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テレビが大きく取り上げた相模原事件・植松聖被告が描いたマンガについて考える

篠田博之月刊『創』編集長
フジテレビ「ノンストップ!」が取り上げた植松被告のマンガ(筆者撮影)

事件の本質はほとんど解明されていない 

 2020年3月16日に相模原障害者殺傷事件の判決がくだされる。結審後に、裁判員が2人も辞任するという、最後まで波乱の裁判だった。植松被告は、死刑判決でも控訴しないと言明しているから、これで刑が確定し、相模原事件は幕を降ろされてしまう可能性もある。

 ただ、被告の責任能力の議論に終始し、事件の本質はほとんど解明されていないという声も多い。背景にある障害者差別の問題や、障害者施設のあり方、植松被告が現場で何を見てあのような考えに至ったのかといった問題は、審理の俎上にも上がらなかったような気がしてならない。

 3月10日付朝日新聞で、れいわ新選組の木村英子議員がこう語っていた。

《裁判で被告は「意思疎通のとれない人は社会の迷惑」「重度障害者がお金と時間を奪っている」などと語った》

 彼の言葉は心の傷に触れるので集中して公判を見ることができませんでした。施設にいたころの気持ちに戻っていくのです。

 同じような意味のことを施設の職員に言われ続けました。生きているだけでありがたいと思えとか社会に出ても意味はないとか。殺されていたのは私かもしれないという恐怖が今も私を苦しめます。》

 自らが施設にいた時に、植松被告と同じような意味のことを言われ続けたというのだ。だから、この事件を植松被告という特定の人間の問題として個人を処罰するだけで終わらせてしまってはいけない。事件が投げかけた問題を、これからもっと掘り下げ、社会的議論を深めなくてはいけない。

 でも現実は、この事件はかなりの勢いで風化しつつある。裁判の間は新聞やテレビが報道したので一定の関心を呼んだが、刑が確定して報道がなくなると、もう事件は過去の出来事として片付けられてしまう怖れがある。

「ノンストップ」が取り上げたマンガ(筆者撮影)
「ノンストップ」が取り上げたマンガ(筆者撮影)

 さて裁判が続いている間に、「ミヤネ屋」「グッディ!」「ノンストップ!」などいろいろな番組の取材を受けたが、いずれも私が植松被告から受け取り、単行本『開けられたパンドラの箱』に収録した、彼のマンガを大きく取り上げていた。テレビなので絵がほしい、ということも、もちろんあるだろう。ただこの「ヒューマンウォッチ」と題されたマンガは、植松被告の考えを集大成したものでもあり、改めて考えてみる必要はあるように思う。

植松被告は約半年かけてマンガを描きあげた 

 上記書籍で30ページにもわたるストーリーマンガだが、もともと獄中ノートに描かれたものはもう少し長い。最初に植松被告から『創』にマンガを掲載したいという申し出があったのは、2017年秋のことだった。彼は相当力を入れて描いており、何度も描きなおしがなされ、完成までに約半年を費やしている。

 私が植松被告に接見をするようになったのは2017年8月だから、マンガを受け取った時点で彼の話は相当聞いていたが、それを読んで事件に対する印象がいささか変わった。それまで彼との議論は、障害者差別に関わることや、彼の言う安楽死について交わされてきたのだが、

マンガに描かれていたのは、もう少し引いた立ち位置から見た彼の考えの背景にあるようなものだったからだ。

 例えば、植松被告は2016年7月の犯行直後にツイッターに自撮りした写真をアップしているのだが、そこには「世界が平和になりますように」と書かれていた。あれだけ凄惨な事件を起こして「世界が平和に」というのは悪い冗談だ。多くの人がそう感じたに違いない。

植松被告が犯行直後にアップしたツイッター
植松被告が犯行直後にアップしたツイッター

 ただその後、少しずつわかってきたのは、植松被告にとってはそれはブラックジョークではなく、彼の頭の中では犯行とそれがつながっているらしいということだった。

 植松被告は2017年8月に『新日本秩序』と題する獄中ノートを送ってきていた。今回の裁判でそれが、事件前から彼が少しずつまとめていった植松被告の考えの集大成であることが明らかになったのだが、そこでも「戦争反対」が唱えられていた。

 

植松聖被告のマンガ(「開けられたパンドラの箱」より)
植松聖被告のマンガ(「開けられたパンドラの箱」より)

 それらをつなぐ表現は、マンガでは例えばここに示すコマで描かれている。怪物のようなものが人間を見て、「内戦や紛争」「自殺と殺人」「人口増加と環境破壊」などと口にし、「人間に生まれなくてよかったー」とつぶやく。

植松被告のマンガ
植松被告のマンガ

 それに対して人間の格好をしたものが、暴力的に襲いかかるという展開だ。

マンガでも暴力が行使される
マンガでも暴力が行使される

人類の滅亡に対して自分が救世主に

 今回の裁判でわかったのは、植松被告は、このままでは人類社会は滅びるといった終末思想のようなものに捉われ、最終的に自分が救世主となって革命を起こすという想念に捉われていたということだ。その主観的な「世直し」の中心にあったのが、心失者と彼が呼んだ存在を安楽死させるという考えだった。

 その社会改造を2016年2月に、植松被告は安倍首相に訴えようとして厳しい警備に阻まれ、3日通って衆院議長公邸に届けることになる。しかし、それに対する国からの回答は、植松被告を精神病院に措置入院させるということだった。彼はそこで「自分一人で決行する」と具体的に犯行を決意するに至る。

 当時の彼を勇気づけたのは、テレビで映されているトランプ大統領候補だった。最初は差別主義でとんでもないと社会の大多数から拒否されたように見えながら、それを突破して大統領にのぼりつめたトランプを植松被告は、今回の裁判でもおおいに称揚した。

 ざっとまとめると、裁判で浮き彫りになった植松被告の犯行に至る内心的プロセスはそういうことだが、マンガはどうやら自分のそういう思いをまとめようとしたものらしい。

獄中ノートに書かれた「新日本秩序」(筆者撮影)
獄中ノートに書かれた「新日本秩序」(筆者撮影)

 獄中ノートにまとめられた『新日本秩序』と、ここで紹介したマンガは、事件を解明する資料としてさらに分析を続けようと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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