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ミュージカル界のプリンス・浦井健治、“雑草”として劣等感を抱きつつも輝く秘訣は「わがまま放題」

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
ミュージカル俳優・浦井健治さん(撮影:すべて島田薫)

 ミュージカル界で輝き続けている浦井健治さん。井上芳雄さん、山崎育三郎さんと3人で音楽ユニット「StarS」を結成するなど、同業界を長年牽引しています。舞台を降りれば優しい笑顔で皆を気遣う姿が印象的ですが、実は劣等感と欲の塊だと明かします。それらをはねのける、浦井さんが実践している輝く方法とは。

―「プリンス」と呼ばれ、センターに立ち続けています。どう作品を選んでいるのですか?

 とんでもない!僕が選んでいただいているんです。本当にありがたいことですが、“ミュージカル俳優”と呼ばれることにも、いつの頃からか「そうです」と答えている自分がいて…。もちろん今はそう思っていますし、ミュージカル俳優であることを誇りに思っています。ただ、元々目指していたかというと、そうではありません。

 僕は“雑草”なんです。音大やアカデミーなど、いわゆるミュージカルを志す人たちの学びの場所には、一度も行っていません。学校に行ってないから型がない、でも20年以上型がある人たちの中で学んできたから実際に型はある。

 それに、皆はミュージカルが好きでこの世界を志したのに、僕はオーディションに受かるまで観たこともなかったし、発声もやったことがない。そんな中で受かってしまったことが、ずっと自分の中にある“劣等感”なんです。

―なぜ、ミュージカルの世界に入ったんですか。

 “運命”…としか言いようがない。周りの人に育ててもらってここまで来られたことに、感謝しかないです。学校に行って学んできたとしても、大概の人が思い描いた仕事ができずに違う道へと行ってしまうのを僕は見てきました。だから、“ミュージカル俳優”の名に恥じないように努力を続ける、そういうことなんです。

―転機となった作品は?

 『アルジャーノンに花束を』(2006年初演)という、僕の初主演ミュージカルです。財産であり、かけがえのない時間を過ごすことができた、自分にとってバイブルとも言える作品です。

 初演・再演とお世話になった、演出家・荻田浩一さん、作曲家・斉藤恒芳さん、キニアン先生やストラウス博士の役を諸先輩方が演じる姿、喜んでくださるお客様をはじめ、戯曲の持つ力をミュージカル化して発信することの意味・強み、自分が創作活動に関わることで得られる充実感、…すべてが自分にとってバイブルだと思えます。この作品があったから今の自分がいると言っても過言ではないくらい、学びの連続でした。

―具体的に学べたこととは。

 主演の重圧や責任、体力面も含めて大変なことだと感じましたし、背負うものの大きさも実感しました。自分が体調を崩したら公演が飛ぶ。お客様の気持ち、チケット1枚の重みをダイレクトに感じるようになりました。

 そして、スタッフさんたちの心意気です。照明さん、映像さん、音響さん、オーケストラさんの一音一音。人生が詰まっていて、全員が技術を駆使して一つの作品を作る。しかもそれが儚く、一期一会でお客様に届けられて、心には残るかもしれないけど、消えていく儚いものでもある。ライブの素晴らしさを学べた気がします。

 また、演出の荻田さんの熱量がすごかったです。まるでチャーリイ(自身が演じる主役の青年)が2人いるかのように、僕の一挙手一投足、すべてを実際に演じてみせてくれながら稽古をつけてくれました。一緒に汗もかいたし涙も流し、同じ時間を過ごして、お客様に伝える“荻田メソッド”を学びました。

―変化を実感できたのは?

 『美少女戦士セーラームーン』からお世話になっている照明の方に、この作品で初めて認めてもらえたように感じたことでしょうか。もちろん荻田さんの演出や斉藤さんの曲に後押しされてできただけなんですけど、充実感がありました。

 今回9年ぶりに『アルジャーノンに花束を』が再々演となりますが、これまでのことを受け継いで、やれることはすべてやるつもりです。ジェットコースターのようなスピーディーさも表現していきたいし、より演劇的に、2023年の日本で上演する最高の形にしたいと思います。とはいえ、これまでとは全く別物だとも思っています。演出家もキャストも違う、新たな作品です。

 僕が演じるチャーリイが変わっていくように見えるかもしれませんが、実は純粋なチャーリイの周りの人たちが変わっていった、もしくは元から持っていた闇が炙り出された群像劇です。社会の縮図として、社会の闇、家族の闇、人間社会が抱えている問題が見えてきます。

