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サイドバック戦線。室屋成は酒井宏樹を越えられるか?

清水英斗サッカーライター
キリンチャレンジカップ2019 日本対ベネズエラ(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

昨今の日本代表は、サイドバックの枯渇が深刻になっている。11月にアウェーで行われたワールドカップ・アジア2次予選のキルギス戦は、日本が2-0で勝利したものの、内容は五分。苦しい試合だった。

特に長友佑都のサイドは、相手の攻撃にさらされ、劣勢を強いられている。それ自体はシステムのかみ合わせや、左利きのロングパッサーを備えた相手の特長、日本のプレッシングの空転など、チーム全体の戦術に起因するため、この件で「長友が狙われた」と一人だけをあげつらうのはサッカー的ではない。

とはいえ、今回そのような話題が広まった背景には、近年の日本代表でサイドバックの人材が乏しく、競争が活性化しないことへの歯痒さがあったのだろう。

センターバックは冨安健洋が君臨し、ボランチには遠藤航や橋本拳人、さらに前線も南野拓実や堂安律など、フレッシュな選手が次々と台頭する中、サイドバックだけは序列がいつまでも変わらない。長友は33歳、酒井宏樹は29歳だ。2022年ワールドカップ時には長友が35歳、酒井は32歳になる。

人は永遠に戦い続けられるわけではない。サイドバックの競争の物足りなさ、新たな人材への渇望が、今回は長友に対する指摘の遠因になったのではないかと推測する。

新・サイドバックは、誰に期待すればいいのか。

最有力候補は、ポルティモネンセの安西幸輝だろう。MF並の仕掛けのスキルを誇り、ミドルシュートも得意だ。攻撃においては、長友や酒井には無い特長をもっている。課題は対人守備だが、ポルトガルのサッカーは3トップが多く、ウイングが積極的に1対1を仕掛けてくるため、安西にとっては絶好の修行の場になっている。

そして、もう1人。森保ジャパンの立ち上げ時から出場してきた、室屋成の突き上げも期待したい。爆発的なスピードと運動量に加えて、当たりの強さ、技術も備えている。サイドバックとしてのスケールは大きい。

ところが、先日久しぶりにフル出場を果たしたベネズエラ戦はあまりパフォーマンスが良くなかった。日本は1-4で完敗し、室屋自身も失点に絡んでいる。

特に問題が見受けられるのは、状況判断だ。前半8分に先制を許した場面では、橋本拳人との連係が合っていない。ジェフェルソン・ソテルドの仕掛けに対し、室屋と橋本は2人で対応したが、2人共に中を切って、縦を空けており、その縦への仕掛けからクロスを折り返され、最後はヘディングで失点した。

2人そろって同じコースを切り、空けたほうから突破されている。これでは2人いる意味がない。室屋が縦を空けて対応するなら、橋本は縦のカバーに走ったほうがいいし、逆に室屋が縦を抑えることにして、ソテルドを中へ進ませ、橋本にボールを奪わせてもいい。そうした連係がないため、単純な1対1になってしまった。

前半33分の3失点目も、室屋の判断、コーチングに問題が見られる。

ベネズエラ戦の前半は、右サイドで原口元気と縦関係になっていたが、遮二無二走ってマークに付き、ボールを追い回す原口を、室屋が後方からコントロールできていない。

3失点目を喫したきっかけは、右サイドの2対2だった。相手サイドバックのロベルト・ロサレスとソテルドのパス交換を、室屋の目の前で、原口が遮二無二追い回した。しかし、2対1なので、当然どちらかはフリー。内側でパスを受けたロサレスに遅れて室屋が出て行くが、フリーでクロスを蹴られ、またも日本は失点した。

室屋としても、原口に合わせて徹底的にマンマークするべきか、あるいは中のスペースを空けないようにするべきか、迷ったのではないか。本来ならば室屋から原口にコーチングし、どちらかのマークを受け取るなど、原口の動きを整理したいところ。しかし、室屋にそうした様子はなかった。

