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NHKが取り組んでいる実験的試みが予想以上にドラスティックだ

篠田博之月刊『創』編集長
「次世代チャレンジ」から生まれた『悲→喜カメ』(NHK提供)

 12月7日に発売された月刊『創』(つくる)2022年1月号の特集は「テレビ局の徹底研究」。最強のメディアだったテレビは、若者のテレビ離れに直面し、ネットとの融合という歴史的転機を迎えようとしている。そうした状況に各局はどう取り組もうとしているのか。その動きを取材した。その中でNHKについては「『新しいNHKらしさ』を求めるNHKのチャレンジ」という記事を掲載している。

 NHKが民放に先駆けて同時配信に踏み切ったことは知られているが、それがどういう状況になっているか、今回はNHKプラスの担当者に詳しく話を聞き、いろいろな発見があった。民放は日本テレビが2021年10月から踏み切り、年明けには全民放が同時配信を始めることになっている。 

 NHKが一足先に始めた同時配信についてどういう状況なのか紹介したいと思うが、その前にまずNHKがこの1年取り組んだもっと大きなチャレンジについて触れておこう。以前からNHKが視聴者の高齢化に直面していろいろ手を打ってきたのは知っていたが、この1年の動きはまさにドラスティックだ。

「次世代チャレンジ」という企画提案募集

 NHKの番組をよく見ている視聴者層は年齢で言うと60~70代が中心だという。そういう視聴者を大切にしつつも、しかし50代以下の視聴者を開拓していかないと未来はない。そこでもう何年も前からNHKでは、若い制作者の感性を生かした企画で若い視聴者をどう獲得していくかが大きな課題となっている。

 「特にこの1年は『新しいNHKらしさ』を意識した番組づくりを進めようという試みに次々と取り組んできました」

 そう語るのはNHK編成局編成センターの馬場広大センター長だ。

 「取り組みの一環として今年2月には『次世代チャレンジ』という企画提案募集を行いました。35歳以下の職員から若い視聴者に向けた『新しいNHKらしさ』を意識した番組企画を募ったのですが、合計123本の提案が寄せられました。それを選ぶのも若手職員にやってもらおうと、編成局を中心に50人ほどの職員が選考にあたりました。

 このスキームから生まれたのが10月23日に放送した『悲→喜カメ ポジティブになるための自分を操る究極の超スゴいズームバック思考法』という番組でした。厳しい状況や悲しい状況もズームバックして考え方を変えてみれば喜劇に変わるという、〝メタ認知〟という考え方をコンセプトにした番組です。

 そのほかにも12月放送の番組に『声がききたい。』という10分間で3日連続のドラマがあります。コロナ禍で生活が一変した若者に送るというもので、俳優が電話で話す様子を一人語りのドラマで映し出す。見終わった後、誰かに電話したくなるようなドラマということです」

 そのほかにも選ばれた企画が進行しているというが、「次世代チャレンジ」という企画提案募集は2022年以降も継続していきたいという。

今後は地域やジャンルを超えて拡大

 「今年やったものは本部在籍者が対象でしたが、今後は若手の多い地域放送局の職員にも参加を拡大していきたいと思っています」(馬場センター長)

 ちなみに前述した『悲→喜カメ』はジャンルとしてはエンターテインメントだが、提案者には報道系のディレクターもいて、実際の制作にもその提案者が関わったという。新しい企画の提案は自分の所属するジャンルにとらわれずに行っていくというわけだ。

テレビ局は多くの局が縦割りなのだが、報道系の職員がエンタメ系の企画を出し、それが通るとそのままその人が制作にあたるというのは異例かもしれない。

 「企画の提案は番組制作以外の部門、例えば映像デザイン部という、普段セットやCGを作ったりする職員も含めて行っています。ジャンルにとらわれず、クロスオーバーしながら、新しい視聴者に届く新しい視点の番組にチャレンジしていくという考え方で、そういう体制をどうやって作っていくかというのも課題だと思っています。縦割りの体制の打破も経営の大きな目標になっています」(同)

 この「次世代チャレンジ」は募集時期を決めて行う試みだが、「新しいNHKらしさ」を意識した番組企画はそれ以外にも随時提案可能で、既に約40本が採用されているという。

阿佐ヶ谷姉妹のドキュメンタリーなど開発ゾーン発の番組が続々

 「現在、夜の7時半から8時45分と、10時から11時15分を新しいNHKらしさを追求する番組開発ゾーンとしています。その開発ゾーンで放送された番組については、どういう評価を得たか詳細な調査を行い、場合によってはもう1本制作します。総合評価が高いものについて次の改編からレギュラー番組にしていくことを検討していきます。

 例えばこの10月改編で水曜夜8時15分から放送されている『ロコだけが知っている』という新番組は、7月に開発ゾーンで放送されたものでした。『ロコ』とはローカルへの愛にあふれた人たちという意味で、大阪拠点放送局をハブとして各県各放送局が連携し、情報を発信していく番組です」(同)

 開発ゾーンで好評を得た番組にはそのほかにも『阿佐ヶ谷アパートメント』という多様性をテーマにした番組がある。この11月3日には第2弾も放送された。

 10月改編で阿佐ヶ谷姉妹を取り上げた『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』というドラマも始まったが、これは結果的に時期が重なったためにコラボしたのだという。

