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国会提出のアイヌ新法をめぐる小林よしのり・香山リカ両氏の激しい論争の中身

篠田博之月刊『創』編集長
激論を交わす香山リカさんと小林よしのりさん

 今の国会にアイヌ新法が提出されるとあって、アイヌをめぐる様々な論争が再燃している。アイヌ新法はアイヌを「先住民族」として初めて明記するというのだが、これに賛成反対両方の意見があるほか、今年に入って再びアイヌへのヘイトデモとそれに対するカウンターの行動も起きており、大きな論争になりつつある。ただこの論争、もともとわかりにくいこともあって、一般の関心はいまひとつだ。ここでは月刊『創』でも行われてきた漫画家の小林よしのりさんと精神科医の香山リカさんの論争を紹介しながら、何が問題になっているのか紹介しておきたい。

小林さんが『SPA!』の「ゴーマニズム宣言」で批判

 小林さんが『SPA!』の「ゴーマニズム宣言」で「デマ拡散は最悪の罪なり」と題してこの問題を取り上げたのは1月15・22日号だった。きっかけになったのはライターの古谷経衡さんが「現代ビジネス」に11月29日に書いた「『特権デマ』は他のマイノリティへ」だった。小林さんは、そこに書かれた自身についての記述がデマだと批判、その記事を立憲民主党の公式ツイッターが拡散したとして強く抗議した。かつその中で『創』で香山さんと対談した時のことを取りあげ、香山さんを批判した。

 続いて『SPA!』2月5日号「ゴーマニズム宣言」で「シュマリと表現の自由」、2月12・19日号で「アイヌ民族に関する新法案?」と題して連続してこの問題を取り上げた。

 それに対して香山さんは、2月7日発売の『創』3月号の連載コラム「『こころの時代』解体新書」で「アイヌ新法の国会提出と雑音」と題して反論した。

 香山さんの反論は、ヤフーニュース雑誌に全文公開した。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190211-00010000-tsukuru-soci

アイヌ新法の国会提出と雑音(香山リカ)

 この論争については、2015年に小林さんと香山さんが直接対面して激しく議論した内容をまとめた冊子『対決対談!「アイヌ論争」とヘイトスピーチ』(創出版刊。本体価格500円)を読んでいただくのが一番よいと思う。資料も含めて、この問題についての論点をわかりやすくまとめたものだ。

 ここでは、その冊子の中から第1章の一部を紹介しよう。こうした論争で当事者が直接顔を合わせて議論するというケースはあまり多くないのだが、これは異例のケースで、対談現場は、まさに火花が散るといった状況だった。私が前書きに書いた解説の一部を紹介するとこうだ。

《それぞれいまや保守派とリベラル派の代表的論客とされているおふたりだが、一対一で対決するのはこれが初めてのことだ。

 こうして文字にしてしまうと互いに冷静に議論しているように見えるが、実際には、途中で声が大きくなったり、一方が席を立ちかねない緊迫した場面が何度もあった。そもそも対談開始早々、香山さんが「今日は小林さんの主張を撤回してもらいたいと思って来ました。そうしていただかないと私は帰れません」と、いきなりの宣戦布告。対談予定時間は当初2時間だったが、議論は尽きず、双方とも「このままでは帰れない」と、結局、3時間以上にわたる激論となった。》

 その激しいバトルを収録した冊子の「第1章 「アイヌ民族はいない」のか?」から引用しよう。

「アイヌ民族はいない」のか?

《香山 小林さんはブログで「『アイヌは出て行け』とか『アイヌは死ね』とか、差別しているわけではない」、そして「既得権益バッシングでもない」ということをおっしゃっていますね。差別意識はないという上で「アイヌ民族はいない」と言っています。

 しかし厄介なのは、ご存知のように2014年8月11日に札幌の金子快之市議(当時)がツイッターでこうつぶやいた。

「アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人が良いところですが、利権を行使しまくっているこの不合理。納税者に説明できません」

 それに対して質問も殺到したのですが、金子市議はその後「アイヌは自己申告制ですからね」「私も選挙に落ちたら、○○○になろうかな」など(○○○とはアイヌのことですよね)、先の発言を撤回するどころか、むしろさらにエスカレートさせました。