相手の攻撃もレベルが高い。ロサレスはサイドバックながら、内側にポジションを取ったり、裏へ抜けて行ったりと、ソテルドと場所を入れ替えながら豊かな攻撃を仕掛けてきた。室屋はどこまで付いていくべきか、判断を迷わされただろう。その状況でマンマーカーの原口がひたすら追い回すため、ポジションがぐちゃぐちゃになり、守備に混乱をきたす。この傾向は失点場面以外でも多く見られた。

かつての酒井宏樹に重なる、室屋の姿

もっとDFとしてイニシアチブ(主導権)を握った守備を、室屋は磨く必要があるのではないか。

室屋は1対1の対応力は抜群に高い。スピードと俊敏性に長けており、少々揺さぶられても、リアクションでついて行けるほど、身体の動きは無理が利く。Jリーグではそうした守備力が特に印象的だ。

しかし、それに頼りすぎているのではないか。相手のレベルが高くなれば、身体能力頼みのリアクション守備では防ぎ切れない。いかに味方と協力して誘い込むか。イニシアチブを握り、組織的に誘い込む守備で先手を打つ。ボールホルダーが先手を打っているうちは、永遠にボールを奪えない。それが世界のレベルだ。

今の室屋の姿は、数年前の酒井宏樹に重なって見える。

かつては酒井も、今の室屋と同じく状況判断の粗が目立ち、かなり癖のある1対1をするDFだった。それでも身体能力が高いので、少々遅れて対応しても、スピードで何とかなってしまう。ハノーファー時代まではそんな選手だった。

酒井が大きく成長したのは、2016年にフランスのマルセイユへ移籍してからだ。技術もスピードも化け物のようなドリブラーが集うフランスへ移籍すると、当初の酒井は1対1で相手を止められず、あっさりぶち抜かれていた。

これではまずいと危機感が募る。相手も化け物なので、身体能力任せのリアクション守備では通用しない。いかに先に動いて守れるか。だからこそ、相手の癖を必死に研究したり、味方を動かして組織的に守ったり、時には手段を選ばずファウルでも止める。そんな必死の日々が、酒井の状況判断を大きく成長させた。

守備に限らず、攻撃も同様だ。いかに先手を打ってプレーできるか。やはり酒井に比べると、室屋の動き出しはタイミングが遅い。

ベネズエラ戦ではマッチアップしたソテルドに、ずっと“見られていた”。室屋はサイドへ展開する味方を確認してから、前へ上がって行くので、ソテルドにとっては見張りやすい。室屋へのサイドチェンジは、ソテルドにインターセプトされる場面が見られ、あるいは室屋が柴崎のパスに追いつけず、ボールがラインを割る場面もいくつかあった。前方に空いたスペースを見つけて、室屋がもう一つ早く出れば、ソテルドを置き去りにして相手サイドバックと2対1が出来るのに、そのタイミングを逃す場面も多かった。

一方、酒井のオーバーラップは、もう一手早い。ボールが展開されそうな様子を見て、相手ウイングの裏や横、相手の死角にサッとポジションを取ってしまう。その動き出しは緩急があり、ダイナミズムを強く感じさせる。

酒井と室屋の間に決定的な差があるとすれば、状況判断。プレーで先手を打てるか否かだ。それは攻守両面に通じる。もちろん、先手を打つことはDFとしてリスクも伴うが、そこにトライしなければ、ワールドクラスの相手とは戦えない。その皮膚感を知っているのと、知らないのは大きな差だ。

酒井のプレーは、マルセイユで劇的に変わった。良い指揮官に巡り会えたこと、そして何より環境に鍛えられた面が大きい。身体能力に頼らず、必死で状況判断を工夫しなければ、生き残れなかったからだ。

室屋はどうなるか。スケールの大きい選手だが、世界で戦うためには、かつての酒井同様、その殻を破る必要があるのではないか。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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