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南北選手“自撮り”ツーショット写真だけではわからない意外な事実

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
全世界に配信され話題になっている南北自撮りツーショット(写真:ロイター/アフロ)

一枚の写真が話題になっている。リオデジャネイロ五輪に出場している2人の女子体操選手がスマートフォンで自撮りしている模様を収めた写真だ。ひとりは韓国のイ・ウンジュ。もうひとりは北朝鮮のホン・ウンジョン。政治的に対立し今も休戦状態で緊張関係にある韓国と北朝鮮の選手が仲良くツーショットしている姿は、平和の祭典オリンピックを象徴している写真として、瞬く間に全世界に広がり驚きと感動を呼んでいる。

驚きの要因は、何かにつけて「謎だ」「不気味だ」と騒がれる北朝鮮選手の対応にもあるのだろう。先日も一部の韓国メディアで意外な事実が報道された。なんでも選手たちが幹部や指導者からサムスン製のスマートフォンを没収されているかもしれないというのだ。

(参考記事:北朝鮮リオ五輪代表選手、幹部や指導者たちからサムスン製スマホを強制没収されている!?

しかも、韓国メディアの分析によると「中国に売って金を稼ぐため」という見方もあるらしい。実際に没収されているかどうかは定かではないが、北朝鮮選手にはいつもミステリアスな空気が漂う。

今回のリオデジャネイロ五輪で北朝鮮は、陸上、水泳、卓球、レスリング、アーチェリー、体操、ウェイトリフティング、柔道、射撃の計9種目に31人の選手を派遣しているが、事前情報が乏しく“謎の集団”のようなイメージが強い。

(参考記事:謎のベールに包まれた北朝鮮がリオ五輪に送り込む刺客たち

だが、北朝鮮の選手たちは感情のないロボットではない。私が北朝鮮に行ったことがあるのは1989年の1度だけだが、サッカーやそのほかのスポーツの現場で出会う北朝鮮の選手たちは、人間らしい一面も覗かせてきた。一見すると鉄仮面を被った無表情の一団のようだが、リオ五輪の多くの現場でも微笑ましい姿も見せているという。

男子体操の跳馬で世界選手権優勝にも輝いたリ・セグァンがアメリカ代表の選手たちと談笑する姿が目撃されているし、男子ウェイトリフティング56kg級で銀メダルに輝いたオム・ユンチョルが他国の代表選手と“自撮り”する姿も目撃されている。言葉が通じる韓国の選手たちは互いに挨拶を交わし、射撃選手たちはプレゼントの交換もあったらしい。だから前出のホン・ウンジョンも韓国選手と“自撮り”することにあまり抵抗はなかったのだろう。

個人的に興味深かったのは、韓国のイ・ウンジュのほうから声をかけたということだ。2008年北京五輪の女子跳馬の金メダリストであるホン・ウンジョンのことを「以前テレビで見て凄い選手だと思っていた」というイ・ウンジュのほうから、「頻繁に会える選手ではないので記念に写真を撮りましょう」と誘ったという。

日本ではあまり詳しく報じられていないが、実はイ・ウンジュは韓国人の父と日本人の母を持つハーフだ。1999年に日本の山口県で生まれ育っている。

当然、体操を始めたのは日本。10歳の頃から始め、2013年から韓国に渡り、江原(カンウォン)体育高校で体操を続けきた。本欄でも紹介した男子柔道のアン・チャンリムも日本で生まれ育った在日コリアン・アスリートだが、イ・ウンジュも日本で生まれ育った韓国代表なのだ。

今回の予備エントリーとしてブラジル入りしていたが、出場予定の選手がリオで練習中に怪我をし、急遽、イ・ウンジュが出場することになった。そんな中での“自撮り”だった。競技では女子個人総合で53位に終わり早々と予選落ちしたが、多くの韓国メディアが「スポーツ外交という面では10点満点だ」と評価している。

日本で生まれ育った選手が、韓国と北朝鮮のスポーツ交流の現場でその友情を深める一助になった。私は、そこに大きな感動とささやかな希望を感じずにはいられない。

(参考記事:日韓スポーツ交流を支えた知られざる在日コリアン・アスリート列伝

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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