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韓国の“接待禁止法”施行から一週間。「密告」に震える人たちと「歓喜」するサラリーマンたち

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
(写真:ロイター/アフロ)

「接待文化を根絶する」という主旨で施行された“金英蘭(キム・ヨンラン)法”。正式名称「不正請託および金品授受の禁止関係法」は、9月28日の施行から早くも一週間が過ぎた。過度な規制との指摘もある同法だけに、その影響力は凄まじいという。

(参考記事:韓国にはびこる賄賂や接待文化に鋭くメスを入れる“金英蘭法”とは

改めて、金英蘭法について見よう。

対象となるのは、公職者やメディア関係者、私立学校職員など。彼らやその配偶者が年間計300万ウォン(約30万円)、一回100万ウォン(約10万円)を超える金品を受け取った場合、どんな理由であれ刑事処罰の対象になる。会食は3万ウォン(約3000円)までなどと、上限額も定められているのだから厳しい。

そんな金英蘭法が施行されて一週間が過ぎた現在、「韓国社会は凄まじい速さで変貌している」(『韓国日報』)という。

公職者たちは、法的許容範囲内の行為すら自粛。社会のあらゆる場面で「キャンセル」「保留」「延期」が相次いでいる。

利用客の7~8割が政府関係者のソウル政府庁舎近くにあるバーは、二日連続で売上0ウォンを記録したらしい。また、大学の教授らも学生からの差し入れを一切、受け取れなくなった。というのも、申告制度のある金英蘭法の“通報”第1号とされる人物は、「学生に缶コーヒーをもらった教授」だったからだ。金英蘭法の対象者たちはこの一週間、非常に神経質になっているらしい。

(参考記事:売上0ウォンのバー、缶コーヒーを受け取れない教授…“金英蘭法”施行で神経質になる対象者たち

いつ誰に“密告”されるかわからないだけに、ナーバスになるのも無理ないかもしれない。事実、通報だけでなく、“捜査”第1号も出た。

告発されたのはソウル江南区のシン・ヨンヒ庁長。彼女は管内の敬老堂(老人たちのための社会福祉施設)会員たちを招待して文化芸術体験行事を行ったのだが、会員たちに食事や交通費などを提供したという。告発され、捜査が行われたものの、江南警察署は10月4日、同会員たちは金英蘭法の対象となる“公職者”には当たらないと判断している。

こう聞くとなにやら閉塞感ばかりが強調されてしまうが、金英蘭法は一般的なサラリーマンから支持されているというデータもある。

就業サイト「Incruit」が会員1105人を対象に実施したアンケート調査の結果(10月3日発表)を見ると、金英蘭法に対する意見を問う質問では、「不正腐敗の清算に向けて当然であり、公職社会での変化が期待される」などと肯定的な意見が57%に上った。否定的な意見はわずか5%だ。

(参考記事:接待を厳しく取り締まる“金英蘭法”が韓国の一般サラリーマンから支持されている理由

こういったアンケートや街中の声を知ると、あらためて金英蘭法が取り締まるべき対象がどこにあるのかを実感できる。

韓国は、国の腐敗の度合いを比較した「腐敗認識指数」がOECD加盟国のなかでも目立って悪い。特に腐敗が進んでいると指摘されているのは政治家で、韓国国会議員の平均資産額は日本の約5倍という驚愕の調査結果もある。金英蘭法の確たるターゲットがどこにあるかは明らかだろう。

ちなみに金英蘭法はメディア関係者も対象になっていて、筆者の知り合いの記者たちも困惑気味だ。

例えばKリーグの試合会場の記者室に行けば、ホームゲーム主催チーム側が用意した軽食や食事にありつけたが、それもなくなったという。最近の韓国はコンビニ“弁当戦争”が激化しているのでコンビニ弁当などを持参して試合会場に行くそうだが、記者室で食べるもなんとも味気ないらしい。

また、一般紙の記者たちは、企業の広報部や幹部たちとのランチ取材や夜の会合もなくなり、残念がっているらしい。企業幹部側も警戒して誘いにも乗ってこないという。

いずれにせよ、施行から一週間で早くも明と暗がくっきりしてきた金英蘭法。このまま韓国社会に定着するのか、注視したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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