 差別的発言だとして市議会からは辞職勧告がありましたが、その後も自ら辞職はしませんでした。同時に彼を応援するということで北海道議会の小野寺まさる議員(当時)も「アイヌが先住民族かどうかは非常に疑念がある。グレーのまま政策が進んでいることに危機感を持っている」と発言しています。

 今非常に問題なのは、ツイッターなどでアイヌに関するいろんな言葉が飛び交っているのですが、その中には明らかなデマ、たとえば「アイヌは利権を得るためになりすましている」といった話までがあちこちで語られています。》

《2014年11月には、ヘイトスピーチデモがアイヌにも矛先を向けた。アイヌを自認する人に対してもツイッターで「お前もなりすましているんだろう」とか「おいしい思いしやがって」「税金泥棒」「帰れ」といった言葉が投げつけられています。ヘイトスピーチがアイヌに対しても攻撃を拡大している。そういった人たちが拠り所にしているのが、小林さんなんです。

 小林 なんでわしが(笑)。

 香山 ご本人にそのつもりはなくても、いわゆる小林チルドレン、小林グランドチルドレンといったような人たちがあふれ返っています。「従軍慰安婦」や在日朝鮮人などの問題と同じように、日本の誇りを傷つけている原因がここにあるんじゃないか、あるいは特権を享受して不正を働いている、その資格もない人までがなりすましているといったような特権妄想ですね。そうした排外主義の対象がアイヌになっているといった印象です。

 そうした現状を鑑みると、私としては小林さんには、「アイヌは民族である」そして「先住民族である」ということを認めていただかない限り、今日は帰れません。

 小林 ムチャクチャなこと言うなあ(笑)。

 香山 私は今日、それを認めていただくために来ました。そうしないとこの騒動は収まらない。

 小林 どういう話の回路なわけ?(笑)

 香山 逆に聞きたいのですが、なぜアイヌが民族であると問題なのですか?

 もちろん日本国民であるという前提で、なおかつアイヌ民族であり、先住民族であるということで、何の不都合があるのでしょうか?

 小林 わしも元々はアイヌ民族っているかと思ってたのよ。で、アイヌ協会(元ウタリ協会。2009年に名称変更)にインタビューの依頼をしたのよ。「誇りあるアイヌ」っていうタイトルにするつもりだから話を聞かせてくれと。

 香山 小林さんがアイヌに関心をもったきっかけは、2008年の「アイヌ民族を先住民族とすることを求める国会決議」ですよね。

 小林 それよりもっと前に、中曽根康弘が「日本は単一民族だ」と発言して、非難を受けて発言を撤回させられている。だから多民族国家なのかなあと思っていた。

 アイヌだという人たちがいるんだったらその生活を見ておくべきだし、知っておかなければならないと、わしは思ったのよ。それでアイヌ協会に取材を依頼したんだけど……。

『わしズム』『日本のタブー』で描いたアイヌ

 香山 ちょっと確認したいのですが、『わしズム』や『日本のタブー』によると、国会決議を受けて、「これは特権が発生するのでは」と思って北海道に行ったと書かれているのですが。

 小林 そういう順番で書いてた?

 香山 そうですよ。国会で満場一致で議決された。そこで「特権が発生するのだろうか」と疑問をもって調べるようになり、北海道に行った、となっています。

 小林 漫画は取材の後に書いているからそう書いたのかもしれないけれど、最初の時点では特権のことなんてわからなかったよね。でも、国会決議をさせるということは、「(アイヌ民族は)いる」と言うことによって、それなりのお金が出されるわけでしょ? 何かの予算をつけるという話になるんだろうな、と。

 香山 「いる」というか、これは「先住民族である」ということを認めたわけですけどね。それはさておき、国会決議に対して、どちらかというと否定的に疑問を持たれたということですね?

 小林 それは思うね。

 香山 どうしてそう思われたんですか?

 小林 国会議員が、アイヌっているのかいないのか、知ってるはずがない。明確にそれを論理で説明できる人間がいるわけがない。だから偽善だということはわかった。

 香山 でも国会決議の前年に、国連で「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が出されましたよね。だから国会議員も何も知らないわけではないと思いますが、でも小林さんとしては、ちょっとにおったわけですね?

