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厚労省Q&Aに異議!全国に緊急事態宣言、それでも休業手当は支払われねばなりません

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
厚労省に異議あり(写真:アフロ)

 全国に緊急事態宣言が出され、商業施設・飲食店・教育・観光など多くの企業において、労働者を休業させる動きが広がっています。

 他方で、休業により賃金が支払われない、どうやって生活していったらよいのかという差し迫った相談も増えています。

 この緊急事態措置下における休業手当(労基法26条)の支払い義務については、すでに私もYahoo!ニュース個人に記事を書きました。

緊急事態宣言でも、休業手当は支給されねばなりません(2020年4月9日配信)

 上記記事でも強調していますが、私は感染拡大延防止に努めるのは、全ての個人・事業者にかされた社会的使命であるという意見です。ただしその負担を、労働者が一方的に負担すべきではないのはもちろん、負担者が労使の二者択一で論じられることが誤りで、感染拡大防止に協力する使用者・労働者に対して、政府が迅速に補償をすべきという意見です。

 そのうえで、上記記事で述べていますが、業手当支給について私見を述べれば、要するに緊急事態宣言が出されても、最低でも休業手当(6割)は支払わねばなりません、というものです(「最低でも」であり、私見では10割支給義務があるケースが殆ど)。

 この点、労使間の休業手当支給について、厚労省が出している 「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」に、緊急事態宣言下での休業手当に関する記載がありますが、それが使用者を誤解させ、大いに問題がある解説となっています。 

問7 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や要請・指示を受けて事業を休止する場合、労働基準法の休業手当の取扱はどうなるでしょうか。

労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。不可抗力による休業の場合は、使用者に休業手当の支払義務はありませんが、不可抗力による休業と言えるためには、

 1その原因が事業の外部より発生した事故であること

2事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること

という要素をいずれも満たす必要があります。

1に該当するものとしては、例えば、今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や要請などのように、事業の外部において発生した、事業運営を困難にする要因が挙げられます。  

2に該当するには、使用者として休業を回避するための具体的努力を最大限尽くしていると言える必要があります。具体的な努力を尽くしたと言えるか否かは、例えば、

 ・自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分に検討しているか

 ・労働者に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないか

といった事情から判断されます。

したがって、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や、要請や指示を受けて事業を休止し、労働者を休業させる場合であっても、一律に労働基準法に基づく休業手当の支払義務がなくなるものではありません。

(疑問点等があれば、お近くの労働局及び労働基準監督署(https://www.mhlw.go.jp/kouseiroudoushou/shozaiannai/roudoukyoku/index.html)に御相談ください。)

出典:厚生労働省HP新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け):令和2年4月24日時点版、ただしこの解説箇所は4月10日時点版から登場

この解説については、朝日新聞などで労使双方の専門家で意見が異なる点などが報じられ注目されています(記事中、私のコメントも紹介されています)。

 厚労省の解説の結論部分(「新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や、要請や指示を受けて事業を休止し、労働者を休業させる場合であっても、一律に労働基準法に基づく休業手当の支払義務がなくなるものではありません」)に対して、私見と異なる点もありますが、ここでは論じません。

 厚労省解説の記載は、「1その原因が事業の外部より発生した事故であること」について「今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や要請などのように、事業の外部において発生した、事業運営を困難にする要因が挙げられます」としています。これは、多くの使用者に対して、緊急事態宣言がだされたら休業手当を支払わなくて良い場合が多いと誤解を生じさせるもので罪深いものです。

 以下述べますが、緊急事態宣言が出されたと言っても、特措法に基づく措置とは法的には様々な段階があり、その効果は全く異なります。

 この解説は 「緊急事態宣言や要請・指示を受けて事業を休止する場合」としていますが、実際に特措法の条文をあたり、今回の各都道府県でだされた緊急事態措置の中身を検討すると、その欺瞞性が明らかとなります。

 

 まず、緊急事態宣言が出されても、それが業務にどのような影響を与えるのか一律には決まりません。各都道府県が緊急事態宣言を受けてどのような要請や措置をしているのかを正確に把握する必要があります(各都道府県のホームページなどで詳細を確認する必要あり)。

