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黒川前検事長と賭け麻雀した朝日・産経記者3人が匿名で、取材をめぐる議論もなされないのはおかしい

篠田博之月刊『創』編集長
『週刊文春』5月28日号の黒川賭け麻雀スクープ(筆者撮影)

賭け麻雀3人の記者の実名を報じた

  発売中の月刊『創』7月号でジャーナリストの浅野健一さんが「黒川検事長と記者の賭けマージャンはキシャクラブの産物だ」という記事を書き、その中で、黒川前検事長と賭け麻雀した朝日・産経記者3人の実名を明らかにしている。掲載誌を朝日・産経の広報と当事者である記者3人に送った。抗議も含めて彼らが何か言ってきたらそれをきっかけに議論したいと思う。

 というのも、この件、報道に携わる者にとって難しいけれど大事な問題を提起しているのに、ジャーナリズム界でもきちんとした議論がなされていないからだ。この間、市民が黒川前検事長を告発するケースが幾つか出ているのだが、一緒に記者3人も告発の対象になっていたりしている。「密着か癒着か」という問題を含めて、今回の問題は、きちんと議論する必要があるし、市民に対してももう少し説明すべきだと思う。

 多くの論者が言っているように、取材というのは、権力側が発表した情報を書いているだけではだめで、相手の懐に入る必要がある。懐に入りながらなおかつ「癒着」にならないように、どう距離を保つかというのが、難しいけれど大事な事柄だ。

池上彰さん「他社の記者にも人ごとでない」

 この問題については、この間、いろいろな人が論評しているが、幾つか紹介しよう。

 まず朝日新聞連載の「新聞ななめ読み」でこの問題を取り上げた池上彰さんだ。5月29日の紙面だが、当該記者のいる朝日新聞でこれを正面から取り上げるのが池上さんらしい。

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14493362.html

〔池上彰の新聞ななめ読み〕黒川氏との賭けマージャン 密着と癒着の線引きは

 ぜひ全文を読んでほしいが、少し引用しておこう。

 《このニュースを知ったとき、私の頭の中にはいくつもの感情が渦巻きました。(略)

 黒川検事長という時の人に、ここまで食い込んでいる記者がいることには感服してしまう。自分が現役の記者時代、とてもこんな取材はできなかったなあ。》

 《でも、いくら何でも賭けマージャンはまずいだろう。しかも、「週刊文春」にすっぱ抜かれたのだから間抜けなことだ。なんで新聞社が、こういう記事を書けないんだ……。》

 《取材相手に密着しなければ、情報は得られない。でも、記者として癒着はいけない。この言葉を肝に銘じて……と言うと優等生のようですが、密着することができなかった自分の能力不足を棚に上げて、「癒着はダメだから」と自分をだましていたようにも思えてしまいます。》

 《賭けマージャンをしていることを知りながら、なぜ報じなかったのか。こういう疑問が出るのは当然のことです。読者から、そう聞かれたら何と答えるのか。他社の記者たちにとっても人ごとではなく受け止めてほしい声です。》

 

東京新聞・望月衣塑子記者「3人には覚悟がなかった」

 続いて東京新聞の望月衣塑子記者。官房長官会見での攻防で知られ、昨年は映画のモデルにもなっている記者だが、ネットの記事でこの問題を取り上げている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/ce4f01f7d9d70d1e96f2593c60f1d1606afadcfd

【望月衣塑子の社会を見る】 黒川事件 賭け麻雀辞任で「本質」に幕引きでいいのか

 関連部分を引用しよう。

《同業者として賭けマージャン「事件」はすこぶる残念だった。彼ら3人のうち2人は、かつて私が司法クラブに在籍した頃からの顔見知りで、優秀な人物であるのは確かだ。でも同情はしない。

「検察の公正らしさ」を担保するため、権力による捜査機関への恣意的な関与を監視するため、同僚や後輩は連日、ネットでの抗議の動きや検察OBの反発について報じてきた。ところが、産経記者の1人は、定年延長を巡って各社が批判記事を書いていた最中に、閣議決定を追認するような記事を書いていた。今回の不祥事で「報道の公正らしさ」は棄損されてしまった。

 相手の懐にまで深く入り込む取材は、時にスクープや深い解説記事を書くためには必要な行為だ。だが、筆が鈍るようではただのなれ合いだ。記者が権力側と付き合う理由について、たとえば、首相との食事会に出席する各社の政治部のお偉方は「オンレコでは聞けない、本音を引き出すため」と説明する。嘘ではないが、政府が黒川氏を「余人を持って代えがたい」というのと同じで建前でしかない。(略)

 なぜ、私たち記者が、懐にまで入り込む必要があるのか。権力の内側に潜む問題を、内部をよく知る記者として世に出すためだ。だから心が通じた相手を、最終的には斬らなければならないこともある。その覚悟がこの3人にはなかった。信頼を失ったのは検察や政府だけではない。私たちメディアはもう一度、ジャーナリズムの意義を問い直す必要がある。》

