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韓国人メジャーリーガーの先駆者パク・チャンホが語った「アジアから世界へ」(後編)

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
『アジアスポーツマネジメントセミナー』に登場したパク・チャンホ氏

『アジアスポーツマネジメントセミナー』で「アジアから世界へ」というタイトルで講演した韓国人初のメジャーリーガー、パク・チャンホ氏。韓国では国民的英雄として今でも絶大な人気を誇る“パイオニア”だが、渡米時は苦労の連続だったという。

1994年にロサンゼルス・ドジャースと契約したが、最初はマイナー生活。アジア選手もおらず、チームメイトたちは東洋の文化への理解も乏しかったので心的ストレスも多かったという。

「英語はまったく出来ませんでしたし、キムチや韓国料理が好きだった私をチームメイトたちは遠ざけました。私が最初に覚えた英語は、“stink(臭い)”と“Korean food(韓国料理)”。私を認め好きになってくれる人は誰もおらず、かなり悩みました。韓国に戻ろうかと真剣に思ったほどです」

そんな彼に勇気とモチベーションを与えたのが、1995年からドジャースにやって来た野茂英雄氏だったという。メジャーリーグで堂々と大活躍する野茂英雄氏の姿を間近にしながら、パク・チャンホ氏は発奮せずにはいられなかったという。

「トルネード投法でメジャーの打者たちをなぎ倒し、観客席には日本の国旗がはためいる。彼を応援する日本のファンたちも皆、誇らしい表情を浮かべていた。野茂選手はまさに英雄でした。その姿を見ながら私も彼のようになりたい、ならなければならないと強く思った。マイナー生活で目標も信念も持てずにもがいていた私に、野茂選手は大きな目標を与えてくれたのです」

その後のパク・チャンホ氏の活躍は言うまでもないだろう。ドジャースでの活躍を皮切りに、テキサス・レンジャーズ、サンディエゴ・パドレス、ニューヨーク・メッツ、フィラデルフィア・フィリーズ、ニューヨーク・ヤンキース、ピッツバーグ・パイレーツなどを渡り歩き、MLB16年間で124勝98敗の成績を残した。124勝はメジャーリーグにおけるアジア人最多勝利記録だ。そして、その大記録に到達できたのも、野茂英雄氏の存在があった。

「私は10年以上もメジャーでプレーしながら、マイナー契約も経験しました。2008年には古巣のドジャースに自らテストを頼み込んで、招待選手としてキャンプに参加したこともある。周囲の人々や韓国メディアは“韓国に帰って来い”“美しいまま引退したほうがいい”ともしましたが、鏡の中にいるもうひとりの自分が、諦めるな、もう一度挑戦しろ”と囁いた。野茂選手が打ち立てたアジア人最高の123勝。その記録に並び、超えたいという気持ちが私を突き動かしていたのです」

つまり、野茂英雄という存在がいつも彼を発奮させてきたわけだ。「野茂選手かいなければ現在の私はいなかった」という言葉は、こうした背景から出た言葉なのだろう。パク・チャンホ氏は言っている。

「野茂選手は先輩としてさまざまな助言もくれました。一度は自宅に招いてくれて一緒に食事しながらこんなことも言ってくれた。“自分の心に従うべきだ。やりたいことをしろ。特別なことをすることはない。今まで通り、やればいい”と。その言葉にどれだけ勇気づけられたか。野茂選手は私にとって、メンター(仕事や人生の指導者)であり、目標であり、憧れなのです」

目標とし、競い合う相手がいてこそ己を高めることができる。パク・チャンホ氏の講演からは切磋琢磨できるライバルがいてこそ成長できることを、改めて教えてくれるものだった。

パク・チャンホ氏の話は、現在の日韓野球にも示唆することが多い。韓国球界にとって日本球界は今も目標であり、対抗心も強い。

先日、日米通算で4257本安打を記録したイチローに関しても、韓国ではさまざまな意見があった。

(参考記事:韓国では「憎たらしいが偉大すぎる」とされるイチロー。その大快挙をどう見ているのか)

韓国人のイチローを見つめる眼差しは複雑で、同じメジャーリーグで活躍する日本人選手とも一線を画する。テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有については、メディアは「現役最強最高のアジア人先発選手」と評し、皮肉屋で口うるさいはずのネット住民たちも、「骨のある男」と絶賛しているが、イチローには“アンチ・ファン”が多い。

(参考記事:「日本のネトウヨを一喝する骨のある男!!」と絶賛。ダルビッシュ有が韓国でも人気なワケ)

ただ、パク・チャンホ氏はイチローが打ち立てた記録を高く評価する。

「イチロー選手が打ち立てた記録は、とても意義があります。これまでは誰も東洋のアジア人が打ち立てた記録を目標にせず、アメリ人選手の記録ばかりを追いかけていましたが、これからは世界中の子供たちがイチロー選手が打ち立てた記録を目標にする。イチロー選手が世界中の子供たちに、新たな目標を与えたわけです。この意義はとてつもなく大きい」

アジアから世界へ。まさにイチローはそれを実践しているとパク・チャンホ氏は言いたかったのだろう。その言葉にはイチローへの最大級のリスペクトが込められた。

そのイチローを含め、多くの日本人メジャーリーガーたちの活躍に、おそらく韓国球界は今後も大きな刺激を受けながら成長していくのだろう。そして、そんな韓国の成長が日本球界のさらなる発奮を促すこともあるかもしれない。

(参考記事:アジア版ヤンキース対レッドソックス!? 宿命と因縁の日韓野球激闘史)

韓国の執拗なまでの対抗心にうとましさを感じる日本ファンもいるだろうが、すぐ隣に絶対に負けたくないライバルがいることは尊いのではないか。そんなことを感じさせてくれる貴重な講演だった。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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