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#教師のバトン で明らかになった教員の労働実態、法的にはどうなのよ?

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
教員の労働実態は法的にも間違いだらけ(提供:ayakono/イメージマート)

#教師のバトンプロジェクト

文科省が始めた #教師のバトン プロジェクトが燃え上がっている。

Twitter上には、教員自身はもちろん、ゴールデンウィーク、しかもコロナ禍で世間は外出が制限される中、部活などで休日も潰れる教員やその家族の悲鳴ともいえる声が拡がっている。

この #教師のバトン プロジェクトの意義等は、内田良氏の記事 文科省「#教師のバトン」プロジェクトに非難殺到 が詳しいので、ぜひお読みいただきたい。

弁護士である私が特に気になっているのは、教育現場に蔓延する違法状態や、違法を強いられていることに気が付いてない、現状だ。

たしかに、公立学校教員の働き方に関する制度は複雑だ。民間企業の労働者と比べると、地方公務員としての壁(地方公務員法等)・教育労働者の壁(いわゆる給特法)と2段階の壁があり、法的理解も難しい。

とはいえ、教員の皆さんが、労働時間に関する法令について正しく理解をし、それを踏まえてたち振る舞うことができれば、違法状態を是正し、長時間労働の現状を改善するチャンスも生まれてくる。

この記事では、Twitterであがった当事者の声から、違法状態を解き明かしていきたい。

まず、管理職から、法令上課されている労働時間(在校等時間)記録の改竄を強いられる声だ。

このような管理職の行為は、真っ黒な違法行為だ。

管理職は、教員の労働時間(在校等時間)の把握が義務づけられており、「忖度して直せ」という労働時間改竄の指示は真っ黒な違法行為だ。

公立学校教員には、「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針」(以下「指針」)が策定されている。

ここでは、いわゆる超勤4項目以外も含めた労働時間を「在校等時間」として労働時間管理の対象とすることを明確にしている(「在校等時間」という概念は「労働時間」とは異なる概念でそれ自体に問題があるが、ここで立ち入らない)。

文科省:指針に関するQ&A
文科省:指針に関するQ&A

そして、指針では、タイムカード等により客観的に計測し、校外の時間についても、できる限り客観的な方法により計測するとされている(上記画像を参照)。

これは、労働時間記録について、法が管理職による改竄や改竄の指示などもってのほかであり、教員自身によっても意図的な改変ができないように「客観的な方法」を求めていることを示している。

だから、「忖度して出し直すように」という指示などもってのほか。その管理職は処分対象だろう。

この校長の行為も、同じく真っ黒な違法行為。

あってはならないことだが、こんな違法行為が教育現場に溢れている。

こういった管理職には、「不合理校則を子どもに強制する前に、自分がルール守れよ」と、何度でも言っておきたい。

実際、#教師のバトン では、上記Tweetが指摘するように「表面上の業務改善」、とにかく職場から教員を追い払い、仕事をした気になっている(自己中心的且つ無能で事なかれ主義の)管理職が多いのも事実だ。

管理職の仕事は、在校等時間の上限を形式的に守らせるため、持ち帰りを強制することではなく、長時間労働になっている教員の働き方を客観的な数値で把握し、働き過ぎによる負担を軽減するため、人員配置・業務負担をすることだ。

このTweetの「部下に隠蔽させることじゃなく、本質を変えるのが管理職の仕事じゃないんですか。」とは、正鵠を得ている。

文科省:指針に関するQ&A問19
文科省:指針に関するQ&A問19

このように、「業務の分担の見直しや適正化、必要な執務環境の整備」「教職員の勤務時間管理及び健康管理」が本来の管理職の責務であることは、文科省も示しているのだ。

また、改竄までいかずとも、指針で定められた下記「在校等時間」の上限規制(原則、勤務時間外の在校等時間は月45時間以内)を遵守するため、学校から追い払われ、自宅に持ち帰り残業を強いられているケースも多い。

在校等時間・上限規制の基本的な数値(文科省資料より)
在校等時間・上限規制の基本的な数値(文科省資料より)

この上限規制は、現在の教員の働き方からすれば、(残念だが)非現実的と言っても良い規制だ。人員配置増加もなく(むしろ人手不足)、業務削減もママならぬ状況で、上限規制を達成できる方があり得ないのだ。

それなのに、自己保身に走り上限規制を守ることを目的化した管理職が持ち帰り残業を強制することになる。

このように、管理職の指示でやむなく持ち帰り労働をする場合、多くの場合、職場で作業するよりも業務効率は悪くなるはずだ。結果としては、労働時間削減どころか、現状も過酷な教員の働き方にさらなる悪影響を及ぼす行為で、最低最悪だ。

上のTweetのケースは、管理職が業務改善の方法を提示せずに帰宅だけを命じるもの。

この管理職、誰かに違法性を指摘されたら、「持ち帰って仕事をしろとは言っていない、強制していない」と言うのだろう。見苦しいにも程があるが、必ずそういった言い訳がでてくる。