東京新聞・田原特報部長「黒川氏辞職と『癒着』記者」

 東京新聞では、特報部の田原牧部長も6月11日特報面「編集局南端日誌」で、この記者3人の取材について書いていた。見出しは「黒川氏辞職と『癒着』記者 忍者であることの業」だ。

「記者の本質というのは忍者である」という故・伊藤正孝『朝日ジャーナル』元編集長の言葉を引きつつ、こんなふうに書いていた。

《個人的には黒川氏よりも、同氏と一括りで世論から袋だたきにされた同業者たちに重いが傾いた。》

《事件記者を突き動かすのはなかば本能だ。接近しがたい権力者を懐柔し、情報を得ようとするのに狙いは二の次だ。》

《「密着ではなく、癒着」という非難も耳にした。たしかにミイラ取りがミイラになる危険は常に伴う。それでも記者らは「癒着」を装うことも辞さず、検察ナンバー2という大物から検察や政権という権力の暗部をのぞきこもうとしたのかもしれない。》

 この後、田原部長は、記者たちを「脇が甘すぎた」と批判するのだが、タイトル「忍者であることの業」がなかなか深い。

朝日新聞と産経新聞の対応

 朝日新聞も産経新聞も当然、会社側は当該記者に詳しい事情聴取をしたはずだ。そのうえで会社としての対処をしたわけだが、2社の対応について、『創』7月号で浅野さんがこう書いている。

《産経新聞は5月22日の1面に載せた社内調査の結果とおわびの記事で、黒川氏を「特定の取材対象者」と仮名にして、記者2人が数年前から月数回、賭けマージャンを続け、緊急事態宣言発令後も5回程度行われたと書いた。また黒川検事長を送迎する際、同乗したハイヤーの車内で主に取材を行っており、実際に取材メモなどが確認されたとした。

「報道に必要な情報を入手するため、取材源に肉薄することは記者の重要な活動」と指摘した上で、「記事化した以上のことは取材源秘匿の原則から公開していません」などと主張した。産経がこの機に及んで、「取材源に肉薄する」必要性を謳うのは、愚直で痛ましい。

 朝日新聞は22日付朝刊1面で、「本社社員も認める」という見出しで、「聞き取り調査の結果、社員が、緊急事態宣言が出た後の4、5月に計4回、金銭を賭けてマージャンをしたことを認めた」と報じた。また、岡本順執行役員広報担当の「不適切な行動 おわびします」と題した、「取材活動ではない、個人的な行動ではありますが、さらに調査を尽くし、社内規定に照らして適切に対応します。また、その結果を今後の社員教育に生かしてまいります」とのコメントを載せた。

 また、26面に調査結果を掲載し「社員は司法担当記者だった2000年ごろ、黒川氏と取材を通じて知り合った。17年から編集部門を離れ、翌年から管理職を務めていた。黒川氏の定年延長、検察庁法改正案など、一連の問題の取材・報道には全く関わっていない」などと書いた。》

 浅野さんはそうした2社の対応について、それぞれの広報に質問事項を送り、その回答も記事の中で紹介している。

 それぞれの記者がどういう意図のもとに黒川前検事長とどういう関わりをしてきたかというのは、読者にとっても関心のある事柄だろうから、本当はもっと情報を開示して、読者や市民に説明すべきだと思う。大手紙の記者が権力側の要人とどういう距離をとってどういう報道を行っているかというのは、市民に開示する責任ある事柄ではないかと思う。

 相模原事件や京都アニメーション事件で被害者が匿名となったことに対して、新聞・テレビは実名報道の重要さを強調してきた。でもその一方で自身に関わることでは記者を匿名にするというのでは、市民の信頼感は得られないだろう。

 この問題、終わったわけではないので、朝日と産経が、そして3人の記者が、今後、黒川取材をどう考えてどうやってきたのか、開示して市民的議論を行ってほしいと思う。

黒川スキャンダルの背景はもう少し深い気がする

 ついでながら黒川問題は、当人が賭け麻雀スキャンダルで辞任したことで幕引きが行われてしまった感もあるが、大事な問題が残されたままだ。そもそも『週刊文春』5月28日号のスクープがあまりにタイミングが良いため、官邸の検察人事介入に危機感を持った検察内部から黒川前検事長のスキャンダルが流出したのではないかという見方もあった。

 そもそも検察は、マスコミに情報をリークして「風を吹かせる」という手法はお手のものだ。『週刊文春』もスクープのネタ元をいろいろ詮索されているのを気にしてか、スクープの翌週号でわざわざ取材経緯を明らかにした。そもそもネタ元が産経関係者だと誌面で書いていたのだが、6月4日号では、そもそも2月頃から取材を続けていたといった取材経過の一端を明らかにしている。ただ前号のスクープ記事での説明とニュアンスが少し違う気がして、私は余計気になった。一連の黒川問題、舞台裏はまだ明らかになっていない事柄がいろいろあるような気がする。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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