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「黄金郷は実は墓場だったのか」中国で相次ぐ韓国人監督のクビ切りのなぜ

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
江蘇蘇寧を率いていたチェ・ヨンス監督も…(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

韓国と中国の蜜月関係が崩壊しつつある。政治や経済のことではない。サッカーの話だ。中国プロサッカーの甲級リーグで、韓国人監督のクビ切りが相次いでいるのだ。

今季開幕前は、「中国サッカー界に韓流ブーム」と騒がれ、その引き抜きの多さに「中国は韓国サッカー界にとって新たなエル・ドラドになる」とも言われていたが、今や「中国プロサッカーは韓国人監督のユートピアから墓場になった」(『アジア・トゥデイ』)とまで言われているほどである。

実際、中国では韓国人監督が次々とクビを切られている。今季開幕前、甲級リーグはもちろん、2部リーグを含めた中国のプロクラブを率いていた韓国人監督は計6名いたが、その半分がすでに監督の座から退いた。

長春亜泰を率いていたイ・ジャンス監督が5月4日に、杭州緑城を率いていたホン・ミョンボ監督が5月26日にその職を解かれ、江蘇蘇寧を率いていたチェ・ヨンスも6月1日に監督の座から退いている。ホン・ミョンボ監督の中国挑戦に対する想いは以前に本欄でも紹介したが、監督の無念を思うと残念で仕方がない。

(参考記事:洪明甫インタビュー「カリスマが語る日韓中サッカー比較」)

もっとも、結果がすべてであることがプロの世界の掟である以上、それも仕方がない。

イ・ジャンス監督は1勝1分4敗とリーグ最下位だったため首を切られ、ホン・ミョンボ監督も2部リーグで4勝2分け4敗と16チーム中11位に甘んじていた。江蘇蘇寧を率いていたチェ・ヨンス監督も、元ブラジル代表ラミレスらを擁するにもかかわらずリーグ戦で1勝5分5敗と振るわず、ACLでもラウンド16で上海上港に後塵を拝した。韓国メディアでは「辞任」とされているが、いずれも実質的には更迭・解任だったと言わざるを得ないだろう。

ただ、韓国メディアの一部には政治的な意図も働いているのではないかと勘ぐるとこもある。昨今、韓国と中国は「高高度防衛ミサイル(THAAD)」を配備がキッカケで関係が悪化し、 “禁韓令”が発動されて久しいが、それがサッカー界にも飛び火したのではないかという見方である。

中国サッカー界通で知られるイ・ジャンス監督も、韓国メディアの取材に対して言っている。「中国サッカー協会がTHAADと関連づけて韓国人監督や選手たちに不利益を与えよという指示を傘下団体に出した事実はない。ただし、最近中国国内で大きくなっている反韓感情や、中国政府が韓国企業たちに下した報復性処置などを通じて、その悪い空気を読んだ一部のクラブが自らの判断で行動に出た可能性も十分にあるだろう」と。

政治問題がサッカーにまで影を落とすとは想像しにくいが、韓国と中国の関係が極度に冷え切っていることは事実である。韓国では中国人観光客も激減し、明洞(ミョンドン)や東大門(トンデムン)といったショッピング街の売上が急落しているという。

その代わりに日本人や東南アジアからの観光客を当て込んだ戦略に路線変更した商店もあるそうだが、政治や経済だけではなく、サッカーでもこうしたニュースが続くと、韓国人が抱く中国への印象にも負のダメージがあるらしい。最近では中国が「韓国人が嫌いな国」の第2位になっているほどだ。

(参考記事: 「韓国人が嫌いな国」2位に中国…韓国で“嫌中感情”が異常に高まっているワケ)

いずれにしても、サッカーの世界でも歪が入ってしまった韓中関係。最近は監督だけではなく、中国でプレーする韓国人選手たちも出番が激減している。欧州や日本ではなく、中東や中国でのプレーを選ぶ選手が増えている韓国ならではの事情もあるが、最近は中国進出した韓国人選手たちの苦戦も伝えられている。

元FC東京で2014年から広州富力でプレーするチャン・ヒョンスなどは最近、韓国記者たちに「移籍したい」と吐露としたらしい。蜜月関係と言われた韓国と中国の関係が、大きな曲がり角を迎えていることだけは間違いなさそうだ。

(参考記事:「蜜月」か、「拒絶」すべきか。中国マネーに浸食される韓国サッカー。その苦悩と葛藤の深層)

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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