教員は、勤務時間終了後に職員室で暇を持てあまして、お茶している訳ではない。寸暇を惜しんで休憩もとらず、仕事をしているのだ。

それなのに、ただ「帰宅しろ」と命じても、職務放棄しない限り、教員は持ち帰って仕事を終わらせるしかない

このTweetの様に、緊急事態宣言の影響で退勤時間での貴宅を管理職が強制するなら、勤務状況を把握してその分の業務軽減を図り、持ち帰り残業がない状態を作るべきなのだ。

文科省:上限指針に関するQ&A 問13 
文科省:上限指針に関するQ&A 問13 

上記画像の指針に関するQ&Aにあるとおり、「上限時間を守るためだけに自宅等に持ち帰って業務を行う時間が増加してしまうことは、厳に避け」ねばならない事態だ。

それができないなら、管理職は、淡々と上限時間を超える時間を記録し、正確に長時間労働の実態を教育委員会に把握をさせ、この数値に基づいて時短に繋がる、人員配置・業務削減などを教育委員会とも協力して実現するよう求めねばならない。

想定されていた事態

実は、上限時間の規制が導入された時点で、労働時間を過少申告させる「虚偽の記録」や「持ち帰り業務」の強制がなされるのではという点は、想定された事態であり、当初から警告もされていた。

下記文科省作成資料の「〇留意事項」にもしっかり明記してある。

それなのに、#教師のバトン にはこういった声が多数あがっているのだ。

文科省は監督官庁の責務として、各教育委員会や管理職に対して、改めて上限指針が生み出す課題改善に努めるべきだ。

文科省資料
文科省資料

さらに、このTweetのように、教員の「休憩取れない問題」の深刻な実態も明らかになった。

とりわけ小学校等は給食指導でお昼に休憩が取れない場合も多く、このように「休憩時間が何時からか知らない」教員も珍しくないし、実際に「休憩したことが無い」という状況も生まれている。

これも、文句なしの違法だ。

文科省:上限指針に関するQ&A 問15
文科省:上限指針に関するQ&A 問15

上記のように、休憩が取れないのは、労基法34条(公立学校の教員にも適用される)違反となる。

具体的な公立学校の教員の休憩時間がいつなのかは、各地方自治体の条例等で定められているので、把握していない方は、まずは自分の休憩時間や勤務時間を正確に把握して欲しい。

(ご自身が未加入であっても)地域の教職員の労働組合の役員(学校に支部があれば、支部役員)などと繋がれるなら、連絡をとって聞いてみて欲しい。支部役員に聞きにくい等の事情があれば、ホームページなどで加入を呼び掛けている労働組合も多いので、そこを通じ聞いてみて欲しい。なお、労働組合によっては、組合員向けに、当該地域の条例などを踏まえた教員向け働き方のルールの解説資料を作って公開している所もある(もちろん、条例等は自分自身で調べることも可能)。

とはいえ、条例などに定められた休憩時間が判明したところで、その時間には休めないのはもちろん、他に休む時間も取れない(そんな暇があったら仕事をこなして早く帰宅したい)という方も多いはずだ。

その場合、注意して欲しいのが、労働時間把握時の休憩のカウント方法だ。

実際に休憩がとれてもいないのに、在校等時間から、一律に休憩をとったことにされてしまい勤務時間から除外されてしまうケースが多い。

職場の勤怠管理のシステムがどうなっているのか、しっかりと確認して欲しい。

これらは一例に過ぎないこと

いくつかTweetを見てきたが、違法状態が蔓延していることのごく一例に過ぎない。

これ以外にも、違法な状況が数多く#教師のバトン で可視化されている。

文科省に課された使命は、この可視化された違法状態を改善するため、#教師のバトン に向けられた教員の声に真摯に向き合うことだろう。

矛盾が湧き出た教員の労働実態を覆い隠そうとしても、不可能だ。

むしろ、 #教師のバトン を通じて明らかになった実態を踏まえ、教員の職場環境改善に向けて取り組みを加速させることこそ、教員の人手不足の改善に繋がるはずだ。

なお、本稿よりも詳しい労働時間把握の意義、上限規制の内容などは、筆者が公開したYahoo!ニュースの #先生死ぬかも の先につなげたいこと~長時間労働是正に向けた取組み~ や、教員の長時間労働・固定化を食い止めろ!~条例による公立学校・一年単位の変形労働時間制導入阻止~ が詳しいので、そちらを参照して欲しい。

また、さらに変形労働時間制をも含め法的なテーマは、「改めて『教員の働き方改革』を問い直す――一年単位の変形労働時間制導入の議論を通じて/嶋﨑量」(「現代思想」2021年4月号)に執筆した。

(追記)

この記事執筆に際して、多くの教員の皆さんのTwitterの投稿だけでなく、私とのDMのやり取りでも多くの情報提供をいただきました。どうもありがとうございます。いただいた情報全てをご紹介しきれずできず申し訳ありません。何かの機会で活用させていただきます。

2021/05/08 10:59 数カ所誤記を訂正して、末尾コメントを追記した。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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