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「弱さも甘さも最後には払拭したい」町田ゼルビア主将・李漢宰インタビュー

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
町田ゼルビア主将・李漢宰(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

昨シーズン、2012年以来4年ぶりにJ2に復帰したFC町田ゼルビア。昨季はリーグ7位でシーズンを終了しが、今季は苦しい戦いが続いている。

早々とJ2残留こそ決めたものの、11月6日現在、リーグ順位は15位。昨年から8つ順位を落としており、この3カ月はホームで勝利を挙げられていない。「2020年までにJ1を狙えるクラブに」という掲げる目標を踏まえると、決して満足できる状況とは言えないだろう。

ただ、それでもFC町田ゼルビアというチームが持つ可能性を信じる男がいる。2014年にFC町田ゼルビアに加入してから今季も含め4季連続で主将を務めている李漢宰(リ・ハンジェ)だ。

広島朝鮮高級学校を卒業したあと、2001年にサンフレッチェ広島に入団。広島ではJ2降格とJ1昇格の両方を味わいながら09年までプレー。その後、コンサドーレ札幌、FC岐阜を渡り歩き、トライアウトを経てFC町田ゼルビアの一員となった35歳のフットボーラーだ。

北朝鮮代表でも活躍した在日コリアンJリーガーで、2005年ワールドカップ最終予選では、あのジーコ・ジャパンと対戦し、さまざまなドラマも生んだ。

(参考記事:【長編ノンフィクション】AGAIN~サッカー北朝鮮代表の素顔を追え~)

そんな経験豊富なベテランは町田の現状をどう見ているのか。

――いよいよリーグも佳境を迎えています。チームが置かれた状況をどのように見ていますか?

「昨シーズンにJ2復帰初年度で7位という好成績を上げた分、2年目が難しいシーズンになることは予想していました。順位的には22チーム中15位ですが、クラブの経営規模などを考えると、J2残留を決められたこと自体は十分な結果と言えるでしょう。町田の戦い方がチームに浸透しているからこそ、J2に踏みとどまれたと感じています」

――“町田の戦い方”とは?

「相馬(直樹)監督が常に強調していることですが、一体感を持って戦うということです。一体感を持ち続けようと努力する選手が集まっていることは、町田の大きな強みですね。

ただ、選手も人間ですから、浮き沈みはあります。なかなか試合に出場できなくて、精神的に不安定になる選手もいる。正直に言えば、今季は僕自身も継続的な出場機会を得られず、悔しい思いをすることもあります。

けれど、それは個人の欲求であって、その欲求がチームのためになるかというと、それはありません。僕は“チームより偉大な選手はない”と思っています。つまり、何よりも優先されるべきは個人ではなく、チームなんです。

もちろん、全員が一つの目標に向かって、どんなときもチームのために頑張るというのは簡単なことではありません。それが実現できているチームは、すでに上のレベルで戦っているでしょう。でも、だからこそ僕は、町田はそんな集団を目指さなければいけないと思っています。逆に言えば、そういうメンタルを持った選手でなければ、町田ではプレーできないという空気をつくりたいんです」

――そうしたチームを作るために、主将としてどのようなことを意識していますか?

「例えば、仲間やチームに対して絶対に批判をしない。文句を言わないということです。当たり前のことかもしれませんが、こうしたことは心がけています。落ちていくチームというものはほとんどの場合、だいたい監督批判やチーム批判をする集団が生まれるものですから。

時にはお互い意見が合わず口論になったり、胸ぐらを掴んでケンカをしたりすることもありますが、結局、一番大事なのは選手個人ではありません。チームがあって自分がいるんだということを、どれだけみんなが理解できるかが重要ではないでしょうか。

みんながみんな平等なチャンスを得られるわけではありませんが、試合に出ていなくてもやれることがあるということを、率先して示したいと考えています」

――チームの課題は何でしょうか?

