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「鬼滅の刃」「ドラえもん」「五等分の花嫁」…相次ぐマンガ大ヒットの要因を探る

篠田博之月刊『創』編集長
ドラえもん50周年のポスターなど(小学館提供)

 新型コロナウイルスはマンガ・アニメ界にも大きな影響を及ぼしている。3~4月は春休みと新学期開始にあわせて映画「ドラえもん」と「名探偵コナン」が劇場公開され、毎年盛り上がる時期だ。2020年は特に「ドラえもん」連載開始50周年にあたり、小学館は前年末から大キャンペーンを展開していた。それが新型コロナの影響でそれらの映画が次々と公開延期になっている。さらに集英社社内に感染者が出たとあって、4月20日発売予定の『週刊少年ジャンプ』21号が発売延期で27日発売号が21・22合併号になる。「鬼滅の刃」のコミックス第20巻も発売延期となった。まさに異例づくめだ。

 書店でも大型チェーン店が「緊急事態宣言」を受けて休業に入るなど、もともと不況に苦しんでいた出版界・書店業界はかなりの打撃を受ける恐れがある。

 ただ一方で、改めてコンテンツの力を示したのがこの1年ほどのマンガの相次ぐ大ヒットだ。このコンテンツの力がある限り、出版や表現をめぐる市場は必ず活性化できると思わせるような事例が、相次いでいる。例えば「鬼滅の刃」など、紙の書籍で久々に昨年初版100万部突破を達成、2020年に入ってからも最新刊は初版150万部という驚異の伸びを見せている。

 この1年ほどマンガの世界で話題になった『週刊少年ジャンプ』連載の「鬼滅の刃」の大ブレイク、小学館の「ドラえもん」50周年キャンペーン、また講談社の「五等分の花嫁」の大ヒットという3つの事例をベースに、マンガ界の現状を探ってみたい。

 4月7日発売の月刊『創』(つくる)5・6月号の特集は恒例の「マンガ市場の変貌」だが、その中からごく一部をまとめたものだ。特集全体は、マンガのデジタル化やテレビアニメの現状など多岐にわたるテーマをとりあげている。ちなみに、この記事の冒頭に掲げたドラえもん50周年のポスターなどは、その『創』マンガ特集の表紙に使ったものだ。

2019年から大ブレイクの集英社「鬼滅の刃」

 『週刊少年ジャンプ』連載の「鬼滅の刃」は、一時ほとんどの書店のマンガコーナーで、欠本の巻を知らせる張り紙が表示されていた。売れ足が速いために供給が追い付かないのだ。集英社の販売担当者は、連日、書店からの注文の電話にお詫びの言葉を述べている状況だという。不況が進む出版界では、いまどきめったに聞かない話で、これは出版業界全体で大きな話題になった。

 「鬼滅の刃」はいわゆるダークファンタジーと言われる作品で、大正時代を舞台に、家族を殺害した「鬼」と呼ばれる敵と、鬼になってしまった妹を人間に戻すために主人公が戦うという物語だ。

 もともと人気のある連載だったが、2019年初め頃はコミックスの初版が20万部ほどだったのが、12月4日発売の第18巻は初版100万部。1年のうちに5倍になったわけだ。さらに2020年2月4日発売の第19巻は初版が150万部。そのブレイクの大きさが大きな注目を浴びている。

驚異的な大ヒット「鬼滅の刃」(筆者撮影)
驚異的な大ヒット「鬼滅の刃」(筆者撮影)

 ひとつのきっかけは2019年4月から10月にかけて放送されたアニメだった。クオリティの高さで話題になり、読者が一気に拡大した。ただ、この作品の特徴は、アニメの放送が終わっても、勢いが衰えるどころか逆に加速していることだ。

 10月以降、アニメ放送が終わっても、紅白歌合戦でアニメ主題歌が取り上げられたり、ネットでアニメの一挙配信がなされたり、テレビでタレントがこの作品についてコメントしたりと、話題が拡散するたびに売れ行きが加速していった。大きかったのは、ネットフリックスに配信されたり、いろんなプラットフォームで何度でも見られるという視聴環境ができたことだ。視聴環境が整っていまや新しいアニメの見られ方ができた。それが爆発的な拡散をもたらしたと言われる。

 重版は毎月どころか、月に何回もかかることがあるという。しかも「鬼滅の刃」の特徴的なことは、1巻から19巻まで全巻、絶えず重版がかかっていることだ。話題になったのを聞いて、1巻から全巻読みたいという人が多いのだ。

