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迷走する韓国サッカー界でついに始まった「不惑の猛者たちの決起」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
新たに韓国代表の指揮官に就任するシン・テヨン監督(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ウリ・シュティーリケ監督の更迭によって空席になっていたサッカー韓国代表監督の座に就任したのは、シン・テヨン監督となった。KFA(韓国サッカー協会)は昨日、技術委員会を開き、シン・テヨン監督を任命。契約期間はロシア・ワールドカップまでになるという。

個人的に今回の件で注目したいのは、代表監督人事という最重要事項を決める上で韓国サッカー界の“世代交代”を垣間見ることができたことだ。

というのも、当初は62歳のホ・ジョンム監督や、その右腕を長らく務めてきた59歳のチョン・ヘソン氏が有力視されていた。それでも技術委員会でシン・テヨン監督を推したのは、亜洲大学のハ・ソッチュ監督(48歳)、FCソウルのファン・ソンホン(48歳)、水原三星のソ・ジョンウォン監督(46歳)、サッカー解説者のキム・ビョンジ氏(47歳)などだと言われている。

オールドファンなら彼らの名を聞いてピンと来るだろう。1993年W杯アジア最終予選、97年W杯アジア最終予選などで韓国代表を務め、日本の前に立ちはだかった歴戦の猛者たちである。かつて日本と死闘を繰り広げた彼らが今では40代になり、代表監督を決める立場になった。この事実に、筆者は韓国サッカー界のかすかな希望を感じずにはいられない。“不惑の決起”と言っても過言ではないだろう。

(参考記事:「イルボン(日本)はライバルか」を韓国人選手に問う)

そして、シン・テヨン監督も実は彼らと同じ“歴戦の猛者”でもあった。

1992年から2004年まで現役生活を送り、Kリーグでは新人王(1992年)、得点王(1996年)、MVP(2001年)にも輝いている。ワールドカップ出場こそないが、韓国代表に選出されたのは21回。1997年5月に日韓W杯共催を記念して国立競技場で行われた、日韓戦にも出場している。言わば前出のファン・ソンホンやソ・ジョンウォンらと同世代なのだ。

日本ではシン・テヨン監督というと、2016年1月のU-23アジア選手権・決勝での印象が強いかもしれない。

U-22韓国代表を率いたシン・テヨン監督は決勝で手倉森ジャパンと対戦し、2-3の逆転負けを喫した。韓国では“ドーハの悪夢”と報じられ、シン・テヨン監督もその悔しさを隠し切れず、韓国メディアとのインタビューで「時間が過ぎてもあの敗北は忘れられない。あんな衝撃的な敗北は監督になって初めて」とも語っていたほどだ。

ただ、日本に対してあからさまに対抗心を持っているわけではない。シン・テヨン監督は2010年に城南一和を率いてACL制覇も成し遂げているが、当時、筆者の取材に対して「リーグとしての総合力なら、Jはアジア・トップだろう」と語ったのだ。

(参考記事:韓国が見たJリーグ「選手の立場からするとJの魅力は10年前に比べて半減した」)

そんなシン・テヨン監督がこれからは韓国代表を率いるのだ。良きものは良いと認め、しがらみや雑音に惑わさせることなく、自らが描くチーム作りを進めてほしいとエールを送りたいところだが、今の韓国代表はそんな悠長なことを言っていられる状況ではない。

現在、韓国代表はロシア・ワールドカップアジア最終予選で苦戦中。勝ち点13でグループ2位の座にあるが、3位ウズベキスタンとの勝ち点差は1と拮抗しているのだ。8月31日にはすでにグループ1位を確定させたイランをホームに迎えねばならず、9月には敵地でウズキベスタンとの大一番が待っている。まさに“待ったなし”の状況だ。

(参考記事:監督更迭もロシア行き失敗も現実味が…サッカー韓国代表に今、何が起こっているのか)

もっとも、シン・テヨン監督には最近、“ソバンス(消防手)”との別名が付けられている。前出したU-23韓国代表を務めることになったのは、前任者で2014年仁川アジア大会・金メダルの故イ・グァンジョン監督が白血病に倒れたための登板だった。

昨年11月からは急きょ、U-20韓国代表監督に就任。自国開催となるU-20ワールドカップに挑むチームを任されている。

そうした緊急登板の中でも、リオデジャネイロ五輪の出場権を獲得し、U-20ワールドカップではわすが6か月の準備期間でチームの立て直しに成功している。ピンチヒッターとしては最低限の仕事は成し遂げる指揮官ともされている。

それだけに今回も危機に瀕した韓国代表を立て直し、ロシア・ワールドカップ出場権を勝ち取ることが至上命題とされているが、果たして…。

個人的に心配になってくるのは、ホン・ミョンボ監督の二の舞だ。

ホン・ミョンボ監督もロンドン五輪・銅メダルの実績を買われ、準備期間が1年しかない中で韓国代表監督の職を任された。就任時は“救世主”扱いで期待されたが、ブラジルW杯でグループリーグ敗退に終わると、サッカーとは関係のない誹謗中傷を浴びるまでに突き落とされている。

シン・テヨン監督もロシア行きに失敗すれば、それこそ責任を問われるだろう。可能性ある40代の青年監督が大きなダメージを負いかねないのだ。

そうしたリスクも覚悟の上で韓国代表監督の座に就くことになったシン・テヨン監督。韓国では代表監督の座が“毒の入った聖杯”とも言われるが、果たしてシン・テヨン監督はその聖杯の毒に侵されるか、それとも美酒に酔いしれることができるだろうか。

シン・テヨン監督は自らを“ナン・ノム”と自称する。ナン・ノムとは、「人より著しく恵まれたヤツ」を意味する俗語で、日本風に言えば“強運の持ち主”となるだろうか。韓国は今、新監督の強運に期待を寄せているのは、言うまでもない。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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