きょう開かれた「朝まで生テレビ!」30周年の集いで語られた発言とは…

「朝まで生テレビ」30周年の集いで挨拶する田原総一朗さん

本日4月13日、「朝まで生テレビ!」30周年記念の集いが開催された。「朝生」はもちろん田原総一朗さんが司会を務める番組だが、プロデューサーを務めた日下雄一さん(故人)や、きょうも会場にいた吉成英夫チーフディレクターら多くのスタッフによって支えられてきた番組だ。日下さんや吉成さんは田原さんの意向を受けながらいろいろな人たちに出演交渉や企画の相談などを行っており、私も当時親しくしていた。何度か出演依頼を受けたこともあったが、月末の金曜というのは『創』の校了日といつもぶつかり、実際に出演したことはなかった(と思う)。『創』からは鈴木邦男さんや、香山リカさん、雨宮処凛さんなどがよく出演している。名物プロデューサーだった日下さんはがんに冒され2006年に他界。病院へ見舞に行ったことも覚えている。

30年というのは長い歳月だ(『創』ももう30年以上続いているが)。きょうも会場に「朝生」第一回放送の動画が流されたが、いやあ田原さんの若いこと。

田丸美寿々さんら歴代のキャスターも駆けつけた
田丸美寿々さんら歴代のキャスターも駆けつけた

「朝生」がスタートしたのは1987年だが、最初の何年かは、原発、部落差別、右翼、皇室など、タブーだったテーマに次々と挑んでいった。右翼をテーマにした時は、実際の右翼がスタジオに入り、しかも生放送でリベラル派として対峙した小田実さん(故人)らと顔を合わせてガンガンやりあうという、空前絶後の番組だった。部落差別のテーマも、当時はまだそのテーマ自体がタブーだった時代で、スタジオの緊張感が画面から伝わってくるような展開だった。「朝生」はある意味で、当時のテレビ界に大きな風穴をあけた画期的な番組だった。

日下プロデューサーが1989年に『創』に連載した手記を今読み返してみると、最初の2年間の全番組の視聴率とシェアが掲載されていた。深夜番組ゆえ、もちろん視聴率は1桁なのだが、シェアを見ると50%を超えたことが何度もある。まさにその時間帯を占有していたような勢いがあった。

「朝生」初期の頃のテーマと視聴率
「朝生」初期の頃のテーマと視聴率

きょうの30周年の集いでも田原さんら関係者によってエピソードもいろいろ語られた。番組を立ちあげる時は、予算がないので出演者には終電で来てもらって始発で帰ってもらうことにしたとか、きょうも田原さんが何度か語っていたが、最後は番組中に司会の田原さんが急に静かになったと思ったらいつの間にか死んでいたというのが理想だとか……。

田原さんの3日後の誕生日を祝ってケーキが…
田原さんの3日後の誕生日を祝ってケーキが…

集いの途中で、田原さんが4月15日に誕生日を迎えるとのことで、誕生ケーキが運ばれた。今年83歳だが、毎月一度徹夜の生討論を続けるのは並大抵のことではないだろう。

大島渚、野坂昭如の2人の名物論客の写真が
大島渚、野坂昭如の2人の名物論客の写真が

集いの途中で、「朝生」のシンボルだった大島渚さんと野坂昭如さんの写真が映されたが、大島さんが番組の途中で「バカヤロー」と怒鳴るシーンは名物だった。かつてはこの2人の論客を始め、そうそうたる顔ぶれがいたのだが、30年たって今はレギュラー出演者も様変わりした。

西部邁さんら懐かしい論客も
西部邁さんら懐かしい論客も
学生時代から「朝生」に出ていた辻元清美さん
学生時代から「朝生」に出ていた辻元清美さん
「朝生」デビューの人気論客・三浦瑠璃さん
「朝生」デビューの人気論客・三浦瑠璃さん

きょうも挨拶していた辻元清美さんなどは早大の学生だった頃から出演していたのだが、その後挨拶に立った、最近の「朝生」の顔でもある三浦瑠璃さんなど30代だ。つまり「朝生」がスタートした当時、まだ生まれてまもなかった世代が、今、番組に出演している。田原さんも年をとって当然と言える。

午後1時から始まって3時に終わった集いだが、最後に報道局長が挨拶に立ち、田原さんが生放送の途中に最期を迎えるといつもおっしゃっているが、番組の途中にそういうことになるというわけにはいかないと話した。まだまだ田原さんに長生きしてほしいという趣旨でそう言ったのかもしれないが、それを受けて田原さん本人が、いやあ今のプロデューサーなどからは、死ぬのなら番組の放送が終わってからにしてほしいと言われてますから、と言って会場が笑いに包まれた。

この間、井上ひさしさん、野坂昭如さん、永六輔さんら戦後の論客が次々と他界していく。

井上さんとは日本ペンクラブでよくお会いしたし、永さんは『創』に矢崎泰久さんと対談を連載していたために毎月お会いしていた。彼らに共通していたのは例えば戦争体験で、戦争にだけは反対するといつも口にしていた。そういう世代の論客が次々と亡くなっていく状況と、日本社会がおかしな方向へ向かい始めていることとは関係があるのは明らかだ。田原さんもそういう世代の一人でもあり、今この日本が岐路に立たされている状況の中でぜひ活躍を続けてほしいと思う。