 協力要請等の強さの程度-段階(レベル)を把握

 全国で緊急事態宣言が出されて多くの事業が休止を強制されているような雰囲気がありますが、実際には都道府県ごとに、出されている緊急事態措置の中身は異なりますし、法律上、事業の休止を強制することもできません

 厚労省の解説はまずこの点を明記すべきでした

 また、緊急事態宣言が出てから現時点で休業に関連するのは、解説で明示された「要請」でも「指示」でもなく、それよりも弱い「協力の要請」段階だけです。

 しかし、ここでの厚労省解説には「協力の要請」について、一言も言及がありません

 ちなみに、厚労省自ら、他の解説箇所他の解説箇所では、緊急事態宣言に基づく「外出の自粛等についての協力の要請」、「施設の使用制限についての要請」と「協力の要請」と「要請」とを区別しています。労働者の生存に影響を与える重要な休業手当の解釈でも、きちんと区別して記載すべきです。

 都道府県知事が行う協力要請等の強さには、法律上いくつかの段階(レベル)があるので、都道府県のホームページで公開されている緊急事態措置の内容等をしっかりと確認して、当該事業内容、担当業務にどの程度の影響があるのかをしっかりと把握しなければ判断は不可能なのです。

 

具体的には、以下の各段階があります。

1 「協力の要請」(特措法24条9項)の段階 *厚労省解説には記載無し

 都道府県知事は、「公私の団体又は個人」に対して、新型コロナ「対策の実施に関し必要な協力の要請」をすることができます(特措法24条9項)。この「協力の要請」は、緊急事態宣言期間中でなくともできるものに過ぎません。

 この「協力の要請」に従わない場合にも罰則(行政罰を含む)はありませんし、特措法45条4項の「公表」の対象にもなりません

 施設の使用停止等の「協力の要請」がされているに過ぎませんので、施設管理者やイベント主催者がこれに自主的に「協力」しても使用者側に起因する経営判断に過ぎません。

そして、現時点で出されているのは、全国的にもほぼこの「協力の要請」段階だけです(にもかかわらず、この段階について厚労省解説に言及は無し)。

 しかも、事業の休止が「協力の要請」対象となっているのは、一部の事業だけです。例えば東京都の場合で、以下の事業も全て対象外です。

銭湯、病院、飲食店、居酒屋、喫茶店、屋形船、理髪店、美容院、ホテル、旅館

ラブホテル

*理髪店・美容院・ホテル・旅館・ラブホテルは適切な感染防止対策の協力は要請

  

 また、商業施設は対象となっていますが、全ての商業施設が対象ではなく、生活必需物資の小売関係等以外の店舗、生活必需サービス以外のサービス業を営む店舗だけが対象で、しかも床面積の合計が1,000方メートルを超えるものに限られ、対象は限定されています(1,000方メートル以下の下記の施設については特措法によらない協力依頼、100方メートル以下においては、適切な感染防止対策を施した上での営業の協力依頼あり)。

 その他、詳しい東京都の協力要請の対象はこちらで確認できます。

 緊急事態宣言が出されたと言っても、「協力の要請」すら対象外の事業が多いのが現状で、それらは休業してもこのQAにある緊急事態宣言とは無関係の休業です。

 ですが、上記対象外なのに、緊急事態宣言によって休業手当すら支払われないという相談が増えているのです。

 

2 施設の使用の停止等の「要請」の段階(特措法45条2項)

 緊急事態宣言期間中、都道府県知事は、一定の施設管理者等に対して、「当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請」することができます(特措法45条2項)。

 かかる「要請」に従わない場合の罰則はありませんが、一定の施設管理者等に対して「要請」を行った場合は、遅滞なくその旨を公表しなければならないとされています(特措法45条4項)。

 具体例としては、全国初の大阪府の例が報道されています。

 

2020年4月23日、政府は各都道府県に特措法45条の規定に基づく要請、指示及び公表についての事務連絡を通知し、同月24日、大阪府が初めてパチンコ店6点を対象に施設の使用停止の要請を出し、公表しました。

