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日本経済復活のためにも退職金制度の再考を

島澤諭関東学院大学経済学部教授
(写真:イメージマート)

日本経済低迷の大きな原因は、需要低迷ではなく、日本企業の付加価値創造力の低下にあります。分配の元となる付加価値が増えないのですから、賃金が上がらないのも当然です(なお、賃金を上げるためには付加価値を増やす必要があることは、すでに「賃上げの王道は付加価値の向上-政府による賃上げ要請は邪道-」で指摘しました)。

日本企業の付加価値創造力を削いでいる一因として、成長産業への労働移動が進まない点が挙げられます。

成長産業への労働力移動を促進するには、入社から定年まで同一企業により雇用される長期雇用慣行、年齢が上がるほど賃金も上がる年功序列型賃金と、いったん本採用されれば貢献度が低くても身分が保障される解雇規制を改める必要性があります。そしてもう一つ忘れてはいけないのは、退職金制度の存在です。

退職金は、「賃金の後払い」、「功労報償」、「老後の生活保障」の性格を持つとされています。勤続年数が長いほど多くの退職金がもらえるので、現職に不満があって転職を考えていても、ある年齢に達すると退職金が脳内にちらつくので転職をあきらめることもにもなるでしょう。

さらに、そもそも会社への貢献度が他の社員より劣っていると自覚があるいわゆる「お荷物社員」ほど、当然、1年でも長く企業にしがみつこうとするインセンティブが働いてしまいます。

そのため、解雇規制とも相まって、関連会社に出向させることで実質的に給与体系を下方改定し、人件費負担の圧縮を行わざるを得ないことになってしまいます。

企業から見れば、社員のパフォーマンスが落ちて期待通りの成果が出せなくなってもちょっとやそっとでは当該社員を解雇できず、しかも勤続年数に応じて多額の退職金を支払わなければならないわけですから、一体どんな罰ゲームをさせられているんだという感じで、非常にコスパが悪く、経営上の重石となっているのです。

また、若い層では転職も活発化してきていることを勘案すると、退職金=賃金の後払いとして考えれば、若くして転職し、その後も転職を繰り返すほど退職金制度は損な制度であり、生涯所得で見た世代間格差の発生源となるとも考えられます。

若者視点で考えれば、いまや、高度成長期と違って、一部上場企業でも倒産する時代ですし、入社してから40年以上倒産しない見込みは大きく下がっていますから、受け取れないリスクもある退職金という形で後払いされるよりも、日々の賃金にその分上乗せして、会社がしっかりしているいまのうちにがっつりと受け取っておいた方が有利でしょう。

実際、厚生労働省「就労条件総合調査」によれば、企業が倒産まではしていなくても、定年退職者(勤続20年以上45歳以上の退職者)への平均支給額は年々減少し、2003年には大卒で2499万円だったものが2018年では1983万円と▼21%、2割強も減少しています。企業が退職金を賄う体力が落ちてきている証拠でしょう。

しかも、64歳以下の役員を除く雇用全体の52%弱を占める非正規社員のほとんどにとっては退職金制度は無関係にもかかわらず、正規社員の退職金をねん出するために正規社員と比べて「割安」な非正規の身分に留め置かれてることになります。なんと不条理なことでしょう。

このように、お荷物な中高年正規社員ほど退職金を気にして今の職場になんとしてもしがみつこうとするわけですし、その結果、若い人のイスが減り、企業から見れば正規社員の新陳代謝が進まず、生産性も上がらないことになります。

退職金制度は、高度成長期には退職を引きとめる装置として一定の合理性があったとしても、今となっては企業の生産性を低め日本経済低迷の一因となってしまっています。

日本企業の付加価値創造力を復活させるためにも、労働者の不利益にも配慮しつつ、しかし、退職金制度を抜本的に見直す必要があると考えます。

最後に本当に蛇足で恐縮ですが、一労働者として、退職金に魂を縛られるのは不毛だなと感じています。

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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