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金メダリストに「常習的な性的暴行」の衝撃。韓国スポーツ界でパワハラが絶えないのはなぜか

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
シム・ソクヒ(写真:ロイター/アフロ)

昨年は女子レスリングや女子体操など、日本スポーツ界でパワハラや暴行事件が関心を集めていたが、韓国スポーツ界でも指導者による選手への暴行が波紋を広げている。

五輪金メダリストに性的暴行

事の発端は、ショートトラック韓国代表のシム・ソクヒの告発だった。

シム・ソクヒは2014年のソチ五輪で金1、銀1、銅1のメダルを獲得し、昨年の平昌五輪でも女子3000mリレーで金メダルを獲得。韓国のお家芸であるショートトラックの看板選手とされてきた。

そんなシム・ソクヒは今月8日、小学1年生の頃から指導を受けてきたチョ・ジェボム元コーチから常習的に性的暴行を受けてきたことを明かした。

(参考記事:コーチからの「常習的な性的暴行」に苦悶していた金メダリストの涙の訴え

シム・ソクヒの被害が明らかになるのは今回が初めてではない。

平昌五輪を目前に控えた昨年1月、韓国のナショナルトレーニングセンターである鎮川(チンチョン)選手村で、シム・ソクヒがチョ・ジェボム元コーチから激しい叱責や暴行を加えられたことが明らかになり、大問題になっていた。

チョ・ジェボム元コーチはこの事件によって永久除名処分となり、常習障害などの容疑で起訴された1審では懲役10カ月を宣告された。しかし、シム・ソクヒ側が刑量が足りないと判断して控訴し、現在は控訴審が進められている。

(参考記事:平昌五輪スピードスケート韓国代表選手を暴行した元コーチ“悪魔の正体”「小学1年生の頃から…」

シム・ソクヒはその控訴審の2次公判に証人として出席した際、叱責や暴言だけではなく、性的暴行を受けていた事実を明かしたのだ。

性的暴行は彼女が女子高生だった2014年の夏から平昌五輪の直前まで約4年間、国が管理する泰陵(テルン)選手村や鎮川選手村、韓国体育大学のスケート場などあらゆる場所で行われたという。

五輪金メダリストの告発は波紋を広げており、韓国最大手ポータルサイト『NAVER』のリアルタイム検索語ランキングでも「シム・ソクヒ」がトップに入っていた。

メディアでも続報が絶えず、「被害者は2人以上いる」という目撃者の証言なども関心を集めている。

昨年は韓国芸能界や政界で「#Me Too」運動が広がり、最近もアイドル的人気を集める現役女子高生チアリーダーのファン・ダゴンがネット民からの“セクハラ被害”を訴えていたが、今度はスケート界でセクハラ問題が波紋を広げている状況だ。

(参考記事:韓国の現役女子高生チアリーダー、ネット民からの“セクハラ被害”を訴え

女子バレーでもセクハラ騒動

ただ、シム・ソクヒの事件は氷山の一角に過ぎないというのが韓国メディアの見方だ。

実際、韓国スケート界ではこれまでも指導者によるパワハラやセクハラが相次いでいた。

筆者の記憶が正しければ、ショートトラック界で初めて被害が明らかになったのは2004年のこと。

2006年トリノ五輪金メダリストのピョン・チョンサら6人の選手がコーチ陣から日常的に暴行を加えられていると暴露したのだ。

その後も同様の告発は絶えず、2014年に起こった事件もショッキングに取り上げられていた。ある大学のコーチが未成年の選手に2年間に渡って性的暴行を加えていたというもので、妊娠させないためにお腹を蹴ったことで選手は肋骨を骨折していたという。

つい先日も、2002年ソルトレークシティ五輪金メダリストのジュ・ミンジンが、シム・ソクヒの告発を受けて「私も同じだった」と告白していた。

しかも、こうした被害はスケート界に限った話ではないというから深刻だ。

ソウル大学のスポーツ科学研究所が2016年に発表した研究結果によると、暴言や脅迫、暴行を加えられたことのあるスポーツ選手は約38%に上る。2012年(28.6%)から4年間で約10ポイント増加したという。

昨年、日本で行われた世界選手権直前に起こった女子バレーボール代表チームのセクハラ騒動などは、コーチングスタッフ内で起こったケースだが、韓国スポーツ界にパワハラや暴行が蔓延していることは間違いないだろう。

(参考記事:“神戸惨事”の始まりだった…女子バレー韓国代表に起きていた「セクハラ事件」の内情

パワハラが絶えないワケ

こうしたパワハラやセクハラが絶えないのは、韓国スポーツ界の“成績至上主義”とも無関係ではないだろう。

韓国ではスポーツの世界に入ると、幼い頃から勉学とは一線を画し、厳しい生存競争にさらされる。

各種大会でメダルを獲得するなど実績を残してこそ大学に進学できるし、実業団チームやプロの道に進むことができる。結果によって立場や収入が左右されるプロ選手や代表選手ともなれば、成績に対するプレッシャーはなおさら大きい。

そうしたなかで選手が指導者に逆らうことが難しいのは想像に難くないだろう。時に指導者と選手の関係は“師弟関係”から“上下関係”に、ひどい時には“主従関係”になってしまうこともあり、暴力を受けても泣き寝入りしてしまうケースも多い。

韓国メディアもシム・ソクヒの事件を受け、「成績至上主義が“悪魔”を生んだ」(『スポーツ京郷』)と報じている。

いずれにしても、韓国スポーツ界で絶えない指導者によるパワハラ・暴行。

韓国・文化体育観光部はシム・ソクヒの告発の翌日9日、スポーツ界での性的暴力の根絶に向け、「処罰の強化」や「特別調査」、「被害者サポートチームの構成」、「予防策の準備」などの対策を発表したが、性的暴行の事実は報道を受けて初めて把握したというから呆れてしまう。

シム・ソクヒは法廷で、「ストレス障害、うつ病、パニック障害、睡眠障害などで精神科の治療を受けており、私の父親も同じだ」と苦しみを伝えていたが、指導者によるパワハラや暴行は、選手の競技者生命だけでなく、人生までも振り回すこともある。

韓国スポーツ界はその事実を重く受け止め、これ以上被害者を増やさぬよう、対策を徹底すべきだろう。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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