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『オクニョ』を生んだ“韓国時代劇の巨匠”が明かす韓流ドラマ業界の今

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
『オクニョ』制作会見でのイ・ビョンフン監督(写真提供=SPORTS KOREA)

一見すると、どこにでもいそうな初老の男性と思うかもしれない。だが、韓国では誰もがその名と顔を知っている。日本でも次のドラマのタイトルを聞けば、ピンと来る人も多いのではないだろうか。

『イ・サン』『トンイ』『馬医』。いずれもNHK総合テレビやNHK BSプレミアムで放映された韓国時代劇だ。今年4月までNHKで放映され、最近までテレビ東京系の『韓流プレミア』で絶賛放映されていた『オクニョ〜運命の女(ひと)〜』を手掛けたのもこの人物だ。

“韓国時代劇の巨匠”。韓国でも日本でもそう呼ばれている。イ・ビョンフン監督はこれまで数多くの韓国時代劇を手掛けてきたヒットメーカーなのだ。

「そもそも韓国人は大のドラマ好き」

そのイ・ビョンフン監督が12月9日にソウル東大門(トンデムン)デザインプラザで開催された『FNSプリビュー2019』のグローバル韓流フォーラムのステージに立った。

1944年生まれなので今年で75歳となるが、エネルギッシュで元気ハツラツだ。

『オクニョ』が韓国で放映されたのは2016年4月30日から2016年11月6日で、今から3年前になるが、主人公オクニョを演じたチン・セヨンら出演者たちとは今も連絡を取り合うという。

(参考記事:韓国時代劇『オクニョ』のその後。あの女優や俳優はどうしている?)

日本では時代劇ドラマ『不滅の恋人』がNHK総合テレビで放映中のチン・セヨンだが、韓国では12月から新たな時代劇『揀択(カンテク):女たちの戦い』に主演中。イ・ビョンフン監督はそれも視聴しているそうだが、そもそも韓国人は大のドラマ好きだという。

「韓国でテレビ放送が始まったのは1956年5月。スタジオもふたつしかなかったのに、6月にはドラマ制作が始まっています。

81年にはカラー放送も始まり、90年代になるとKBS(2局)、MBC、SBSの地上波4局体制が出来上がり、4局合計で1週間60篇ほどのドラマが作られるようなった。

最近は地上波4局に加え、JTBC、チャンネルA、TV朝鮮、毎日放送といった総合編成局4局やOCN、tvNといったケーブルチャンネルもドラマを制作し放映します。これほどまでドラマが作られている国は地球上には、ほかにないかもしれません」

直近5年間のヒット作とその特長

そう語りながら、イ・ビョンフン監督が紹介してくれたのが、直近5年間で大ヒットした代表的な韓国ドラマとその平均視聴率だ。

『ミセン(未生)』(2014年/tvN)8.2%、『応答せよ1988』(2015年/tvN)18.5%、『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』(2016年/tvN)20.5%、『太陽の末裔』(2016年/KBS)38.8%、『ミスター・サンシャイン』(2018年/tvN)18.19%。これら作品の特長を簡潔に紹介しながら、イ・ビョンフン監督は言った。

講演中のイ・ビョンフン監督(著者撮影)
講演中のイ・ビョンフン監督(著者撮影)

「『太陽の末裔』の視聴率が最も高いですが、地上波で放映された作品です。そのほかはすべてケーブルチャンネルであり、着実に平均視聴率を伸ばしている。ケーブルテレビでは視聴率が1〜2%を突破すれば大成功と言われる中で、10%を楽々と突破しているのです。

視聴率が良いから広告スポンサーも増えた。もともと韓国では地上波だと30分に1回、ケーブルテレビだと15分に1回の頻度でCMを差し込めることもあって、企業もケーブルテレビのドラマのスポンサードを好む傾向にあるんです」

そうしたこともあって地上波の収入も落ちているという。

韓国ドラマが抱える最近の問題

例えば韓国の公共放送KBSの場合、1998年には580億ウォン(約58億円)の赤字だったが、2019年は1000億ウォン(約100億円)に肉薄するのではないかとイ・ビョンフン監督は語る。

「もともと韓国ではドラマを作っても局はほとんど赤字でした。それでも視聴者が望むので地上波各局は身を粉にしてドラマを作ってきました。実際、『イ・サン』は全77話、『トンイ』は全60話、『馬医』は全50話、『オクニョ』は全51話です。

ですが、そういった長編ドラマを作れる体力がなくなりつつある。長編で企画されたのに視聴率も取れず広告収入も得られないとなると、テレビ局にとってドラマはリスクでしかない。

だから近年のトレンドは16〜24部作となっているのです」

16〜24部作であっても、1クール平均10回前後の日本に比べれば十分に多い。それに話数が少なくなったことで面白い現象も起きているという。

「韓国の地上波では警察モノや推理モノなどはあまり人気がなかったのですが、話数がコンパクトになってスピーディーな展開が大衆に受けているのかもしれません。

また、今年だと『熱血司祭』(SBS)が平均22.0%、『椿の花咲く頃』(KBS)が平均23.8%と地上波でもヒットが生まれました。ただ、この2作品は40話で、ヒットしても赤字です。

韓国ではドラマがヒットしても50〜80億ウォン(約5〜8億円)は赤字を覚悟しなければならない。

ドラマ関係者やテレビ局関係者たちの間でよく嘆くんですよ。“ドラマをやれば赤字だが、やらないわけにはいかない”と」

しかも、最近は視聴率競争や広告収入の落ち込み以外にも、強力なライバルが出現している。イ・ビョンフン監督も「ある意味、韓流ドラマは危機に直面している」と言った。その核心についてはまた改めて紹介したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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