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やまゆり園事件の風化に抗する取り組み!障害者支援の実態にも検証のメスが

篠田博之月刊『創』編集長
事件1年後のやまゆり園(『創』編集部撮影)

 コロナ禍の影響もあってやまゆり園事件(相模原障害者殺傷事件)についての報道は一気に影を潜め、事件の風化は不可避かのように見えるが、実はそうでもない。あれだけの衝撃を突き付けられながらこの社会が何も変わらないというのはありえない、何とかして事件を風化させないように…という思いは、この事件や障害者の問題に関わってきた人たちの強い意志でもある。

 報道や表現に関わる者の間にもその思いはある程度共有されており、この間、いろいろな取り組みがなされている。幾つか紹介しよう。

 例えば毎日新聞が9月初めにウェブで連載した「やまゆり園事件は終わったか~福祉を問う」というシリーズ。なかなか力作だ(ぜひ紙面にも掲載してほしいと思う)。

https://mainichi.jp/articles/20200905/k00/00m/040/002000c

 9月6日の深夜にTBS系が放送した『ザ・フォーカス』「小さな喜びを感じて ~津久井やまゆり園事件・被害者家族の4年~」も良い番組だった。被害者家族の尾野さんたちに焦点をあてながらいろいろな問題に触れていた(これもこれほどの深夜でない時間帯に放送してほしい)。

https://www.tbs.co.jp/jnn-thefocus/archive/20200906.html

『創』のコラム執筆者でもある作家・監督の森達也さんも講談社のウェブ「現代ビジネス」で「相模原障害者殺傷事件が僕たちに突きつけたもの」という連載を続けている。第7回は、私と森さんの対話形式で相模原裁判を振り返っている(結構長い記事だ)。 

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75529?imp=0

舞台「拝啓、衆議院議長様」より(Pカンパニー提供)
舞台「拝啓、衆議院議長様」より(Pカンパニー提供)

 9月17~21日には池袋の劇場シアターグリーンでPカンパニーの『拝啓、衆議院議長様』という舞台が上演される。植松聖死刑囚の弁護を引き受けた弁護士が葛藤を抱えるという話で、昨年2月に上演された時は全公演が満席という超人気。私もトークのゲストに登壇した。今回はコロナ禍対策を講じながらで大変だと思うが、これも見ごたえある芝居だ。

http://p-company.la.coocan.jp/p31.html

 裁判で死刑判決が出た後、相模原事件についての本も何冊も出版された。私が編集・執筆した『パンドラの箱は閉じられたのか』(創出版)もよく読まれているが、『週刊文春』9月3日号がこの本について1ページ大の大きな書評を掲載した。書いたのはノンフィクションライターの河合香織さんだ。そもそも河合さんの大宅賞・新潮ドキュメント賞受賞作の『選べなかった命』自体が、相模原事件とつながるテーマを描いたものだ。この書評もなかなかいい。今は文春オンラインに公開されているので、ぜひ読んでほしい。

https://bunshun.jp/articles/-/39899

文春オンライン上の書評(筆者撮影)
文春オンライン上の書評(筆者撮影)

 さて、2016年の事件発生以来、相模原事件についてほぼ毎号のように取り上げてきた月刊『創』(つくる)も、9月8日発売の10月号で衝撃的な座談会を掲載している。「津久井やまゆり園と運営法人支援の実態と殺傷事件の背景」というタイトルで、参加者は『こんな夜更けにバナナかよ』作者の渡辺一史さん、事件の検証を行う神奈川県の特別部会のメンバーである野澤和弘さん、やまゆり園元利用者家族の平野泰史さん、元神奈川県職員の松尾悦行さん、事件についての調査研究を行っている愛媛大学教授の鈴木靜さんらだ。

 植松死刑囚は障害者支援に従事しながらいったい何を体験してあのような障害者観に至ったのか。そのテーマに踏み込んだ座談会だが、相当斬り込んだ内容だ。障害者支援に関わり、相模原事件に関心を持っている方にはぜひ読んでほしい。

 座談会は冒頭から、野沢さんのこういう発言で始まる。

《黒岩知事から諮問を受けた検証委員会の目的は、まずは事件とは切り離して、やまゆり園の支援の実態を検証すること、そして県の関与について明らかにすることの2点でした。ですから、植松に直接どう影響を及ぼしたかという視点で検証したわけではないのです。

 とはいえ、事件発生時、私は毎日新聞の論説委員をしていましたが、社説やコラムなどで一貫して書いてきたのは「真の被害者は誰か」ということです。通常、幼稚園や保育園で同じことが起これば、まず施設側の管理責任や監督責任が問われるはずです。ところが、障害者施設だとそうならないのは、まず利用者がものを言えないから。そして家族会もまた、本心をどこまで言えているのかという問題があります。

 私にも知的障害のある息子がいますから、家族の立場は非常によくわかります。その上で、植松が職員として働いていた職場から何らかの影響を受けていると考えるのが自然だろうと個人的には思うんですね。

 検証委員会での調査自体は、やまゆり園側から提供された膨大な書類(フェイスシートやアセスメントシート、個別支援計画書など利用者に関する資料、課会議・主任会議などの会議録など)を県職員とわれわれ検証委員がチェックするきわめて表面的な調査にすぎません。にもかかわらず、想像を超えるような身体拘束の実態が出てきた。理由らしい理由がないまま、長期間「見守り困難」などと書かれて施錠した部屋に閉じ込められている。園の方は反論もあるでしょうが、園が作成した記録上はそうなっているということです。

 実際に現場を見た方からも断片的にですが、お話を聞いたり写真を見せていただきましたが、施錠された居室にはポータブルトイレが置いてあったり、中にはバケツだけ置いて、そこで糞尿をさせていたというんです。ただ、植松が実際に勤務していたホームではありません。

 これは類推の域は出ませんが、彼自身が裁判で語った「人として扱っていないと思った」という証言と、やまゆり園側の記録の一部は重なると思いました。》

 相模原事件は、戦後タブーとされてきた多くの問題を引きずり出し、まさにパンドラの箱を開けてしまったのだが、その問題の深刻さゆえに、マスコミ報道も極めて慎重に一歩一歩進んできたという印象が強い。この事件には、まだまだ解明されていない問題がたくさん横たわったままだ。そこにどこまで斬り込んでいけるか、この社会がまさに問われているといえる。

『創』10月号の詳しい内容は下記を参照されたい。  

http://www.tsukuru.co.jp/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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