 次の第20巻は発売予定が新型コロナの影響で延期になったが、初版がどのくらいになるのか注目される。しかも今年には劇場アニメも公開予定だ。コロナウイルスの影響は気になるが、「鬼滅の刃」人気はまだまだ拡大しそうだ。コミックスが売れても、連載が載っている雑誌の伸びにはつながらないというのが通説だが、『週刊少年ジャンプ』は2月の第2週売りの号が前年同期の部数を上回った。その号には「鬼滅の刃」のしおりが挟みこまれたのだが、さすがにこれだけ人気が高まると雑誌にも跳ね返るのだといえよう。

小学館「ドラえもん」50周年キャンペーン好調

 出版界でもうひとつ注目されているのは小学館が中心となって展開している「ドラえもん50周年」キャンペーンだ。ちょうどこの3月(正確に言えば2月末から)、小学館発行の約50の雑誌の表紙にドラえもんが登場した。ドラえもんの雑誌連載が始まって2020年は50周年。「ドラえもん50周年表紙ジャック」と題されたこのキャンペーンは、マンガ雑誌だけでなく『女性セブン』など主要50誌で次々と展開された。

 例えば女性月刊誌『Oggi』4月号の表紙には、映画「ドラえもん のび太の新恐竜」でゲスト声優を務める木村拓哉さんがドラえもんとともに登場。記事中でも特集が組まれている。また『CanCam』4月号でも表紙にドラえもんが登場するほか、過去の“泣ける”5作品を収録した別冊コミックスが付録につけられた。そんなふうに50周年ということで50誌で、「表紙ジャック」が大々的に展開された。

 毎年3月にドラえもんの劇場アニメ映画が公開され、小学館では新学期に向けてムックや学習まんがを刊行し、「ドラえもんフェア」を行ってきた。2020年は3月6日に映画『のび太の新恐竜』が公開されるはずだったが、コロナウイルスの影響で8月に延びてしまった。夏にもう1本、「STAND BY ME ドラえもん」の公開が予定されていたのだが、こちらは冬に公開が延期された。ただ小学館としては、ドラえもん50周年キャンペーンを予定通り実施していくようだ。小学館マーケティング局コミックSP室兼第二児童学習局ドラえもんルーム主任の今本統人さんがこう語る。

 「映画公開の延期は残念なのですが、ファンの方たちの思いがその分、書店店頭に向いているという感じですね。映画のノベライズも非常によく売れています。今、コミックと児童書を含めたドラえもん関連書籍のフェアを全国の書店さんで展開しているのですが、店頭でもかなり壮観で、軒並み売れ行きは好調です。

紀伊国屋書店グランフロント大阪店のドラえもんフェア(小学館提供。展示は既に終了)
紀伊国屋書店グランフロント大阪店のドラえもんフェア(小学館提供。展示は既に終了)

 そのフェアのコーナーでドラえもんの『なんてことないシールくじ引き』を行っているのですが、これがネットで大きな話題になっています。関連書籍を買えばくじが引けるのですが、シールは12種類あります。それを全種類揃えるのはなかなか難しいので、ネットでシールの交換を呼び掛けている人もいます。

 私たちもフェアをやってみてわかりましたが、ドラえもんというとアニメを見て育った人が多くて、マンガを読んだことがない人が予想外にいるんですね。20代の方で、フェアを機にドラえもんのマンガを初めて読んだという方も結構います。こういった機会をつくることであらゆる世代に、この機会にマンガを読んでいただきたいと思っています」

大ヒットした「ドラえもん」0巻(筆者撮影)
大ヒットした「ドラえもん」0巻(筆者撮影)

 ドラえもん50周年キャンペーンは既に2019年12月から始まっている。まず11月末に刊行されたのが、「ドラえもん」のシリーズである「てんとう虫コミックス」の0巻だ。 初版は10万部だったが、発売前に二度の重版がかかった。もちろんそれにあわせて既刊の1~45巻も重版がかかっている。0巻は順調に版を重ね、既に9刷60万部に達している。その0巻と並んで、『はじめてのドラえもん』という絵本も発売されたし、学習マンガや、映画のノベライズやジュニア文庫など関連書籍もたくさん出版された。てんとう虫コミックス自体が、0巻の大ヒットを受けて既刊本がかなり売れている。第1巻は既に251刷、累計432万部を超えたという。

 今本統人さんがこう補足する。

「0巻を購入しているのは、長くドラえもんのファンだった40~50代の方が半分くらいを占めており、この世代は紙の本になじんできた人たちです。若い世代ではマンガをデジタルで読む人も増えていますが、『ドラえもん』は他の作品に比べ、圧倒的に紙の本が読まれています」

