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『君の名は。』以降のアニメブームで注目される東宝映像事業部とこの夏の第2弾とは?

篠田博之月刊『創』編集長
2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会

昨年の日本映画界は『君の名は。』が興収250億円という映画史に残る大ヒットを遂げたことで活況を呈したが、今年の夏にも東宝で同じ枠組みの劇場アニメが公開される。8月18日公開の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』だ。

劇場アニメブームが牽引しているという映画界の現状については、発売中の月刊『創』7月号「映画界の徹底研究」で詳しく報告しているが、この東宝のアニメをめぐる新たな取り組みについて、その中から少し紹介しよう。なおここで紹介する東宝の現状についてはヤフーニュース雑誌に「アニメが牽引する映画界をめぐる変容」という『創』の記事をそのまま公開している。詳しく知りたい方は下記にアクセスしてそちらをご覧いただきたい。ここに紹介するのはそのエッセンスだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170619-00010000-tsukuru-soci

まず『君の名は。』で東宝が取り組んだ枠組みとはどんなものだったのか。以前も紹介した東宝の市川南取締役の話を紹介しよう。

「『君の名は。』の新海誠監督の前作『言の葉の庭』は公開館数も少なく、興収1億5000万でしたが、東宝の映画企画部の川村元気プロデューサーが企画に合流し、『次はもうちょっと大きくやりましょう。10倍は行かせないと』 『じゃあ、15億を目指そうか』と話していたんです。それまで関わっていた映像事業部だけでなく、公開規模の大きい作品を手掛ける映画営業部が配給を担当しました」

それが実際には10倍どころか100倍を超える250億の興収だったわけだ。

東宝では従来から、『ドラえもん』や『名探偵コナン』のようなファミリー向けアニメと別に、いわゆるアニメファン向けの作品を数多く手がけてきたのだが、こちらは主に映像事業部が担ってきた。映像事業部はアニメ以外の実写映画も担当するが、概ね公開規模が150館以下、いわゆる単館系の映画が同部署、というのが一般的なイメージだった。新海監督のアニメも前作は興収が1億5000万円で、従来の感覚だとアニメファン向けの作品ということになるのだが、『君の名は。』の場合は、もっと大きな枠組みで勝負できるものにしようと考えて公開館数も一気に増やしたわけだ。それが成功の一要因になったわけだが、実は、それはまさに劇場アニメの現状を反映した動きでもあった。

以前ならコアなファンだけを想定していた劇場アニメに今やそうでない観客が訪れるようになりつつある。『君の名は。』の大ヒットはまさにそういう傾向を象徴したものだった。東宝以外の配給作品で昨年ヒットした『この世界の片隅に』は、それまで劇場アニメなど観たこともなかったような年配の観客が映画館に足を運んだことで爆発的な観客動員になった。つまり劇場アニメはいまや、かつてのファン向けのものというイメージを大きく変えつつあり、東宝もそれにあわせて新たな枠組みを作ろうとしているわけだ。

そして、昨年成功した枠組みと同じ形で第2弾をとなったのが、この夏公開の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』だ。

市川南取締役がこう語る。

「8月には岩井俊二監督のかつてのテレビドラマ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』をアニメ化した作品が公開されるのですが、これは昨年の『君の名は。』に続く東宝のオリジナル長編アニメーションの第2弾なんです。アニメの制作はシャフトで、総監督は『魔法少女まどか☆マギカ』などで知られる新房昭之さんですが、東宝の川村元気がプロデューサーを務め、映像事業部が製作に関わるという体制も『君の名は。』と同じです」

もちろんアニメのテイストはかなり異なるから単純に『君の名は。』と比較はできないのだが、東宝としては劇場アニメブームを追い風に、新たな体制を作り上げていこうという試みのようだ。

注目されている東宝の映像事業部とは?

そこで、今アニメ界で注目されている東宝の映像事業部について取り上げておきたい。メディアミックスをこまめに展開するなどして収益を上げているのがこの部署だが、このやり方は今の映画界を象徴するものといえそうな気がするからだ。

映像事業部はもともとDVDの販売や映画のパンフレットやグッズ販売など二次利用を中心に行ってきた部署だが、近年業務が拡大の一途をたどっている。昨年度は過去最高の62億円の利益を上げているが、今年も『君の名は。』のビデオ販売など期待が持たれている。古澤佳寛・映像企画室長に話を聞いた。

「映像事業部は営業を行う映像戦略室と企画・製作・宣伝を行う映像企画室とに分かれるのですが、今スタッフが90人以上。東宝として一番大きな部になっています。企画や宣伝など東宝のいろいろな部門が、小さな規模で映像事業部の中に備わっているという独特な部署です。

その中で映像企画室は現状で45人。昨年より5~6人増えていますが、仕事が増えているため、現状でも人手不足です」

元々の業務だった二次利用に加えて、いま映像事業部はどんな業務を行っているのか。

「まずアニメーションの企画製作。“TOHOアニメーション”というレーベルですが、現在、テレビアニメーションで製作しているものは、『僕のヒーローアカデミア』、『サクラクエスト』、『リトルウィッチアカデミア』などですね。テレビ東京で放送され、映画や舞台と連動している『弱虫ペダル』にも関わっています」

アニメの製作や配給・配信を行ってきた映像事業部には10人近くのプロデューサーがいる。『君の名は。』については、新海誠監督の前作を配給宣伝した縁で映像事業部が企画から関わることになったのだが、川村元気プロデューサーはこの映像事業部にも副属する形で『君の名は。』のプロデューサーを担った。

もともとアニメについては、例えばこの春公開のフジテレビ製作『夜は短し歩けよ乙女』のように、公開館数が150館以下のものが多く、配給には主に映像事業部が関わってきた。ただ、このところのアニメブームの中で同作品も興収5億円と健闘。映像事業部のアニメ事業も拡大していく可能性がある。

この映像事業部の業務で今年何といっても大きなものは、『ゴジラ』の初めてのアニメーション映画『GODZILLA‐怪獣惑星‐』の製作・配給だ。

「『ゴジラ』は2014年にハリウッド映画が公開され、2019年、20年にも予定されているのですが、さらなるブランド強化の為に、2014年に東宝にゴジラ戦略会議(通称ゴジコン)が作られました。いろいろな部署からメンバーが集まっているのですが、その設立以前から企画されていたのが昨年公開された『シン・ゴジラ』です。今回初めてのアニメーションを製作することになったわけですが、この企画もゴジラ戦略会議設立以前から動いていました」(同)

アニメーション映画『GODZILLA‐怪獣惑星‐』は3部作で、今年11月に第1部が公開される。昨年の『シン・ゴジラ』の大ヒットを考えれば大規模公開になるのかと思いきや、公開規模は『シン・ゴジラ』より抑えられる予定だという。

大規模公開で大きな興収を狙うだけでなく、適正なアニメーションのマーケットを見極めて中小規模配給も行うとともに、舞台との連動やライブビューイングなどメディアミックスによってきめ細かい展開を図るのも映画をめぐる最近の流れだ。その後者の流れを象徴しているのが東宝の映像事業部と言えるかもしれない。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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