「今は、選手たちが明確なモチベーションをもてていない感があります。昨シーズンは、J2復帰初年度というのも重なって、J1ライセンスがなくても“とにかくやってやる”という反骨精神がありました。今は、チームとしては、目の前の1試合に勝利すること、という目標がありますが、やはり、J1昇格争いやJ2残留争いといった大きな目標とは違うので、チーム全体が同じベクトルで戦うことの難しさを抱いているように感じています。勝ちきれない試合が続いていることも、そうした精神状態が確実に影響していると思います。

それでもチームメイトには、“自分のためにも足を止めないでほしい”と伝えています。もちろんチームが最優先であることに変わりはありませんが、自分のサッカー人生のためにも、下を向かずに踏ん張ってほしいです。苦しい時期に、いかに自分と向き合えるかが大切だと思うんです。それは、僕が自分自身に言い聞かせていることでもありますね」

存在意義を与えてくれた町田で燃え尽きたい

――実際に李選手も、広島ではJ1昇格直後から出場機会が減少するなど、苦しい時期もありましたね。今や35歳とプロの世界ではベテランと呼ばれる年齢になりましたが、ご自身も足を止めてしまうようなことがあったのでしょうか?

「一度だけ、サッカーをやめようかなと思ったことがありました。FC岐阜でプレーしていたころですね。大けがを乗り越えて復帰はしたものの、自分のなかで本当の意味での復活は成し遂げられなくて。“もう俺、終わりかな”とまで考えました。

そのとき、岐阜で一緒にプレーしていた服部年宏さんが、“ハンジェ、やめるなよ”と言ってくださったんです。僕から悩みや相談を持ち掛けたわけでもないのに、服部さんは僕から何かを察してくれたんでしょう。40歳まで現役でプレーされていた服部さんが、“お前は俺を超えられる”と信じてくれた。その言葉で目が覚めましたね」

――その後、トライアウトを受けて町田に入団することになったんですね。広島時代のチームメイトであり昨季までFCソウルでプレーしていた高萩洋次郎選手は、以前行ったインタビューで、「環境が変わったことによって、プレースタイルの幅が広がった」と振り返っていましたが、海外進出という選択肢はなかったのでしょうか?

(参考記事:日本人Kリーガー高萩洋次郎が語る「日本と韓国の違い」

「海外進出は考えませんでしたね。チャンスがあれば挑戦してみたい気持ちもなくはなかったのですが、今は町田で燃え尽きたいという思いが強いです。確かに今シーズンは町田に来てもっとも試合出場が少ないし、ケガもありました。実質レギュラーも奪われた状態で、周囲からは“そろそろ引退か”とも言われます。

でも、町田に入団してからは、サッカーをやめようと思ったことはありません。まだまだやれるという自信があるし、“俺はまだやれる”と思わせてくれるものが、このクラブにはあるからです。自分に存在意義を与えてくれ、自分を蘇らせてくれた町田と相馬監督、そしてサポーターの皆さんに恩返しをしたいという気持ちでいっぱいです」

取材中の李漢宰/撮影:ピッチコミュニケーションズ
取材中の李漢宰/撮影:ピッチコミュニケーションズ

――昨季の開幕戦には1万人以上の観客が集まったそうですが、閑古鳥が鳴くKリーグをウォッチしている立場からすると、こうした応援は心強いだろうと想像します。

(参考記事:転げ落ちるようにKリーグの観客動員数がさらに激減…その原因はどこにあるのか

「本当にありがたいことです。先日も、台風の中でたくさんの方々が応援にかけつけてくれました。ファンの方々に“ハンジェさんがキャプテンだから今があるんだよ”と言われると、モヤモヤしていた頭の中がリセットされて、この人たちのために頑張ろうと思い直せます。

ただ、チームがうまくいっているときはサポーターとの一体感もあるものですが、最近の町田は、それが失われている気がします。すでにJ1を視野に入れているファンの期待に、選手が応えられていないからです。ホームでは7月16日以来、勝てていないので、余計にそうさせてしまっているのでしょう。“何かが足りない”と、サポーターから面と向かって言われたこともあります。どこかでチームに本気さが足りないことをサポーターも感じているのでしょう」

――サポーターも含めた一体感を追求したいということですね。その意味でも、11月12日に迎えるホーム最終戦は重要な一戦となります。どんなモチベーションで臨みますか?

「チームの弱さ、甘さを払拭したいです。J2残留を決めたことで、どこかこれまでとは違う空気が流れています。消化試合に臨む雰囲気といえば大げさですが、緊張感が減っているように感じます。サポーターだって、選手が死ぬ気で勝ちにいっていない試合を見て、満足するはずがないですよね。

2020年までにJ1を狙うのであれば、残留に満足するのではなく、今から上を目指していかないといけません。J1昇格はそんなに簡単なことではないですから。町田がさらなる高みを目指すためにも、この雰囲気を打破して、ホーム最終戦では絶対に勝ちたいです」

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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