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2018年最後の接見で相模原障害者殺傷事件・植松聖被告が語ったこと

篠田博之月刊『創』編集長
植松聖被告が獄中で描いた書画(筆者撮影)

 拘置所の年末の接見は12月28日までだった。その日の朝、横浜に相模原障害者殺傷事件・植松聖被告を訪ね、今年最後の接見を行った。

 このところ植松被告からは、これまでのイラストに加えて書画や小説まで送られてくるようになった。春から秋口まで精神鑑定のために立川拘置所にいたのだが、戻ってみるとなぜか横浜拘置支所で色鉛筆が使えるようになっていたという。

 「ボールペンの種類も太さに応じて増えていました」

 そう語る植松被告は、今、観音像を描いているという。

 この記事の冒頭に掲げたのは、植松被告がこの秋に描いた書画だ。

 作家の辺見庸さんが相模原事件にヒントを得て書いたという小説『月』(角川書店)が先頃出版されたが、読んだかと訊くと、もう読んだという。

 感想を尋ねるとこう答えた。

「施設の実態がよく描かれていると思いました」

 あくまでも小説なので現実と違う、といった答えを予期していた私は少し驚いた。

辺見庸さんの小説を植松被告は読んでいた(筆者撮影)
辺見庸さんの小説を植松被告は読んでいた(筆者撮影)

 続けて公開中の映画『こんな夜更けにバナナかよ』の原作者・渡辺一史さんが最近出版した『なぜ人と人は支え合うのか 「障害」から考える』(ちくまプリマ―新書)を読んだかと訊いた。こちらはまだ読んでないという返事だった。同書は障害者に向き合ってきた渡辺さんが書き下ろした本で、相模原事件についても当然ながら多くの紙幅をさいている。

渡辺一史さんの最新刊と映画の原作(筆者差撮影)
渡辺一史さんの最新刊と映画の原作(筆者差撮影)

 ちなみに映画『こんな夜更けにバナナかよ』の同名の原作は、渡辺さんが2003年に出版して大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した作品だ。実は映画は2年前に公開される予定だったが、そこに相模原事件が起きたため、公開延期になっていたらしい。

 その原作者である渡辺さんとは、12月上旬にお会いした。私が編集した相模原事件についての本『開けられたパンドラの箱』を読んで、ぜひお会いしたいと言ってきたのだった。その時の話で、渡辺さんは植松被告とも話してみたいと言っていたので、「私から言っておきますので、まず著書と手紙を送ってみては」とアドバイスした。

 だから28日に接見した時、植松被告のもとにその本が届いてもう読んでいるかと思ったのだが、まだだったらしい。まあ確かに植松被告とやり取りするとなったら、どうアプローチすべきか少し考える時間は必要だろう。

 その渡辺さんの最新刊の中では『開けられたパンドラの箱』からの引用も多く、同書についてこう紹介されている。

《この『開けられたパンドラの箱』という本は、編集者の篠田博之氏(月刊『創』編集部)が、植松被告との手紙のやりとりや、被告の手記やマンガなどを1冊にまとめたものですが、植松被告の主張を本にすること自体が、社会に存在する偏見や差別意識を増幅することにつながると、出版の是非を含めて議論を巻き起こしました。

しかし、読んでみると、ただ単に植松被告の主張を羅列した本ではなく、本書にも登場する最首悟さんや、第5章で紹介する海老原宏美さん へのインタビューのほか、精神科医や篠田氏自身の解説・反論も加えながら、事件の真相や本質を考えようとする上できわめて重要な本となっています。》

 『開けられたパンドラの箱』はきちんと読んでくれれば、この渡辺さんのように理解できるはずなのだが、そもそも本が世に出ていない発売1カ月も前に、それが「植松聖著」というような本であるかのように誤解した人たちが出版差し止めを求め、それを一部のマスコミがそのまま報道する(一部と言ってもNHKが含まれるので影響は大きかったが)ということから起きた騒動だった。

 相模原事件は、障害者差別を背景にしているばかりか、犯行を行った植松被告自身も精神障害の疑いで二度にわたる精神鑑定を受けているという、極めて複雑で深刻な事件だ。マスコミの報道が少なくなって事件が風化の一途をたどっていることが残念でならないのだが、ここへ来て、辺見さんや渡辺さんのような出版、あるいはドキュメンタリー映画や演劇などの様々な形で、この事件について考えようという試みが広がっている。

 小説もそうだが、映画や演劇にしても、この事件とどう向き合うかというのは、それを表現する主体の側にも重たいものを突きつけてくる。

 演劇については、Pカンパニーの手によって2019年2月6~11日に池袋のシアターグリーンで『拝啓、衆議院議長様』というタイトルで上演され、私も初日の舞台トークに登壇する予定だ。

http://p-company.la.coocan.jp/performance25.html

 公開中の映画『こんな夜更けにバナナかよ』は、障害者の重たい現実を笑いとペーソスを交えて物語にしたものだが、深刻なテーマをこんなふうに一般の人が楽しめるエンタテイメント作品にし、世に問うという制作者の意思に共感した。映画を観た人はぜひ、原作も読み、渡辺さんの最新刊も読んでほしいと思う。

http://bananakayo.jp/

 私はと言えば、植松被告の言う「意思を持たない心失者」という概念に対して、いったい障害者の意思とはどう考えるべきなのか、いやそもそも人間の意思とはどう考えるべきなのか、という問題を年明けから考えていきたいと思っている。そのために、渡辺さんや障害者の問題に関わってきた多くの人と議論し、それを誌面化していきたいと考えている。

 植松被告は1月20日に29歳の誕生日を迎える。裁判は早くても2019年春、もしかするとさらに延びるかもしれないという。いったいこの難しい事件を司法はどのくらい解明できるのだろうか。

 

 なお、この年末は、「平成を振り返る」といった企画に新聞・テレビが取り組んだおかげで、私がかつて12年間も深くかかわった埼玉連続幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚について考える機会が多かった。これについても記事を書いたので、あわせてお読みいただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20181229-00109495/

平成の終りに改めて報じられる宮崎勤元死刑囚から私に届いた300通以上の手紙

 

 

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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