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デジタルコミックスが近々紙のコミックスを凌駕するという驚愕データの中身

篠田博之月刊『創』編集長

この話、なぜ新聞があまり報じないのか不思議なのだが、出版科学研究所が2月末に発行した「出版月報」にマンガ市場をめぐる驚くべき指摘が掲載されている。これについては発売中の月刊『創』5・6月号「マンガ・アニメ市場の変貌」の総論で書いたので、それを引用しよう。

《デジタルコミックが急成長していることはこの2~3年、指摘されてきたのだが、昨年顕著だったのは、紙の落ち込みを電子がカバーしたことによって、両方をあわせた販売金額がプラスに転じたことだ。

出版科学研究所のデータによると、2016年のコミック市場は、紙と電子をあわせて4454億円、前年比0・4%だった。紙だけをとってみると、コミックスは1947億円で前年比7・4%減、コミック誌は1016億円で12・9%減と、落ち込みは加速している。特にコミックスの7・4%減は過去最大の落ち幅だ。ところが電子のほうはコミックスが1460億円で27・1%増、コミック誌が31億円で55・0%増。電子を加えると加えると前年比プラスに転じるだけでなく、コミックスについては過去最大の伸びになるという。

雑誌の場合はまだデジタルの割合は小さいのだが、コミックスについてはデジタルの比率が急速に高くなっている。つまり既刊作品については紙のコミックスよりもデジタルで読む人が急激に増えているというわけだ。紙の既刊作品を読むために利用されていたコミック文庫はデジタルにとって代わられ壊滅的な落ち込みと言われる。》

そして続けてこう指摘した。

《出版科学研究所のデータは、さらに驚くべき予測を打ち立てている。現状のペースで行くと、来年には電子コミックスが紙のコミックスを上回り、1850億円前後で両者の売り上げが逆転する可能性があるというのだ。これはまさにマンガの歴史を大きく変えるものと言わざるをえない。》

デジタルコミックスが紙のコミックスを凌駕するというのはショッキングなニュースなのだが、ただこれはコミックス、つまりマンガの書籍についてのみだ。雑誌においてはまだデジタルの比率が小さく、あくまでも紙が中心だ。そしてもうひとつ、そもそもデジタルコミックスをめぐるデータは各出版社が公表していないので、あくまでもこうしたデータは推計だ。たぶんそうした事情があって新聞などがニュースとして取り上げなかったのだろう。

しかし、1990年代から毎年、『創』にマンガ特集を掲載してウォッチングをしてきた立場から言えば、コミックス市場でデジタルが紙を上回るというのは歴史的事件と言ってよい。大手3社ともマンガ雑誌はほとんど赤字で、コミックスのヒットでそれをカバーし利益を出しているという構造から考えても、そのコミックスでデジタルが紙が上回るというのは大きな意味を持つ出来事だ。

『創』のマンガ特集では、戦後の日本におけるマンガ市場を大きく3つの期に分けているのだが、まさにマンガは今、新しい時代へ突入しつつあると言える。再び『創』最新号から引用しよう。

《日本のマンガの歴史は戦後、1959年に『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』が創刊された時に大きな様変わりを遂げた。手塚治虫さんが作り上げたと言われるストーリー漫画の時代の幕開けだ。

そして次に大きな転機を迎えるのは、69年の『ビッグコミック』を端緒に70年代以降、青年誌市場が急成長を遂げた時だった。それまで子ども向けとされたマンガが大人向けの新たな市場を創出し、一気に拡大。80年代に日本マンガは黄金時代を迎えることになった。雑誌で利益を上げ、連載をまとめた単行本で再び利益を上げるという「一粒で二度おいしい」構造ゆえに、マンガは大手出版社のドル箱になったのだった。

ところが90年代半ばをピークに市場は一気に縮小していった。特にマンガ雑誌の落ち込みは深刻で、2005年には雑誌と書籍の販売金額が逆転する。その後、マンガ雑誌は赤字だが、書籍(コミックス)のヒットでそれをカバーするという構造が一般化したのだった。