 小林 におったね。何かおかしい、偽善っぽいなと思った。ただ、それでもアイヌ民族がいるならば「誇りあるアイヌ」として、国民の中で容認していく方法を考えようと思って、アイヌ協会に取材を依頼したんだけど。で、事前に向こうから渡されたテキストも読んで「さあ」という時に、向こうから断ってきたんですよ。「小林よしのりに対する不信のため」という理由で、取材を受けないと。

 香山 私はアイヌ協会の回し者でも何でもないですが、ひとつ私が思うのは、『ゴーマニズム宣言』や『戦争論』などを出された小林さんが、もし私が勤めている精神科の病院に取材に来たいとおっしゃったとしますよね。

 そしたら、ちょっと私は警戒すると思うんです。今度は何か精神病に関する不正があるとか書こうとしているんじゃないかな、とか。小林さんだけでなく、これまでも先住民族のことを熱心に研究されてきた方も一緒に来るということであれば、「まあどうぞ」となったかもしれないですが。

 小林 アイヌ協会というのは公的な機関でしょ。わしに対して何か疑問があったとしても、わしを説得しなきゃだめなんじゃないの?

 香山 もちろん取材を受けた方が良かったとは思うけれど、小林さんを警戒した、及び腰になった気持ちは、わからなくもないです。

 小林 だったらもう、わしがどのような発言をしようと、後で抗議して潰すということもできないよね。あるいは本を出した時点でも、反論はできたはずだよね。

 香山 それは自分も反省しています。今こうやって言うんだったらその時に反論していればって。

 小林 だからね、経緯をまとめるとこういうこと。わしのスタッフの時浦君は北海道出身だけど「アイヌの人に会ったことがあるか」と訊いたら全然ないという。会ったこともない、見たこともない、何も知らないのに、国会決議までされている。これは何なんだ、だったらわしが北海道に行って取材しよう、その結果を漫画に描こうとなるわけだよね。ところが先方が取材を拒否したために「これはヤバいことがあるのか」と、当然こっちも猜疑心がわいてしまう。

 で、実際に北海道に行った。アイヌの血が混じっているという人にも会った。でも実際には、誰もアイヌ語はしゃべれない。アイヌ語でものを考えているわけでもない。親のどちらかがアイヌ系であるというだけ。それも、ハーフやクオーターどころではない。もっと血は薄まっていると。

 まあそれはそうだよな。アイヌの絶対数が少ないんだから、アイヌという民族が純血で保てるわけがない。和人との混血を重ねていけば、もう何百分の一しかアイヌの血は残らない。それでもアイヌ民族だと言い張る。これは一体何なんだろうと思ったわけですよ。アイヌ民族っていうのは何なんだろうと。「ない」と結論せざるをえない。

「民族とは何か」というそもそもの問題

 香山 経緯はわかりましたが、これはそもそも、「民族とはなにか」という話になっていくと思うんです。

 小林 うん、そうだね。

 香山 小林さんは民族というものを、ご著書に描かれているような、髭をたくわえて昔ながらの真正さとでも言うのかな、昔から変わらぬ姿でずっと暮らしている、すごく確立された共同体で、言葉もアイヌ語だけというようなものだけを民族と定義されていると思うのですが。

 小林 わしはそもそも民族主義というものが嫌いなのね。それを言い始めたら「わしは熊襲じゃない?」とか「いや、隼人じゃない?」「朝鮮系かもしれない」とかキリがない。でもそれは今、全部和人に包摂されているわけでしょ? 何で括るかといったら「国民」しかないのよ。それなのに「自分は和人ではない、アイヌ民族だ」と言うからには、何をもってそう言うのか? もはや姿も違う、風習も違う、アイヌ語もしゃべれないのに。

 香山 佐藤知己氏の論文「アイヌ語の現状と復興」には、「アイヌ語話者の正確な人数を知ることは極めて困難である」とあります。なぜ出てこないかというと、差別されるから隠している方が多いんです。》

 論争はこの後も続くのだが割愛しよう。この問題をめぐっては国会でも論戦が始まると思うので、ぜひ『対決対談!「アイヌ論争」とヘイトスピーチ』を読んでいただきたい。アイヌに対する民族差別の問題、あるいはそもそも「民族」とは何なのかという論争が、小林さんと香山さんという、今の日本の言論界で代表的な論客によって激しく議論されているものだ。

http://www.tsukuru.co.jp/books/2015/06/kayama-kobayashi.html

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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