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「夜明け前のうた」は「人間の尊厳」について考えさせられる衝撃の映画だ

篠田博之月刊『創』編集長
今なお残る私宅監置小屋の跡(映画「夜明け前のうた」より。原監督提供)

相模原事件とも通底する衝撃の映画

 4月11日に新宿で映画「夜明け前のうた 消された沖縄の障害者」を観た。タイトルだけ見ると福祉問題を扱った専門的な映画という印象を持ってしまうかもしれないが、「人間の尊厳」について考えさせられる、ある意味衝撃の映画だった。この難しいテーマを体を張って丹念に取材した原義和監督のジャーナリストとしてのあり方にも敬意を表したい。

 私は相模原障害者殺傷事件を2016年の発生時からずっと追いかけているが、その事件とも通底する衝撃性をこの映画は持っている。本当はこの労作というべき映画を観てすぐに感想をヤフーニュースにあげたいと思ったのだが、毎日バタバタしていて今日になってしまった。

 悲しいことに新宿のK’sシネマでの上映は16日で終了してしまい、しばらく東京では見られない。ただ横浜や千葉では上映しているようだから観ることはできるし、何よりもぜひ東京で再上映もしてほしいと、この記事をアップすることにした。

精神障害と見られた人を家族が「監禁」したという現実

 何を取り上げた映画かというと、精神障害者の「私宅監置」、いわゆる「座敷牢」の現実を追ったものだ。今でも不十分ではあるが、精神障害者の社会的ケアが今ほどもできていなかった時代、世間からの風圧もあって家族はやむなく障害者を家庭内で監禁した。またそれが「私宅監置」という名称で制度的にも認められていた。

 1950年に日本本土ではそれは制度としては廃止されたのだが、沖縄には1972年の「沖縄返還」まで残されていた。この映画は、その沖縄の「私宅監置」の実態について、原監督が自らカメラを抱えて、実例をひとつひとつ掘り起こしていったものだ。

 当事者である家を訪ねていくのだが、当然ながら簡単に取材には応じてもらえない。精神障害者に対する社会的差別の中で、家族自らが、障害者を監禁して表に出さないようにしていたというのは非常に深刻な事柄で、そこへ見知らぬジャーナリストが話を聞きたいと訪ねてきても、簡単に現実を話せるはずがない。原さんは何度も通って説得を重ね、ようやくある程度の話を聞くことができた。その映像の記録がこの映画だ。

 障害者の写真やその関係者の動画は、顔も映しているし、さすがにフルネームとはいかなかったが、苗字を伏せたものの名前は実名にしている。エンドロールで、映画で取り上げた私宅監置された人たちの名前を一人一人映していくのは、彼らの名前を取り戻したいという原監督の意思の表明だろう。

映画「夜明け前のうた」より(原監督提供)

 どうしてそういう人たちや関係者の撮影が可能だったかというと、1964年に政府から派遣されて実態調査にあたった精神科医が撮影した数多くの写真と、撮られた人の名前や地名が残されていたからだ。原監督はそれらの手がかりをもとに、関係者を探し出し、取材依頼していったのだった。「消された精神障害者」の存在をたどり、彼らの生きた証を世に問うていきたいと考えた監督の執念が、この映画を完成させたといえる。

香山リカさんと藤井勝徳さんのトーク

 相模原事件の植松聖死刑囚は、重度の障害者を「生きている意味がない」存在と規定したのだが、植松死刑囚のように殺害しようとしたわけでなくとも、監禁することで社会的に抹殺する、しかもそれが社会的に制度化されていたという現実。しかもそれが近代以前の話でなく1972年まで続いていたという事実は、「人間とは」あるいは「人間の尊厳とは」という重たい問いを投げかける。それが実際に見聞きした人たちの口から映像を通して語られるのはまさに衝撃的だ。

藤井克徳さんと香山リカさんのトーク(筆者撮影)

 4月11日は上映後に精神科医の香山リカさんと日本障害者協議会議長の藤井克徳さんのトークが行われた。香山さんは「私宅監置についてはもちろん知っていましたが、それは昔の話かと思っていたら、沖縄で1972年まで続いていたことをこの映画で知りました。精神科医はそれを行う側にいたわけで、自分もその時代にいたらと考えるといたたまれない気持ちになるし、観ていて辛かったですね」と語った。藤井さんは相模原事件に言及し「犠牲となった障害者の人たちは裁判でもアルファベットで呼ばれ、名前を呼ばれなかった。この映画のエンドロールで原監督が一人一人の名前を映していったのは観ていて胸に迫るものがあります」と語った。会場には福島みずほさんら障害者の問題に関わってきた人たちの姿もあった。

 原監督はその日は京都での上映でトークがあるということで東京の会場には現れなかったが、その後上京し、私は13日に会ってインタビューを行った。それらの詳細については5月7日発売の月刊『創』(つくる)6月号で詳しくお伝えするが、映画自体が東京でしばらく観られなくなってしまうのは残念だ。

 ミニシアター系のドキュメンタリー映画は、客の入りや社会的関心によって上映が決まっていく。映画は何よりも実際に映像を観ることが議論の出発点だ。ぜひ遠くない時期に東京で新たな上映が行われることを望みたい。

 映画の上映予定などは公式ページをご覧いただきたい。

https://yoake-uta.com/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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