服役中の「くまぇり」からの手紙に思わず目頭が熱くなった

くまぇりが『創』最新号で描いたマンガ

2006年の長野連続放火事件で懲役10年の刑に服している「くまぇり」から先日届いた手紙を読んで思わず目頭が熱くなった。封筒の中には手紙と一緒に数枚の写真が入っており、それを拡大複写して返送してほしいという依頼だった。写真は彼女がまだ小さかった頃、家族と一緒に撮ったもので、家族全員が幸せそうにしているスナップ写真だった。彼女はそれを壁に貼れるくらいの大きさにして、両親や姉妹に送るのだという。

彼女は間もなく満期を迎え出所予定なのだが、その帰るべき家庭がうまく行っておらずバラバラなのだという。そこで、家族が仲良く暮らしていた昔を思い起こしてほしいと、その写真を家族に送るというのだ。彼女の両親とは2007年の一審判決の時に会って話したこともあるが、この家族にとってもこの事件は大変なことだった。くまぇりはまだ当時20歳だったが、いじめや不登校など忌まわしい思い出のある出身中学校など、10カ所近くを放火し、それをブログで公開した。地元では大事件だったから、彼女が実刑判決を受けて服役した後も、家族は地元で針のむしろの状況が続いたはずだ。

刑務所に服役中の人間にとって、帰るべき家庭があるというのは本当に恵まれている境遇だ。私はそれなりの数の獄中者とつきあってきたが、親に勘当されたり、家族と没交渉になってしまうケースが少なくない。そういう服役囚も、もちろん出所して自由の身になることを一日千秋の思いで待ち焦がれるのだが、実際は、出所しても身寄りのない人の場合、大変な日々が待ち受けている。田代まさしさんが『審判』で書いたように「刑務所は地獄だった。しかし出た後もまた地獄だった」というわけだ。

ちなみに田代さんがその『審判』で書いていたのは、2007年に服役した時一番辛かったのは、妻からの離婚届を刑務所で受け取ったことだったという。絶望的な刑務所での生活で唯一の慰めは、昔、家族と過ごした楽しかった思い出だったが、2007年末、妻に依頼された一人の弁護士が刑務所を訪れ、離婚届を渡された。刑務官が気を使って、他の囚人が見ていない別室へ連れて行ってくれて、そこでハンコを押したという。田代さんの場合は、そうやって家族と別れた後、今は実の妹たちの支援が続いているから、これだって恵まれているというべきだろう。

薬物事件で言えば、私は女優・三田佳子さんの次男ともいまだに付き合いが続いているが、世間からあれだけバッシングを受けながら、息子をどんなことがあっても受け止めていくという態度をとった三田さんには敬意を表している。何度も挫折しながらも受け止めてくれる家族がいたことが次男にとって救いだったことは間違いない。

さて、大変だった10年近い服役を終え、第二の人生を送ろうとするくまぇりにとって、帰るべき家族がどういう状況かというのは、大きな問題だ。プライバシーに関わるので詳しくは書けないが、家族も今大変な状況にあるようで、くまぇりはそんな家族に昔の楽しかった時代を思い起こしてもらおうと、写真を送って訴えようというわけだ。そこに込めた彼女の切ない思いには、胸を打つものがある。

20代の全人生を刑務所で過ごすという現実の重たさに耐えて、くまぇりが服役中に更生をめざして示した努力はかなりのものだった。そうやってようやく自由を手にしようとしている人間にとって、帰るべき場所があるというのはわずかな救いだ。彼女の家族がこのブログを見ているかどうか知らないが、何とか彼女の思いが伝わることを祈りたい。

何度も書いているように、犯罪や事件は、テレビドラマや映画では犯人逮捕や判決をもって幕を閉じるのだが、加害及び被害当事者やその家族にとっては、現実の苦しみや辛さはその後も続いていく。くまぇりのように、もともと現実社会との折り合いがうまくつけられずに犯罪に走ってしまった者にとっては、出所によって自由は手に入れたとしても、その後も簡単でない状況が続くかもしれないのだ。

ちなみに『創』では昨年来、くまぇりのマンガによる連載を載せ続けている。関心ある人はぜひご覧になってほしい。本人も反響を気にしているので。

http://www.tsukuru.co.jp/