出典:時事ドットコムニュース

 重要なのは、1「協力の要請」(特措法24条9項:緊急事態宣言前からできる対応)と、2緊急事態宣言を受けて可能となる「要請」(45条2項)とは、法的に意味合いが全く異なることです。

 1の段階では、事業主に対して、施設の使用制限など「要請」すら出ていません。そうであれば、事業主が自主的に事業停止や縮小を決定し労働者の休業させているにすぎませんので、使用者側に起因する経営判断に過ぎず、法的には労基法26条の支払い対象となるの当然のはずです。

 この点、厚労省の解説は、「要請」についてのみ言及し、「協力の要請」について(4月24日時点まで実例としてあるのは「協力の要請」だけであるのに)一言も言及していません。 

 ですが、多くの使用者は措置法の1「協力の要請」(特措法24条9項:緊急事態宣言前からできる対応;現時点ではほぼ全ての事業所はこの段階にとどまる)と、2緊急事態宣言を受けて可能となる「要請」(45条2項)の違いなどわからないでしょう。

 こういった点を利用して、意図的に両者の一体化した誤解を生み出す解説できわめて問題です。

 またこの「要請」の対象は、営業停止や労働者の休業ではなく、施設の使用や催物開催の制限などに過ぎません。要するに、多人数が集まらなければ、使用者が工夫をして事業継続することは可能な場合もあるのです。

 そして、「要請」の内容が使用制限にとどまるのか(例:営業時間短縮など)、完全な使用の停止なのかも、具体的な要請の中身を把握しなければ判断できません。具体的な要請の程度及び内容について、法律では、施設の使用や催物開催についての制限、停止(以上、特措法45条2項)のほか、入場者の整理、症状を呈しているものの入場の禁止、手指の消毒設備の設置等が定められています(以上、特措法施行令12条及び令和2年4月7日厚生労働省告示176号)。完全な使用の停止でなければ、「要請」に基づいて労働者の休業が本当に必要であるとは言えない場合がほとんどでしょう。

 もし、「要請」が出された地域において事業者が休業を強いられたと言っても、その事業が「要請」に該当しない事業・業務内容であれば、それは「要請」とは無関係な自主的判断による休業に過ぎません

3 要請に応じない場合の「指示」の段階(特措法45条3項)

 さらに、施設の使用の停止等の「要請」の段階」で述べた「要請」が出された後、要請の対象となった施設管理者等がこれに応じないときは、都道府県知事は、施設管理者等に対して、当該要請に係る措置を講ずべきことを「指示」することができます。

この「指示」が出されるのは、要件として、施設管理者等が「正当な理由」がないのに「要請」に従わない場合等と限定されています。

 厚労省の解説ではこの「指示」に敢えて言及していますが、現時点でも全国いずれの都道府県においても「指示」(同法45条3項)はだされていませんし、その「指示」前段階の「要請」すら上記大阪の1例だけが現状です。

番外編・住民に対する外出自粛の「協力の要請」(特措法45条1項)

 住民を対象にするものとして、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他感染の防止に必要な「協力を要請」することができるという規定があります(特措法45条1項)。

 例えば、東京都は、この規定により、都民に対して、食料の買い出し、 職場への出勤など、生活の維持に必要な場合を除き、原則として外出しないことを要請しています(特措法45条1項)。

 ただし、この外出自粛は「職場への出勤」を対象としないとされているので(新型インフルエンザ等対策研究会編『逐条解説 新型インフルエンザ等対策特別措置法』157~158頁)、都道府県から外出自粛の協力要請が出されていることは、事業者が休業しなければならぬ理由とはなりません

 

休業手当の解釈に際し重要なこと

 このように考えると、休業手当不支給とすることが「不可抗力」にあたり許されるのかを検討する際、まずやるべきことは、当該都道府県・当該業種が緊急事態措置の対象となっているのか対象となっているとしてその中身(法的効果)は何か、を具体的に検討することです。

 厚労省解説の問題点は、そういった具体的な検討をせず(検討が必要であることすら使用者に周知せず)、緊急事態宣言が出されたという雰囲気で緊急事態宣言だからあらゆる休業手当を出さなくともやむを得ないという誤解を拡散しかねないものになっていることです。

