなふうに更生していくのかというロングタームの問題がほとんど追求されていない犯罪報道のあり方にも日頃から疑問を感じている。

 いずれにせよ、事件の真相解明は大事なことだ。昨年の大阪ビル放火殺人事件が、容疑者が亡くなったことから捜査終結とか言われているのが本当に信じがたい。裁判が開かれないのなら何らかの形で捜査で明らかになった情報を開示するといったことを考えるべきだと思う。

 犯罪というのはある意味で社会に対する警告であり、その事件から社会が何も教訓化できないというのはあってはいけないことだと思う。この甲府放火殺人事件も、いったいなぜあのような凄惨な事態が起きたのか、ぜひ解明しなくてはいけない。

 既存の司法のシステムが果たして十分に機能しているのかという問題はあるが、ジャーナリズムの役割と責任も大きいと思う。その意味でも今回の事件の報道がどうなされていくか今後も検証していきたい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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