Yahoo!ニュース

神奈川県の非正規公務員に対する「マタハラ」雇止め問題~法的課題を中心に~

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

非正規公務員へのマタハラ・雇止め

 年度末、妊婦である非正規公務員Aさんに対する、あり得ない雇止め事件が大きく報道された。雇止めを断行したのは、何と神奈川県である。

 私が担当しているこのAさん(自治労県職の組合員)の事件は、NHKのニュース や地元の神奈川新聞で取りあげられた。

 神奈川県は、10年以上・非正規公務員(2020年度から会計年度任用職員)として、福祉関係の専門職として相談業務など担当してきたAさんに対し、5月初旬の出産を間近に控えた3月末での雇止めを通告したのである。Aさんは、本来であれば3月末から産前休暇に入り、産休・育休の取得後、また職場復帰する予定であった。

 Aさんに限らず、この年度末も、コロナ禍で雇用を奪われる非正規公務員が後を絶たない。Aさんのような非正規公務員は、これまでの実績・経験も顧みず「予算削減・ポスト廃止」等の理由で、任期満了を理由に、妊娠中でも、簡単に雇用を奪われてしまうのが現実なのだ。

Aさんの手記

 Aさんへの神奈川県の対応の問題、Aさんの無念さは、この手記に現れているので、少し長くなるが紹介したい。

手記(Aさん作成)
手記(Aさん作成)

手記続き(Aさん作成)
手記続き(Aさん作成)

「非正規」の壁

 Aさんが正社員・正規職員であれば、雇用を打ち切られることはなかったろう。男女雇用機会均等法9条4項が妊娠中の女性労働者に対してなされた解雇は無効とするとしているからだ。

 しかし、Aさんのような「非正規」(任期の定まった任用)は、解雇ではなく、契約期間満了を理由(雇止め)にして雇用が打ち切られやすい。

 たしかに、男女雇用機会均等法9条3項は、女性労働者の妊娠・出産などを理由とする不利益取扱いを禁じており、その不利益取扱いには「雇止め」も含まれるとされている。

 しかし、妊娠・出産などを理由とする不利益取扱いであると証明するのは容易ではない。使用者の本音が産休取得が原因、つまり「マタハラ」の雇用打ち切りでも、使用者がこれを公言することはほぼ無い。それらしい理由と偽り(今回は「コロナ」)、雇止めが実行されてしまう。

 Aさんのケースは、これまで10年以上継続して就労しており、コロナ禍だからといって業務がなくなる訳でも無いが、コロナによる業務削減を理由に雇止めされている。

 官民問わず、「非正規」であるため、「雇止め」により雇用を打ち切られやすいのだ【注1】。

「公務員」の壁 

 Aさんの産休・育休取得を阻む2つめの壁は「公務員」であることだ。

 仮にAさんが民間企業の労働者なら、非正規であっても、5年を超えて更新を繰り返し就労しているため無期転換ルール(労契法18条)が適用され、無期契約に転換できるケースだった。

 非正規労働者は、労働法上の権利が認められていても、期間満了を理由に雇用を打ち切られ、権利実現が困難なケースが多かったので、労働契約法18条で5年の無期転換ルールが制定された。これを活用すれば、期間満了による雇用打ち切りを恐れずに、産休・育休など労働者として当たり前の権利行使が可能となる(無期転換ルールの詳細は、私が以前書いた記事をご参照)。Aさんも無期転換により雇止めを避け産休に入れたため、産休・育休復帰後の就労継続も可能になったはずだ。 

 また、5年を超えていないケースでも、民間企業の労働者であれば、雇止め法理(労働契約法19条)が適用され、更新に対する合理的な期待があると認められるような場合は雇止めが規制され、一定の保護が及ぶ。

 しかし、これら無期転換ルール・雇止め法理、いずれも公務員は適用除外とされ、これら制度で救済されないのだ。

 さらに、先ほど紹介した妊娠・出産などを理由にした不利益的取り扱いを禁止する男女雇用機会均等法9条3項・育児・介護休業法10条も、公務員は適用されない。地方公務員は、都道府県労働局による助言・指導・勧告(均等法17条)など是正指導も適用除外となっている。

 要するに、企業の「非正規」労働者であれば救済されるケースでも「公務員」だと救われないのだ【注2】。

模範となるべき行政がこれで良いのか?