 「100年ドラえもん」という、てんとう虫コミックスの愛蔵版刊行も動いており、この3月から予約が開始された。布張りの特別な紙を使った上製本だが、全巻で7万円という金額だ。刊行は12月の予定だという。

 「既にドラえもんは50年を経て3世代に読まれているのですが、これをさらに3世代4世代と100年にわたって読んでいただこうという企画です」

連載終了後も勢い止まらぬ講談社「五等分の花嫁」

 講談社でこの1年ほど注目されているのは『週刊少年マガジン』連載の「五等分の花嫁」だ。2017年からで連載された作品だが、五つ子の女子高生とその家庭教師を務める男子高校生のラブコメだ。可愛い女の子が5人も出てくるという設定だからネットやアニメとの親和性が高いのだろう。2019年1月からTBSの深夜枠でアニメが放送されると、コミックスが各巻40万部ほど重版がかかる大ヒットとなった。

連載終了後も人気は続く「五等分の花嫁」(筆者撮影)
連載終了後も人気は続く「五等分の花嫁」(筆者撮影)

 講談社販売局第三・第四事業販売部の高島祐一郎部長がこう語る。

「映像化の効果もあり、年間で350万部くらいの重版がかかりました。新刊も含めた年間の売り上げ数は『進撃の巨人』を上回ると思います。さらにヒロイン5人のキャラクターブックがそれぞれ出ているのですが、それも各巻20万部と非常によく売れています。昨年は『五等分の花嫁』展も開催され、関連グッズもよく売れていますね」

 第1巻の初版部数は4万部だったのが今や累計66万部。今年1月に発売された第13巻は初版50万部で、累計54万部に達している。昨年、放送されたテレビアニメを講談社がYou Tubeでやっている「ボンボンTV」で再放送した際の反響もとても大きかったという。

 ただし、『週刊少年マガジン』の連載は既に今年2月に最終回を迎えている。コミックスも4月に刊行される第14巻が最終巻となる。

「まだ勢いがある作品なので終了は残念ですが、最終巻の14巻と同日発売でフルカラー版の第1巻を刊行する予定です。コミックスは450円でしたが、フルカラー版は700円で、順次、全巻刊行していきます。この作品へのニーズはまだ強いし高い。アニメの第2期もこれから放送がありますし、いろいろな押し出し方を工夫して話題が尽きないようにしたい。まだまだ伸びるタイトルだと思っています」(高島部長)

 雑誌連載は2月19日発売の『週刊少年マガジン』が最終話となったのだが、もちろんこの号は、「五等分の花嫁」が表紙を飾り、ファンたちの間では結末がどうなるのか、発売前からネットで大きな話題になった。

 「この号は本当によく売れました。書店によっては完売になったようです」

『転生したらスライムだった件』など「異世界もの」ブームも続く

 講談社では『月刊少年シリウス』連載の『転生したらスライムだった件』と『はたらく細胞』が2018年のアニメ化をきっかけに爆発的に売れたことは既に知られている。

 「2年前のような爆発的な動きではないですが、『転生したらスライムだった件』は今でも最新刊の初版で45万部以上をキープしています。『はたらく細胞』は雑誌連載が休止中で新刊は出てないのですが、スピンオフなどの関連作品も含めて既刊の本はよく売れています。

『月刊少年シリウス』の作品群は、安定した売り上げを確保しつつ、次のステージに上がったという感じです。コミックスで初版10万部くらいの作品がほかにも出てきています。例えば『人形の国』は第5巻が初版8万部です。

 そのほかヒットといえば『ヒプノシスマイク』です。もともとキングレコードの男性声優18人によるラップソングプロジェクトですが、講談社では『月刊少年シリウス』と『少年マガジンエッジ』で連載しています。2019年2月の組織改編でシリウス・ラノベ編集部がシリウス・ラノベ・エッジ編集部に拡大したのですが、今後も小説とコミック、それにアニメを含めたメディアミクスで大きなヒットを出していこうという取り組みです」(高島部長)

 マンガ、アニメ、映画、小説など様々なメディアを連動させてコンテンツの力を高めていくという方法が業界に定着したことも、このところマンガのヒットが相次いでいる大きな要因だ。この勢いはどこまで続くのだろうか。

※『創』5・6月号マンガ特集の内容は下記を参照いただきたい。

http://www.tsukuru.co.jp/gekkan/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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