Yahoo!ニュース

理想関係からドロ沼の対立も。「恩師の日」を迎えた韓国スポーツの師弟関係とは?

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
かつては良好だったキム・ヨナとブライアン・オーサー(写真:ロイター/アフロ)

韓国で本日5月15日は“ススン(師匠)の日”と言われている。公休日ではないが、学生時代に教えを受けた教師や、社会人生活でお世話になった恩師に感謝を込めて謝恩行事を行ったり、同窓生たちが集って昔の恩師や師匠を招き、“恩師の夜”などを開催してカーネーションなどのプレゼントを贈ったりする。

長幼の序を重んじる儒教の教えが生活宗教として社会に深く浸透し、年配の人から受けた恩義をとても大切にする韓国らしい記念日であり、特にスポーツの世界では「監督と選手」が“師匠と弟子”の関係で語られることが多い。

例えば女子ゴルフの世界では、チョン・インジとパク・ウォンコーチの師弟関係が有名だ。パク・ウォンコーチはプロゴルフファー出身ではないが、技術面だけではなく心理面もサポートする指導法で、チョン・インジを日米韓メジャー大会制覇へと導いた。

サッカーの世界では、韓国代表のエースで現在はイングランド・プレミアリーグのトッテナムで活躍するソン・フンミンの“師弟関係”がユニークである。

何しろソン・フンミンは小学校から中学までサッカー部やクラブチームでプレーした経験がなく、プロサッカー選手だった父親のソン・ウォンジョン氏から個人レッスンを受けながら育った。その教え方も独特で、韓国版の“星一徹と星飛雄馬”のようでもあるのだから面白い。

(参考記事:“ソン・フンミンの育て方”を師匠でもある父が明かす。「タダで手に入るものはない」)

ただ、韓国スポーツ界に存在するのは、理想的な“師弟関係”だけではない。

たとえば女子フィギュアのキム・ヨナとそのコーチを務めたブライアン・オーサーの関係だ。バンクーバー五輪で金メダルを獲得したときは「最高の師弟関係」と称賛されたふたりだが、2010年8月に師弟関係を解消。互いの言い分を主張し合うほどに関係が悪化した。

最近では女子ゴルフのイ・ボミが、長きにわたってコーチを務めてきたチョ・ボムスと袂を分かった。

ふたりはイ・ボミが高校時代からの師弟関係で、韓国では「ゴルフの歴史を変えた師匠と弟子」として特集を組まれたこともあるだけに残念だ。

(参考記事:「イ・ボミに教えてきたゴルフ」を専属コーチに韓国で直撃取材してきた!!)

チョ・ボムス氏とは彼がイ・ボミに教えてきたことや指導ノウハウに至るまでたっぷりと聞いたことあるが、謙虚で物腰も柔らかい人格者でもあっただけに、イ・ボミのもとを離れた理由が気になるところでもあるが、たとえ喧嘩別れであっても遺恨を残さなければまだマシなほうかもしれない。

というのも、韓国スポーツ界では“師弟関係”を悪用したトラブルも絶えないのだ。最近では、平昌五輪の女子ショートトラックのシム・ソクヒがその犠牲者だろう。

ソチ五輪で金1、銀1、銅1のメダルを獲得し、文字通り韓国のエースだった彼女だが、大会直前にコーチから呼び出され、激しい叱責と暴行を受け、耐えきれず合宿所を飛び出している。

最終的には加害者であるコーチが永久除名処分を受け、シム・ソクヒも韓国代表の合宿に戻り、平昌五輪では女子ショートトラック3000mリレーで金メダルを獲得しているが、最近になって永久除名を受けたはずのコーチのショートトラック中国代表コーチ就任説が流れ、物議を呼んでいる。

(参考記事:「金メダリストをぶん殴った」元ショートトラック韓国代表コーチが中国代表入りか。韓国で物議)

と同時に、この一件は、韓国スポーツ界の一面を浮き彫りにさせたと言えるだろう。長幼の礼を重んじるあまり、韓国では“師弟関係”がときとして“上下関係”になりがちで、酷いときには指導者と選手が“主従関係”になってしまうこともあるのだ。

ちなみにそんな韓国スポーツ界の悪習を断ち切った指揮官として記憶されているのは、2002年ワールドカップで韓国代表を率いたオランダ人監督フース・ヒディンクだ。

ヒディンク監督は、儒教精神ゆえにピッチ上にも存在した年功序列を一刀両断するなど、韓国文化に挑戦するかなり刺激的なことをしたが、2002年5月15日の“師匠の日”は、ブルガリのオーデコロンを手に照れ笑いを浮かべていた。

それは選手全員がポケットマネーを出しあって購入したオーデコロンで、“師匠の日”に贈られたプレゼントだった。

その微笑ましい光景からは選手と監督との間にある強い信頼関係を感じずにはいられなかったが、今年も韓国のどこかで微笑ましい笑顔の花を咲かせる選手とコーチの姿が見られることを期待したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

慎武宏の最近の記事