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「再審法改正をめざす市民の会」結成は、再審をめぐる大きな一歩になる可能性がある

篠田博之月刊『創』編集長
集会で発言する袴田事件弁護団長の西嶋勝彦弁護士(筆者撮影)

 2019年5月20日夕方、議員会館で「再審法改正をめざす市民の会」結成集会が開催された。150人近い参加者で会場がいっぱいになったが、重要なことは、この会をめぐってどんな人たちが集まったか、だろう。

[※注 その後、この会のウェブサイトが立ち上げられた。ぜひご覧いただきたい]

https://retrial-law.wixsite.com/mysite

 東住吉事件の冤罪被害者・青木恵子さんや、同じく布川事件の桜井昌司さん、袴田事件の袴田秀子さんら冤罪事件の当事者や家族、それに元裁判官の木谷明弁護士、大崎事件再審弁護団の鴨志田祐美弁護士、元日弁連会長の宇都宮健児弁護士などの法曹関係者、村井敏邦・一橋大名誉教授、笹倉香奈・甲南大学教授ら学者、映画「それでもボクはやってない」で知られる周防正行監督、国民救援会などでこれまで冤罪被害者支援の運動を担ってきた人たち、それに今井恭平さんや私などジャーナリズムの立場から冤罪事件に関わってきた顔ぶれだ。

 ビデオメッセージでは厚労省郵便不正事件の村木厚子さんも会結成に賛同を表明したし、福島みずほ議員がメッセージを配布したほか、袴田事件に関わってきた自民党の鈴木貴子議員(鈴木宗男さんの娘さん)や、共産党の仁比聡平議員なども参加して発言した。

袴田事件の再審を訴える袴田秀子さん(筆者撮影。以下同)
袴田事件の再審を訴える袴田秀子さん(筆者撮影。以下同)

 これまで冤罪事件や再審問題に関わってきた各分野の様々な人たちが大同団結して、再審をめぐる現状の法的制度を変えようと動き始めたのが、この会の結成だ。この後、国会議員に働きかけて超党派の議員連盟設立を促し、遠くない時期に法改正を国会に提出するのが目標だ。この10月の日弁連大会でも再審をめぐる法改正が問題提起される予定で、この動きは今後広がっていく可能性が大きいのだが、その第一歩がこの結成集会だった。発言者からは、2019年を「再審元年」にしようという呼びかけも行われた。

 会の共同代表は以下の7人(肩書については既述の人は略)。

青木恵子、伊賀カズミ(関西冤罪事件連絡会代表/国民救援会副会長)、宇都宮健児、木谷明、桜井昌司、周防正行、村井敏邦

 事務局長はこれまで東電OL殺害事件のゴビンダさんを支援してきた客野美喜子・なくせ冤罪!市民評議会代表が務めている。

東住吉冤罪事件・青木恵子さん
東住吉冤罪事件・青木恵子さん

 5月20日は1975年にいわゆる「白鳥決定」が出された日だ。その決定で、再審についても「疑わしきは被告人の利益に」という原則が適用されることになり、その後80年代に入って死刑4事件の再審無罪決定が出される動きにつながった。

 私が最初に再審事件に関わったのはその4事件のひとつ「松山事件」で、1970年代に、息子・斎藤幸夫さんを死刑台から生還させるために半生を捧げた斎藤ヒデさんが一人暮らししていた東北の片田舎を訪ね、自宅に泊まり込んで話を聞いたことをよく覚えている。

 幸夫さんは再審が開かれて1984年に無実となるのだが、私はヒデさんだけでなく東京に住んでいた幸夫さんの兄夫婦ともおつきあいをし、もちろん生還した幸夫さんにも何度も話を聞いた。ヒデさんは、ちょうど今、袴田事件の秀子さんが再審のために奮闘しているのとイメージがぴたりと重なる存在だった。辛く長い雪冤の闘いを、いつも明るい笑顔で語るところもそっくりで、集会で再審をめぐる歴史的経緯が語られるのを聞きながら、昔のことを思い出した。