―初演からの17年間はどんな日々でしたか。

 17年間で技術や経験値は変わったかもしれませんが、毎回ゼロからなのは変わらないです。僕に対して「なぜこれができないんだ」と思っている人はたくさんいるだろうなと思いながら、それでも一緒にやりたいと企画の段階から名前を挙げてくださる方たちがずっと繋がっていてくれる。自分は毎回もがいて、共演者・スタッフさんたちに助けられている中でやっているだけです。

―ミュージカル俳優になっていなかったら何になっていましたか。

 普通に会社勤めをしていたと思います。と言いながら、バンドはやりたいかもですね。「SOPHIA」が好きで学生時代はコピーバンドをやっていたんですが、ニューアルバム『VARIOUS』で「SOPHIA」の松岡充さんがオリジナル曲『バナナココナッツセット』を書いてくださったんです!

 何もできない自分の人生を鼓舞してくれた伝説のバンド、その憧れの人が自分に曲を作ってくれる未来があったんだと思うと、雑草も捨てたもんじゃないなと。自分の音色(ねいろ)というものが、20年やっているとできるんだとも思いました。

―日々意識していることはありますか。

 「次のチャレンジは浦井と一緒にやってみたい」と思ってもらえるように、いい意味で隙を作って、余白を作って、何色(なにいろ)でもなく存在していたい。そのために、現場の裏ではめちゃくちゃです。僕は“欲の塊”なので、あえて欲求に正直になり、わがまま放題かもですね。やりたいことを全部言って、人にかなえてもらいます(笑)。

―例えばどんな欲求ですか。

 できるできないは置いておいて、こんなCDにしたい、こんなコンサートにしたい、というアイデアは伝えます。あとは「これ食べたい!あれ食べたい!」とか(笑)。雪・雨の日でも急に「これ、食べたいです」とか「歯ブラシ買ってきて」とか。

 「それを普通だと思うな、浦井健治。ごめんなさい、ありがとうございます!」と思うようにはしていますが…(※筆者の表情を読み取りつつ)そんなに大した要求ではない、お願い?みたいなことしか言っていません(笑)。

―嫉妬の感情がなさそうに見えます。

 「自分は自分でしかない」。先輩たちがそう教えてくれたことが大きいですね。僕も今では後輩に「どんな道をたどっても、20年後の自分は自分でしかない」と伝えています。結局、自分と向き合っているだけで、自分であることは変わらないということを先輩たちから学びました。

―今後、どんな俳優でいたいですか。

 自由でありながら、“鮮度のある役者”でいたいなと思います。本当に大変な世界ですけど、笑顔で自然体でいられる先輩方に出会ってきたので、自分もそうできたら幸せだと思うし、そのためには周りの人たちを大切にしたい。課題に向かって皆でハードルを乗り越えて、果敢にトライして失敗を恐れない。失敗は挑戦しているから生まれる産物だと思ってやっていきたいです。

■インタビュー後記

現在のミュージカル人気を支えてきた存在でありながら、常に謙虚で場を明るく盛り上げてくれる方です。反面とても慎重で、言葉選びも1つ1つ確認しながら丁寧にお話しされる姿は、これまでの生き方が垣間見えるようでした。先輩から受け継いだものを次世代につなごうとする力、この世界を夢見ながらあきらめた人たちの分まで生き抜こうとする気概も感じました。

■浦井健治(うらい・けんじ)

1981年8月6日生まれ、東京都出身。2000年、『仮面ライダークウガ』敵の首領役で俳優デビュー。2004年、ミュージカル『エリザベート』ルドルフ皇太子役に抜擢される。2006年『アルジャーノンに花束を』でミュージカル初主演、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の演技とともに、第31回菊田一夫演劇賞・第44回紀伊国屋演劇賞個人賞・第17回読売演劇大賞杉村春子賞(ミュージカル『ダンスオブヴァンパイア』の演技とともに)を受賞。2015年、ミュージカル『アルジャーノンに花束を』(再演)と『星ノ数ホド』で、第22回読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞。2017年に『ヘンリー4世』(二部作)、『アルカディア』、『あわれ彼女は娼婦』、ミュージカル『王家の紋章』で、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞<演劇部門>など、数々の演劇賞を受賞。他にも幅広いジャンルの作品に出演している。ミュージカル『アルジャーノンに花束を』は4/27~5/7に東京・日本青年館ホール、5/13~14に大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホールにて再々演予定。New Album『VARIOUS』は3/15リリース。『浦井健治Live Tour2023~VARIOUS~』は5/21東京・LINE CUBE SHIBUYA、6/2~3は大阪・サンケイホールブリーゼにて開催予定。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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