ただコミックスも雑誌よりはましだとはいえ、売り上げはマイナスになっており、その間、マンガ市場は縮小の一途をたどっていると指摘されてきたのだった。

そうした構造的変化は、マンガの読まれ方が変わってきたことを意味していた。昔は雑誌で連載を読み、コミックスがまとまったら再び読むという読まれ方をしていたのが、この10年ほどはアニメやドラマでマンガ原作に触れ、それをきっかけにコミックスを読んでみるという読者が増えた。したがって作品が人気になっても、それが雑誌の売り上げにまでは跳ね返らないという構造が一般化した。

いまやマンガ雑誌はほとんど全て赤字となり、雑誌はマンガのコンテンツを作り出すための媒体となった。一方で、デジタルコミックが急伸長し、マンガをスマホで読む習慣が拡大していった。コンテンツを作り出すためなら印刷費や紙代のかかる雑誌である必要はないと、近年はデジタルで連載を行い、雑誌を経由せずに単行本になるマンガ作品も増えている。

週刊マンガ誌の登場を第1期とすれば、青年マンガ誌の登場による市場拡大が第2期。そして映像メディアやデジタル化がマンガの歴史の第3期といえるだろう。》

今年もこの3月、講談社、小学館、集英社の大手3社はもとより、『3月のライオン』で勢いのある白泉社や、『君の名は。』で大ブームとなったアニメについて、東宝やフジテレビ、テレビ東京などの責任者に話を聞いた。昨年来の劇場アニメのブームはこれまた大きな出来事だが、マンガのデジタル化やライツビジネスの拡大は目を見張るものがある。

例えば小学館のデジタルコミック「マンガワン」について、それを統括する第4コミック局の責任者である立川義剛さん(『ビッグコミックスピリッツ』元編集長として知られる人だ)に話を聞いたが、「マンガワン」は昨年、前年比200%という急伸長を遂げた。そしてここで気になるのだが、それはマンガ作品の力というだけでなく、アプリの課金システムといった、従来の紙のマンガでは想定しなかった要素に負う部分があるのではないか、ということだ。明らかにマンガは、新しい時代に入りつつあるのだ。

そのあたりをどう見るかについては、現在、白泉社の社長になっている元『週刊少年ジャンプ』の名物編集長・鳥嶋和彦さんにも話を聞いた。鳥嶋さんはもちろん集英社でもライツやデジタルの推進を行ってきた人だから、白泉社に移ってからも映像化によるライツビジネスに積極的に取り組むとことを提唱しているのだが、今回話を聞いて気になったのはこういう指摘だ。

「この機会にマンガ雑誌のあり方をもう一遍再定義してどうするかを考えなきゃいけないと思います。それがやっぱりどの出版社も出来ていない。マンガの作り方も、特に週刊誌がそうですけど、一話一話読ませる、ひいてはその雑誌を買わせる、という作り方がどこまで出来ているか。僕は今、ちばてつやさんやあだち充さんのかつての作品を読み返しているのですが、あの時代はマンガにエネルギーがありましたよね。確かに今は少子化とかデジタルどうのこうのという厳しい環境はあるのですが、でもそれは外部的要因に過ぎないのじゃないか。マンガが力を持っていた頃は雑誌の連載自体にライブ感、読者の反響があって作家がそれに引っ張られて描くといういい意味での双方向性があったと思います。言葉で言うのは簡単ですけどね。本当はもう一回その雑誌が必要なのかどうか問いかけて作り直す作業をやらなきゃいけないんじゃないか。今この厳しい時代に、そんなふうに壊しながら作り直すというのは相当難しいとは思いますけれどね」

作品の力といったことでは、ちがてつやさんやあだち充さんらの時代の方が高かったのではないのか、というのだ。でもそれは裏を返せば、今の時代は、従来の作品力だけでない要素が加わっているということでもある。講談社の『逃げるは恥だが役にたつ』がドラマのヒットで予想を超える重版がかかったことなど、作品の評価の物差しが変わってきつつある事例は枚挙に暇がない。

マンガ・アニメは今や、日本の文化を代表するコンテンツだ。そのコンテンツをめぐっていったい今、何が起きているのか。ぜひ『創』5・6月号「マンガ・アニメ市場の変貌」を読んいただきたいが、その特集の総論にあたる部分は、ヤフーニュース雑誌にて無料公開している。ぜひ読んでいただけたら幸いだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170410-00010000-tsukuru-soci

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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