布川事件の冤罪被害者・桜井昌司さん
布川事件の冤罪被害者・桜井昌司さん

 袴田事件についても、2014年3月27日、静岡地裁での再審開始決定を受けて袴田巌さんが釈放され、同年4月14日に弁護士会館で行われた日弁連の集会に姿を見せた時の感動と興奮はいまだに忘れられない。拘禁症の影響で内容は意味不明なのだが、巌さんが高揚したかのように発言、会場から割れんばかりの拍手と歓声があがった。

 もうその時点で袴田さんの無実は誰の目にも明らかと思われたのだが、周知のとおり、検察側の即時抗告が行われ、袴田さんの再審はいまだに開かれていない。あるいは同じく再審をめぐる闘いが続いている名張毒ぶどう酒事件なども、どう見ても冤罪であることは明らかなのに紆余曲折を経て、いまだに再審が開かれていない。奥西勝死刑囚は2015年に無念の獄死を遂げるという痛ましい事態を迎えた。

 こうした理不尽な事例にみられるような検察側の不服申し立てをやめさせ、検察側が持っている証拠を開示させるなど、再審をめぐる法改正をめざそうというのが「再審法改正をめざす市民の会」の目標だ。この何年か、再審開始が相次ぎ、冤罪事件が次々と明るみに出るという流れのなかで、起こるべくして起きた動きだ。

映画監督の周防正行さん
映画監督の周防正行さん

 結成集会では、笹倉教授からアメリカでのイノセンス・プロジェクトなど海外での取り組みも紹介され、DNA鑑定をめぐる科学技術の進歩を背景に、再審の動きが国際的に広がっていることも紹介された。日本でもDNA鑑定技術の進歩によって、足利事件やゴビンダ事件など多くの冤罪事件で再審開始がなされている。

 結成集会の内容自体が極めて充実していたのだが、再審をめぐってこういう具体的な動きが始まったことは大きな意味を持っていると言える。

 会場には、三鷹事件再審弁護団の高見澤昭治弁護士も来ていた。私は住んでいるのが三鷹市で、かつて地元で起きた事件ということで三鷹事件の集会には毎回足を運んでいる。この事件も間もなく裁判所の決定が出されるのではないかと言われている。松川・三鷹・下山事件と続く戦後の時期の事件だけに、竹内景助元死刑囚の死後再審が認められれば大きな社会的話題になることは間違いない。

 ジャーナリストの江川紹子さんも取材のために会場を訪れていた。彼女は「自分は報道する側として関わりたいから」と運営委員になってほしいとの申し出を保留しているのだが、私から改めて「運営委員になってほしい」と声をかけた。また高見澤弁護士もぜひこの会に加わってほしいと思っている。

 集会後の打ち上げには、そのほかの冤罪事件関係者も顔を見せ、おおいに盛り上がった。月刊『創』(つくる)で何度もレポートを掲載している今市事件の勝又拓哉被告のお母さんに初めてお目にかかれたのも感激だった。

 共同代表である木谷弁護士は打ち上げに参加できず残念だと言っていたが、翌日早くから北海道で起きた恵庭OL殺人事件の再審請求の仕事があるからだという。木谷さんが同事件の再審請求に関わっていることを私は知らなかったのだが、この事件も『創』でぜひ取り上げたいと思っているものだ。元被告の女性からは以前、拘置所から手紙をもらったりしていたのだが、北海道に出かける余裕がなかなかなくて、取り組みができていないことを残念に思ってきた。

 布川事件の桜井さんとのおつきあいももう長いし、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚の再審請求についてはヤフーニュースでも何度も記事を書いてきた。これまで再審事件との接点は少なくなかったのだが、この会の運営委員になったこともきっかけにして、今後も取り組んでみようと考えている。

 この3年ほど取り組んでいる相模原障害者殺傷事件や、最近二度にわたって『創』に山田浩二死刑囚の手記を掲載した寝屋川中学生殺害事件など、関わっている事件も多いので忙しいのだが、再審の法改正をめぐる今回の取り組みは、極めて重要だ。

 「再審法改正をめざす市民の会」は入会金1000円を払えば誰でも会員になれるし、「市民の会」という名称のように、一部の専門家や関係者だけでなく、多くの市民に参加してもらって運動を広げていくのが目標だ。ぜひ参加してほしいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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