これに対して、神奈川県は、以下のコメントをしている。

「事業の見直しを行い、業務全体の縮小の中で女性のポストは必要ないと判断された。それについては本人にも説明している。そもそも単年度の契約による任用なので妊娠とは時期がたまたま重なっただけだ」(NHK記事

 10年以上継続してきたのに、たまたま出産を控えて「業務全体の縮小の中で女性のポストは必要ないと判断された」「妊娠とは時期がたまたま重なっただけ」とは、ずいぶんと軽い説明だ。

 Aさんの業務は、コロナ禍とはいえ縮小できるような業務では無く非正規とはいえ、正規職員と同じように10年以上かけて関連機関とのも連携をしてきたことは、神奈川県もわかっているはずだ。「妊娠とは時期がたまたま重なっただけ」では合理的な説明ではないし、これを「本人に説明」をしたら、妊娠出産を理由とする不利益取扱いではないとして許されるわけでもない(説明されただけで、10年以上働いた職場を奪われ、産休育休のサポートも無くなるのを簡単に受け入れられるはずもない)。

 Aさんは、自治労かながわ県職労に加入して神奈川県と交渉しているが、県の担当者は交渉の場でも「民間であれば法違反であることは承知している」とも述べている。

 神奈川県は、県下の事業所に対しては、「マタニティ・ハラスメント、パタニティ・ハラスメントのない職場づくりを神奈川から!」(県HP)「働き続けたい女性のために」「応援します!ワーキングマザー」と相談・カウンセリングなどの事業を実施しているのに、他方で、自ら任用する職員の労務管理に対してはこれを反映せず、マタハラ・雇止めを行っているのだ。

 本来であれば、模範となるべき神奈川県が、民間では法違反であること承知しながら、平然と行い、10年以上勤続してきた労働者の雇用を平然と打ち切るとは、異常である。

 そして、上記の法の不備がある(公務員の壁・非正規の壁)ため、Aさんのように、妊娠・出産などを契機に雇用を奪われる非正規公務員は、神奈川県以外にも多数存在するのだ。 

どうすべき(課題)

 神奈川県は、(違法か否かはさておき)Aさんへの不適切な対応を謝罪撤回し、4月以降も任用することにして、安心して出産ができるようにすべきだ。Aさんは勤務態度に問題があったわけでもなく、10年以上培った、福祉行政の現場でのノウハウをもった、神奈川県の行政サービスにとって貴重な職員だ。Aさんの力は、行政サービスの継続性・質を維持向上するためにも重要だ。

 そのうえで、2度とこういった自体が起きないように、神奈川県は、独自に条例制定・指針策定などを行い、非正規公務員の地位の安定、マタハラ・雇止めを防止する体制を構築すべきだ。具体的には、民間並みの5年を超えて任用を繰り返す職員の正規職員化(少なくとも、任期を無くしていく。地方公務員独自の無期転換ルール)、予算削減などを理由に妊婦などが安易な雇止めの対象とされないよう行政裁量に強い縛りをかける等、法改正を待たずともできることはあるはずだ。

 出産を控えながら声をあげてたAさんの勇気を無駄にしないように、実効性のある再発防止策を期待したい【注3】。

【注1】非正規公務員に雇止め法理は適用されないが、再任用の期待が違法に侵害された場合に、国家賠償法に基づき期待権侵害による損害賠償請求を認めた裁判例(中野区非常勤保育士事件・東京高判平19・11・28労判951号47頁)など、損害賠償を認めた裁判例は存在する。

【注2】地方公務員育児休業法9条は、育児休業を理由とする不利益取扱いの禁止を定め、神奈川県も独自に、妊娠、出産、育児又は介護に関するハラスメント防止指針を策定しているが、本件は防止できていない。

【注3】筆者は本件Aさんの代理人弁護士であり本稿も中立的な立場での解説ではないが、非正規公務員の法的課題を中心に、Aさんにとどまらない普遍的な問題点を中心に解説した。

2021/03/31 13:00  数カ所誤記など訂正しました。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

嶋崎量の最近の記事