 政府機関が出す法令解説なのだから、官僚の皆さんにとって特措法の具体的な段階を詳細に検討するのは手慣れた作業であり、あえてそこを避けていることです。私には、意図的にやっているとしか思えません(上記の通り、他の解説箇所では休業手当箇所で記載の無い「協力の要請」などについて言及しています)。

 本来なら、1緊急事態宣言前から可能な特措法24条9項に基づく施設の利用停止・催物開催の停止の「協力の要請」にとどまる場合、2緊急事態宣言期間中における施設の使用の停止等の要請の段階(特措法45条2項)か、3さらには2の要請に対し施設管理者等が「正当な理由」なく従わなかった場合で「まん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り」認められる「指示」の段階なのか(特措法45条3項)、その段階をしっかりと使用者に確認させるところから全てがスタートするはずです。

 厚労省の解説は誤解を招くもので不適切なのです。

厚労省の対応の問題

 現在、新型コロナの影響で、労働者の生存をも危機にさらされており、労働基準法26条が、最低基準として労働者の生存を確保するためその使命をはたすべき場面です。

 にもかかわらず、厚生労働省が、緊急事態宣言下の段階をも区分せず出されている「協力の要請」(休業手当支給になじみやすい)については一切言及せず出せれてもいなかった「要請」「指示」(休業手当不支給になじみやすくなる)について言及することは、世間に広く休業手当不支給が許されるという誤解を生じさせるものです。

 そもそも、厚生労働行政に携わる職務の重大性を認識しているのか、その見識が問われています

 速やかに、世間の誤解をとくような、正しい法令解釈に基づく解説をださねばなりません

政府が補償すべき

 最後に、休業手当支払いによるコストは、労働者の最低限の生活を保障するだけでなく、社会全体を新型コロナウイルスまん延から防ぐためのコストであることを改めて強調したいと思います。

 そのコストは、労働者でも使用者でもなく、国が最終的に負担すべきものです。負担者は労働者が使用者かという二者択一で論じられるのが根本的な誤りです。

 政府は使用者に対して労基法26条を遵守して休業手当の支給を促すべきというのが私見ですが、さらにこれを支払った使用者に対する迅速な補償をも実行すべきでしょう

この点について、厚労省のこんなtweetが話題になりました。

上記の「ヤフーニュースなど」と指摘された記事の対象には、私の記事も入っていたのかもしれません。

かかる厚労省のtweetについては、私含め様々な論者から痛烈に批判もされており、こんな記事も出ていますのでご紹介。

厚労省が「“出勤者7割減”は休業補償ないと不可能」という批判をデマ呼ばわり! お粗末な雇用調整助成金を理由に“補償ある”と言い張る厚顔

出典:2020.04.13 08:48. LITELA(編集部)

 私は、新型コロナ関連の政府の「補償」の在り方として、現在運用されている雇用調整助成金(企業への助成)を拡充していくことそれ自体に反対はしませんが、その枠組みだけでの対応はきわめて不十分です。

 しかも、雇用調整助成金の財源は事業主が収めた雇用保険料であり、新型コロナという危機に対して正面からの「政府の補償」ですらありません。しかも、(緩和されたとはいえ)実際に手続きが煩雑すぎて、速やかに受給できる見通しもたっていません。また、使用者が休業により被る負担は休業手当だけではありませんから、雇用調整助成金だけでは休業による補償が十分でもありません。

 補償もなく休業を求められるのであれば事業主にも酷ですし、その負担を休業手当不支給という形で労働者が負うべきでもありません。

 政府は、新型コロナの感染拡大から社会全体を守る費用として、正面からより迅速に、実効性ある補償をすべきです。 

2020年4月30日16:16追記 

雇用調整助成金の財源について、「労働者と事業主の保険料」とあるのを、事業主の保険料に訂正しました。雇用保険料自体は労働者も負担しておりますが、雇用調整助成金の財源である雇用保険二事業部分はら事業主負担のみが原資であるためです。失礼しました。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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