 開発ゾーンで放送されている番組は他にも『万物トリセツショー』『発想転換!世界を変えるシン・キング』などいろいろあり、年間50本をめざしているという。次の春の改編には、レギュラー番組がある程度登場してくる可能性があるわけだ。

 この秋改編でスタートした新番組にも「新しいNHKらしさ」を意識したものが多い。

 「例えばBS1でも月1回、土曜の午後4時から『スポヂカラ!』という新番組を始めました。地方を舞台に、スポーツの力が生み出す希望や絆の物語を描いた新しいドキュメンタリー番組です。

 それからEテレを中心にSDGs関連や学びの場を提供する番組を始めました。ひとつは第3月曜日の午後7時25分からの『リフォーマーズの杖』という番組で、未来からやってきたリフォーマーズという人たちが現代人に気候変動や貧困を経験させて将来の環境破壊を食い止めようとするというものです。

 さらに、Eテレで土曜の午後7時45分から『バビブベボディ』という大人と子どもが医学について楽しく学べる番組をアンコール放送します。NHKスペシャルの取材で得た素材を有効活用するとともに、NHK for SchoolというWEB配信とも連動します」(同)

 10月改編で登場した新しい企画はほかにもいろいろあるがここでは割愛する。詳しくは『創』1月号の原文をご覧いただきたい。

NHKプラスの見逃し配信と同時配信

 そのNHKで2020年以来、大きな取り組みといえるのがNHKプラスだ。地上放送の番組の同時配信と見逃し番組配信を行うもので、10月末時点で登録申請が240万を超え、順調に伸びているという。そのNHKプラスの松井奈保子編集長に話を聞いた。

 「NHKプラスを昨年春にスタートさせて以降、年末の紅白歌合戦、今年夏の東京オリンピック・パラリンピックといった機会を通じて利用者が増えています。

 東京オリンピック・パラリンピックは、NHKプラスならテレビの前にいない時間にスマホで見られることもあり、非常によく利用されました。通常はID登録申請をすることで、フルサービスをお使いいただけるのですが、その時期は申請をしなくても同時配信は見られるようにしました。見逃し番組配信も、放送された競技を後でもう一度見たいという方にたくさん利用していただいたと考えています。

 東京オリンピック期間に実施した『イッキ見キャンペーン』も多くの方にご利用いただきました。過去のコンテンツを配信で一気に見たいというニーズがあるというので始めたのですが、23時台から夜中の3時頃まで、過去の様々な人気コンテンツをシリーズで放送し、まとめて配信しました。『映像の世紀』といったドキュメンタリー、『六番目の小夜子』といった過去のドラマ、大河や朝ドラはもちろんですが、そういう番組を蔵出しという感じで一気に配信したのです」

「おかえりモネ」菅波先生とのハラハラが配信視聴に

 大リーグの大谷翔平選手の活躍をNHKプラスで見た人も多いという。

 「顕著だったのは7月、オールスターゲームの前日に行われた『ホームラン競争』でした。日本時間の午前10時頃開始でしたが、自宅にいない人も多いため、スマホやパソコンでNHKプラスを利用して見たという人が多かったと分析しています」(松井編集長)

 朝の連続テレビ小説も放送の途中で自宅を出てしまう人がNHKプラスを利用するケースが増えているそうだ。

 「『おかえりモネ』は後半、NHKプラスで見る人がどんどん増えていったのですが、放送の視聴率と別の動きをしていまして、見逃し配信を見た方が多かったようでした。朝ドラは、視聴習慣としてテレビでリアルタイムで見る方が多い傾向にありますが、好きな時間にまとめて見ることができるのもNHKプラスの利用が伸びた一因だと思います」(同)

 テレビの番組を配信で見るという視聴習慣が広がることで、番組の見方にどんな違いが出てきているのだろうか。

 「SNSの積極活用を私たちも意識しています。『おかえりモネ』で言えば、モネと菅波先生の関係がどうなるかという時にはツイッターでかなり話題になり、ドラマのストーリー展開に応じて見逃し配信も増えたようです。モネと菅波先生のハグシーンを見逃し配信で何度も見たという投稿もあったと聞いています。

 またNHKプラスには、早戻しなど便利な機能もあります。プレイリストというサービスで、テーマごとに番組を横串でまとめるということもやっています。例えばNHKでは11月にSDGsのキャンペーンをやったのですが、SDGsとジェンダーというテーマで期間限定のプレイリストを設け、どんな番組で取り上げられたのか横串で見つけることができます。

 それからテレビとの違いで言えば、NHKプラスで地方向け番組の一部を見ることができることも大きいかもしれません」(同)

配信の拡充でテレビ番組の見られ方は変わっていく

 NHKプラスは前述の通りID登録申請が必要なのだが、手続きを今よりも簡単にすることも検討しているという。担当部署はデジタルセンターだが、NHKのインターネットサービスにからむ業務全体を担っており、引き続き地方向け番組を含めた配信の充実もめざしていくそうだ。配信サービスの拡充によって、テレビ番組の見方も今後かなり変わっていく可能性があるといえる。

 『創』の記事はこの後、2022年1月から始まる大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のプロデューサーへのインタビューを載せており、これもなかなか興味深い内容なのだが割愛する。

 各局の動向が報告されているテレビ局特集全体の内容については下記を参照いただきたい。

http://www.tsukuru.co.jp/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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